名前
ダッシュして祖母の老人ホームにつくと、ぎりぎり6時の1分前。
「はぁはぁ…」
なにも運動をしていない私にはとてもきつい…。
受付…、いかなきゃ。
「小春ちゃん!」
声のした先を見ると、高崎さんが笑顔で走ってきた。
高橋さんは祖母のお世話係さん。
若くて爽やかで頑張り屋さんらしいので、マダム達に人気だそうだ。
「おばぁさんが心配されてたよ。来るのがいつもより遅い。ってね」
高橋さんは爽やかスマイルで笑った。
「いろいろありまして、遅れました」
祖母の場合、心配ではないだろう。ただ、機嫌が悪くなってるだけだ。
それを言って来る高橋さんはなにを考えてるのか。
「なにがあったの?」
祖母の部屋に行く途中、高橋さんに聞かれた。
「友達とか勉強してて遅れました」
とっさに嘘をついてしまった。
なぜだろうか。言ってはいけないような気がしてならないのだ。
「そーなんだぁ。偉いね」
祖母の部屋についた。からから。
扉を開ける。そこに、ベッドに横たわり外をみている祖母がいた。
「おばぁちゃん」
声を掛けると、振り向いた。
「遅かったじゃないか」
「うん、ごめん」
イスに座り、祖母の方を向く。
「それでは、僕これで」
高橋さんがニコッと笑って部屋をでて行った。
「最近はどう」
「普通だよ」
「そうかい」
「うん」
カチカチカチカチ。
時計の針だけがこの部屋で動いている。
話すこともなく、ふとさっきの青年との出来事を思い出した。
『またおいで、小春…』
名前…なんで知ってたんだろう。
会ったことあったっけ?
あの人の名前も知らないし…。
「ねえ、おばあちゃん。私がいつも通る道に……。やっぱりなんでもない」
祖母はこっちを向いて、また外を向いた。
「そろそろ帰るね」
そう言って立ち上がった。
「それじゃあ」
祖母の部屋をでた。
6時半。
少し、外は暗い。
おまけに雲がでて来て、月明かりもない。
「小春ちゃん!送っていこうか?」
高崎さんが後ろから声をかけて来た。
「いえ、結構です。それでは」
高崎さんは、苦手だ。
あの笑顔の裏になにがあるのかわからない。
大抵の人はそうだ。にこにこにこにこ。
その張り付いた笑顔の裏になにを隠しているのか。
『きゃはははっ!きたなぁい!』
「ははっ、うるさいなぁ」
夜道に自分だけの乾いた笑い声が響く。
「速く消えてくれない?」
『きゃはははっ!やだぁー!あんたの願いなんか聞くわけないじゃん!』
誰か…。