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小仙女――わけありで汚れ役の傷ものヒロインがけなげに頑張る  作者: 壺中天
第1章 壺中の灯火(こちゅうのともしび)
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神仙星精

女児は星の乙女の残り香を夢みる


『謎歌』


輪廻りんねの調で辿りゆく螺旋の舞

光明のからだは霊魂の轉生に帰す

 

 ――分解し、再構成せよ。



 私は幾人もの少女の夢をみていた。それはどれも私だった。


 私は、魔王のようなものが何かの指輪の封印を解くために生み出された半妖半魔の娘だった。

 寺院のようなところで育てられていたけれどそこの生活になじむことがなかった。さびしくて召喚した使い魔を友達にしてすごした。

 そして、裏切られて生贄いけにえになったようだ。

 さみしくて、かなしくて、くやしくて、どこかくらいところでうずくまりながら泣いていたのをおぼえている。


 私は娼婦だった。街娼たちんぼといわれるやつで通りすがり男達にからだを売っていた。

 盗賊の情婦になったけれど、私も捕まって牢屋にいれられた。そこで下水から入り込んだ魔物に犯されてはらんだ。

 便器の中に赤ん坊をひり出し、苦しみながら世を呪って死んだ。


 私は聖女だとされていた。ずっと幼い頃から神殿の奥にあり、巫女装束の人形達にかしづかれていた。

 奥庭に咲いている美しい花々も、それに慣らされた私の躰も毒だった。私は毒の花を糧として生きていた。人が私に触れることは禁忌であり、神聖さをけがそうとする者はすべて死ぬ。

 人形は古のものであり、壊れると修復できない。最後の人形が動かなくなり、私は一人になった。

 私に心はなく、神を入れるための空ろな器だった。けれど、もう神はいなくて、私は空っぽのままだった。

 あの力が私を引き裂いて、世界が砕けるまでは――。



 ――分解し、再構成せよ。



 再び、女児は夢を見る。


 黄昏の空に白い薄紗うすぎぬの舞うようにはかなげ様子で、裸足の少女が赤黒い岩ばかりの地を蹌踉ふらふら彷徨さまよっていた。

 軽羅うすものの白い衣は陵辱にあった痕跡あとのように破れて一筋の血が腿を伝っていた。


「お前は星の乙女の残留思念か」

 いつからそこにいたのか舞い下りた鴉のように、黒衣をまとう長身痩躯の魔術師がたたずむ。


『はい、……様。これは私の残り香のようなもの、最期に在りし時のおもかげでござます」

 女神に向けるには傲慢な口のききようにみえたが、おもかげの少女はへりくだって身をかがめ、長い細絹のような銀の髪が地に敷かれた。


「神々の宮居のなれはてが、これとは哀れなものだ」

 荒廃した赤と紫の景色を眺めながら、魔術師の薄い唇に嘲りが浮かぶ。


『私のなしたことです』

 はかなげなおもかげは銀のまつげを伏せ銀のひとみかげらす。


「そは何故ぞ」

の天界の高みにまします神々といえど、永き時の中でいつかは老いて死にます。されど、彼らは己を高く清く、不滅ならんと欲しました』


「永久不変などない、ただあるのは変化のみ」

『さようでござます。なのに、神々はあらゆる罪とけがれ、そして変化を“混沌の指輪”に封じ込めようといたしました』


「愚かしいことよ」

『その歪みによる統べての世界の滅亡を予見した、私の言葉を彼らは聞き入れようとしませんでした』


「耳に心地良くなきものは入れず、死にいたる黒蓮の蜜を吸うか」

『一切の希望が見出せなくなったとき、私は自らが希望を生み出そうと決心いたしました。即ち、この身と神々をにえとして世界を救うこと』


「そは如何にしてなせしや」

『“忌わしきもの”と呼ばるる、眠ることなき眼の番人へ、我が身を任せて眠らせ、神々の寝首を掻きました』


「優しげな姿に似合わず苛烈なことよ」

 魔術師は苦く笑う。

『そこまでせねば叶いませぬゆえ』

 少女は屹度きっとして言い切る。


「危ういな」

 魔術師は眉をひそめた。


『すでに私の本体は幾つもの転生を繰り返して地上にあります。

 それにあたり己に三つの役目を科しました。

 あなたを世に生み出すこと。

 混沌の指輪の解印をすること。

 そして、指輪を託すことです』


「ずいぶんと過酷な宿命を己に与えたようだ」

『それでも、私の犯した罪、これから犯すことになる罪の償いにはならないでしょう。

 けれど、お願いです。それをなすためにあの娘を導いてあげてくださいませ』


「あの馴れることのない獣のような娘はお前と同じ者ではない。

 何をなすかはあれ次第だが、その手助けくらいはしてやろう」


『はい、ありがとうございます。心から感謝いたします……」

 魔術師はゆっくりとひざまづき、その足へと接吻する。

『そのようなことはなさいますな。この身は星の精霊、魂は人間の娘、神々のはしためにして、罪と穢れによって娼婦に身を堕とした女です』

 少女は恥じてうつむいた。


「優越さに安閑として惰眠だみんむさぼっていた神々など取るに足らん。

 されど、御身には奴らにもちえぬつよさがある。それへの敬畏いやを払わねばなるまい。

 あたうかぎりではあるが、御身の願いかなえることを我は約する」

 そういいつつ、乙女を通して何者かを見詰めるような眼差しで、黒衣の魔術師は色のない透明な眼を上げた。



 ――目覚めよ。リュティー、リテュエルセス。

 いまや、我らが約定の時ぞ。


 鴉は飛び立った。

 

壺中の灯火 妖面道士


女児のため妖術師は薬草を煎じる

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