呪詛願望
女児は教訓的な戯歌を聞かされる
「何にも従わない、何にも騙されない、何にも頼らない力がほしい」
女児は望んだ。
「何ものにも服従せぬものは破壊、何ものにも欺瞞されぬものは倦怠、何ものにも依存せぬものは虚無だ。望んで得るべきにあらぬが、汝はそれを望むわけか」
妖術師が返す。
「ざけんな!」
かっとして女児は叫ぶ。
「ひとつ教訓的な戯れ歌を聞かせてやろう」
妖術師は竪琴を爪弾く。
“或る淑女が、悪魔を呼び出す
「何か御用で」悪魔が尋ねる
「恋人が余所の女に心移した
どうして取り戻したらいい」
「男が浮気なのは当たり前で
あなたはその女より美しいし
ほうっておけばいつか帰る」”
聞き覚えのあるたわいない俗謡だったが、妖術師は巧みに悪魔と淑女の声音を使い分けた。
“「待ちわびる間に美しさ褪せ
あの方は私の処に帰えるまい
連れ戻し、裏切らなくして」”
弦の調べは奇妙に歌と食違いながら、奇妙に絡み合って調和していた。
“悪魔は騎士の亡骸をもたらす
「こんなにしろと願わない」
淑女の嘆きを悪魔は嘲笑う
「裏切らないのは死体だけさ
ほかには何もありはしない」”
悪魔の投遣りな皮肉に淑女への恋心を匂わせ、淑女のひたむきな想いに残酷さが縺れ、騎士の偽りと真が呵責の中で交錯する。
“淑女は短剣で我が胸を貫いた
悪魔は屍の上で歌い飛跳ねる
「裏切らないのは死体だけさ
人は自分で自分さえ裏切る」”
最後に悪魔の罅割れた嘲笑が、絶望と不信を掻き鳴らして途切れる。
「そ、それがなんさ」
心の深淵を覗きみる気がして、女児はぞっとした。
「願い事するなら賢く選べよ。下手をしたら高上りになる。
呪詛に囚われたる者は己を破滅に導く。お前は危うい」
妖術師が答える。
「あんたは悪魔?」
女児が引攣り笑いする。
「我は謎であり矛盾だ。人は己の内に悪魔を抱える。故に、我は人あり魔であるやもしれぬ」
妖術師は薄く笑う。
「……願いごと決めたよ」
ややあって女児が思い切る。
「なんだ」
神魔の眼が女児を凝視する。
「あたいが偽られないこと。あたいがあたいでいられること。
あたいがあたいで、あたいの願いを叶えられること」
女児が睨み返しながらいう。
「無理難題だな。雛鳥が口をあけて餌を待つようなわけにはいかぬぞ。だが、汝にそれ相応の覚悟があるなら手助けしてやらぬでもない」
妖術師は含笑いをした。
次話 壺中の灯火 教母継承
女児は大教母の知識経験を授かる