霊夢終焉
女児は土牢にて終末の神夢を見る。
あたい、綺麗な夢ン中、漂ってた。
世界は儚くてさ、美しかったよ。十重に透けるシフォンのカーテンみたいに揺らいでた。
世界は脆くてさ、美しかったよ。ガラス細工のシンフォニーのみたいにさやめいてた。
あんたは魔術師、痩身長躯の黒衣して、止木に鴉の蹲るみたく、虚無に凭れる。
シフォンは虫喰われ、ガラスは罅割れた。無表情な玻璃をした眼差の向う、渦潮みたいに闇が流れる。珊瑚礁の砕けるみたく、世界が壊れ呑込まれてく。
大蛸の肢に渦潮を喩るんなら、頭の処に爛れた一ツ眼の世界が、熟れて腐った果実みたく、血の色した宝石みたく瞬いてる。
あたいは知ってる、あの色を…。あれは罪の罪、禍の禍。
(ローラン、ローラン…)
銀の針が闇の布を縫うみたいに、遠くか細く少女の声して、思惟の糸があんたを呼んでる。
(魔術師ローラン、知識の盗人よ…)
施療院の隅っこで身を竦めた老人の咳き。
(告げよ)
軋るみたく狂女の叫び。
(虚空の玉座にありて、神々の屍肉ついばむ烏…)
瘧に憔悴した男の呻き。
(告げておくれ)
今際の際の老嫗の呟き。
海鳴りが耳を満たすみたいに、叫び呻きが虚空を埋める。
夥しい世界は無数の時空に分岐し、連続体は集合して時空系を成す。
世界樹は時空系を象徴し、時空系は世界樹に具象化する。
土牢の中で女児は、歪みにより神々の死に絶えた、星辰界の夢を見る。
崩壊に瀕した世界の霊達が、鴉のような魔術師に救いを求める。
「我は善にも悪にも与せず、ただ我が道をゆくのみ。
それが救済と交わるか否かは、かの三姉妹の選択による」
彼がすっと立ち上がる。
鴉の舞う羽撃きのように、黒衣が虚無なる風に翻る。
その長身痩躯が一層不吉で威圧的に感じられた。
「だが、破滅にしろ救いにしろ門は開かれねばならぬ。
それを為しえるは魔族と妖精相反する血を併せた娘」
色のない透明な眼が、はたと女児を見詰める。
「リュティーよ、リテュエルセス。
汝は扉にして我は鍵なり。
いまや我を呼べ、我らが約定の時ぞ」
次話 第1章 壷中の灯火 15時、投稿予定
女児は蛍火を灯して水に姿を映す。