妖面道士
女児のため妖術師は薬草を煎じる
目覚めると夢の記憶は薄れた。
様々な薬と煮炊きの混然とした臭いがする。
山猫のような瞳孔が光の加減を調節する。
ほどよい温もりと空腹感を覚えながら伸びをした。
上から乾燥させた薬草が吊り下がっている。
隠者の庵の中のようでもあり、魔女の洞窟のようでもあった。
質素な木の寝台に寝かされ、素裸の躰に毛布が掛かっている。
パチパチと炎の燃えはじける音のする方をみやった。
黒衣を纏った長身痩躯の人物が、竈に懸かった鍋を掻き回している後ろ姿が目に入る。
腰まである漆黒の髪を無造作に束ねており、その挙措は老賢者のように落ち着いていた。
「気が付いたな、丁度薬草粥が出来た」
意外に若々しい動作で振り向く。
「ひっ」
女児は息を呑む。
その相貌は苦行僧か死神のように髑髏じみて肉の削げ落ち、半面が邪悪な文様のような赤痣で覆われていたからだ。
いや、顔ばかりではあるまい。黒衣から覗く片手片肘、片脛片足、おそらくは躰の片側すべてに纏わり付いているのだろう。
それはあたかも炎の魔法ででもあるかのようだった。“燃える炎の枝”、そんな言葉が思い浮かんだ。かつて、世界を焼き滅ぼしたといわれる破壊呪文である。
まさかな、と首を振る。
「どうした、怖じ気たか。女子供向きの相好ではないが、我には似合いだ」
低く嘲ける。
「あんたは何者?」
女児は問う。隠者、僧、女衒、楽人。商人、盗賊、詐欺師、暗殺者。その印象が奇妙に揺らいで捉え難い。
「何であろうと我は我よ。我が名はローラン、“知識の盗人”と呼ぶ者もいる」
このとき、女児の腹が鳴った。
「食うが良い」
死神もどきが湯気の立つ椀を差し出す。
女児は顔の半分を突っ込んだ。
「アヒーッ」
猫舌であった。
喉と胃の腑を焼く熱さに悶え、涙と洟をたらしながら、それでも啜りつづける。
味などわからない。だが、うまいような気がした。
調理したものを最後に口にしたのはいつだったろう。
昔は薬草粥など不味くて大嫌いだった。何故か、懐かしい。
忌々しいとしか思わなかった尼僧達の顔、自分の殺した見習いの少女が脳裡に浮かぶ。
やさしかったことだってあった。けれど、拒んでばかりいた。
全部、自分で踏み躙った。
「うっ、うぇっ……」
女児は泣きつづけた。
次話 壺中の灯火 魔術談義
妖術師が魔法の杖を使わないわけ