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クリスマスとあの子

作者: 全休

人間の悲しみの感情が大好物の妖怪の少年がいました。

お腹が減った彼は今日も悲しむ人間を探していました。しかしどんなに街を探し回っても悲しんでいる人はいません。

そう、今日はクリスマス。みんな、恋人や家族など、大切な人と今日という日を楽しんでいるので、悲しんでいる人なんてどこにもいません。あたり一面笑顔ばかり!

いや、いました。1人だけ。女の子です。街の中で一人寂しく歩いていました。あんなに悲しそうな女の子がいるのに、道行く通行人はまったく気にもめていません。


妖怪の少年は悲しんでいる人をようやく見つけることができましたが、すぐに悲しみの感情を食べてしまうのではありません。

育てるのです。その人間の心の隙間に入り込み仲良くなり向こうが気を許した瞬間、どかーんと裏切ってやるのです。そうして生まれた極上の感情を吸収する、そういう寸法です。


さっそく少年は女の子に話しかけます。

「やあ、君、ひとりなんだね。僕もひとりなんだ。せっかくだし、一緒に遊ばない?」

振り返った女の子は、驚きの表情。そして次に、歓喜の表情に変わっていきました。

(はあ、ひどく喜ぶもんだなあ。さっきまでの悲しみがどこかにとんでいっちまった様子なのは残念だが、でも、感情の起伏が激しい人間の悲しみはうまいんだよなあ…。)

そんなことをにやけ顏で考えていると少女は



ーこっちー



そう言って少年の手をずいずいと引いていきます。

「どこへ行くんだい?」



ーカラオケ。クリスマスの日は毎年パパとママと歌を歌うというのが恒例なのー



少女の言葉を話半分で聞きながら少年はあたりを見回していました。

「あ、ちょっと待って」

少年は、ケーキ屋を見つけたのです。この時間帯なら売れ残ったケーキがあるはず。別に少年が食べものを食べても腹は膨らみませんが、甘い味は好きだったのです。ついでなので、少女のぶんも買ってやることにしました。






カラオケでの少女は、じつに楽しそうに歌を歌っていました。選曲がけっこう古いのは、おそらく両親の影響なのでしょう。

古臭い歌を歌い終わった後、少女は少年にマイクを渡し、歌うよう求めました。少女の機嫌を損ねてしまえば、じぶんの作戦がおじゃんになるので、少年は適当に少女と同じ年代の曲を選び歌い始めました。



ーあ、わたしこれ知ってる!ー



そう言って少女も混じって歌います。2人の声が部屋を満たす、そんな時間を楽しんでいたことに、彼自身、まだこの時は気づいてはいませんでした。

「ふう、歌った歌った。さて、ケーキでも食べようぜ」

そう言いながら少年は悲しみの感情の次くらいに好きなケーキを嬉しそうに口いっぱいに頬張ります。少女はそんな少年をみて、優しく微笑みました。そしてケーキをひとくち。

そのときでした。ケーキを口に含み、しばらく咀嚼していた少女はぽつりとこう言います。



ー思い出した…。帰らなきゃ。

おうちに、帰らなきゃー



ゆらぁ、と立ち上がり部屋を出て行こうとします。

冗談じゃない、こんなところで帰られたら、今までの努力が水の泡じゃないか。少年が慌てます。

「待って!いったい急にどうしたの⁉︎まだまだ一緒に遊ぼうよ、帰るなんて言わずにさあ」

すると少女は無表情で振り返りました。少年は少しぞくっとしました。そして少女はこう言いました。



ーケーキの甘さが私に思い出させてくれたの。そう、あの日もわたしはケーキを食べていた。パパとママといっしょに食べていた。そして、それから。…パパ!ママ!ー



ついに彼女は飛び出て行ってしまいました。

チクショウ!そう言いながら少年も後を追いかけます。





彼女の走りのなんてはやいこと。必死に見失わないようにうしろをくらいつくのが精一杯です。

しばらく走ったあと、彼女が止まりました。少年は息を切らしながらついに少女に追いつきました。

おい!と言いましたが、彼女の反応はありません。息はまったく乱れず、ただ目の前の一軒家を眺めていました。


少年も彼女にならって一軒家を眺めました。とても新築とは言えない、すこし古びた外壁。窓からは老夫婦が食事をしているのが見えます。老夫婦も少年と少女のように一緒にケーキを食べていました。

(おいおい、ジジババが食える量じゃねーだろ。2人分は軽く超えてるぜ。)

それでも、おじいさんおばあさんは黙々と食べていました。少しお腹が苦しそうで、たびたび休憩しながらですが、ゆっくりと完食していきます。


少年は少女の方を見ました。さっきと同じく一軒家を眺めています。少女も少年と同じく窓からなかの様子を覗いてるようでした。その姿はどこか嬉しそうな、ほっと安心したような、そんな顔でした。

(あんな古ぼけたじいさんばあさんを眺めて、何が楽しいんだか)

少年はあきれました。


少年は再び窓の方に顔を向けました。老夫婦はすでにケーキを食べ終えていました。そして、何かを2人で言っています。窓に遮られてほとんど声は聞こえない。だけど、耳を良くすませてかすかに漏れてくる声を聞いてみると、少年はついに気付きました。

「歌だ…。

さっきの、僕たちが歌っていた歌だ…」

老夫婦は一節一節を大切に噛み締めるように心を込めて歌います。しばらくじっとして聞いていると、新しい声が、老夫婦の声に重なりました。


少女です。少女は、窓からかすかに漏れてくる老夫婦の声をかき消さないぐらいの静かな声で、歌っていました。その顔は、真剣そのものでした。少年は、3人が声を合わせて歌う歌をじっと聞いていました。





あれから随分と時間が経ち、老夫婦も眠ったのでしょう。もう部屋に明かりはありません。

「ねえ」

少年が声をかけると、少女は今度は少年の方へ顔を向けました。

そして少女は最初出会った時のように、少年の手をつかんで、ゆっくりと一軒家を去っていきます。

「もう、いいのかい?あんなに楽しそうだったのに」

彼女は前を向いたまま答えました。



ーうん。いいんだよ、もう。さっき思い出した時、すごく怖くなったけど、怖がる必要なんてなかった。きっとわたしはあそこにいる。いないんだけど、いるんだよー



「どういう…」

少年が言いかけた時、少女は走り出しました。


ああ、もういい。とことん付き合ってやる!でも最後はきっちり感情を食わせてもらうからな!そんなことを思う少年でしたが、彼女に手を引かれ走ることにもはや抵抗はなく、心も不思議と満たされる思いでした。


街を駆け抜け、道を外れて、山を登り、ようやく着いたのが展望台でした。周りには2人以外誰もいません。






ー今日のお礼だよ。

ほら、見てー






彼女が指差す先を見てみると、少年は驚きました。眼下に広がる黒い空間に、まるで赤白黄緑の宝石をパラパラと落としたような、そんな美しい夜景でした。こんな美しいものを、彼は見たことがなかったのです。

その夜景を感動に震えながら眺める少年を見つめながら、少女は言いました。




ーほんとはね、パパとママに一番最初に教えたかったんだけど。でもね、君が1番最初でもわたし、嬉しいんだ!

…だって、わたし、きみのこと好きになっちゃったからー


少年は少女の方をみました。





彼女は、街の光に照らされた彼女は、とても美しかった。





ですが、そんな彼女を眺めていると、少年はあることに気がつきました。


彼女の体が、少しずつ光に変わり、街の光に溶けていくのです。


驚く少年に、少女はこう伝えます。



ーこの世界のすべてのものに認識されなくなった私が、1番恐れたことはなんだと思う?ー



少年は答えられずにいました。

少女は、言いました。



ー大切な人たちのこころのなかから消えること。これはね、肉体が消えるよりも、もっともっと悲しいことなんだよ。

でも、良かったー



少年は、涙を流しました。



ーありがとう

パパ ママ ー



「…おれも」

少年は力一杯叫びました。


「おれも!

あのじいさんばあさんがそうだったように、きみを心の中から消すようなことなんて、ぜったいにしないからな!」


少年の告白を聞いて彼女は涙を流し、言いました。



ーでもやっぱり、おわかれって悲しいものだね…ー



そう言い残し、少女は消えました。


少年は、そんなこと分かっていました。分かりきっていました。

だって、さっきからお腹が苦しくて仕方がない。


なのに、なのに、ちっとも満たされない。

彼女と共に走り抜けたあの時間に比べたら、

ぜんぜん!

これっぽっちも!









あれから少年は大人になり、とある物語を書きました。それは、妖怪の少年と幽霊の少女の物語です。そのお話は、老若男女、すべての人々を悲しみと感動で包みました。

大人になった妖怪は、そのたびにお腹が膨れましたが、彼にとってはもはやそんなこと、どうでもいいのです。



すっかり年老いてしまった妖怪は今日も街を一望できる展望台のうえに佇み、もはや彼女の顔さえ思い出せなくなってしまったというのに、それでも、必死に繋ぎ止めているあの日の記憶の残り香に、こころを漂わせるのです。



甘い、甘いケーキを2人分食べながら。

もはやだれも知らない、大昔の歌を口ずさみながら。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

感想どんどん書いてきて欲しいです^_^

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