青年
一周見渡して、なにもないやとブランコに目を移すと、一人の青年がブランコに乗っていた。
黒い髪が目を隠すほど伸びている。
そのせいで目が見えない。
青年は、秋になったとはいえ、まだ暑いであろう、クリーム色のセーターをきていた。
青年がゆっくりと立ち上がり、こっちへ近づいてくる。
つい、後ずさりをしてしまった。
この青年の、雰囲気が、雰囲気の色が、不思議なのだ。はじめは黒いと思った。しかし、黒は黒でも深い、ただの黒と断定するにはあまりにも多すぎる色が混ざっている気がするのだ。
青年がすごく近くに来て、顔を覗き込んで来る。
「あ、あの…えっと」
こんなまじかで人に見られることがないため、恥ずかしさがこみ上げて来る。
「なんでここにいるの?」
青年が口を開いた。少し低めの声でそう言った。
「あ、あの、とりあえず…離れてもらえませんか。」
目を見れずに、要求した。でも、切実な願いなのだから。
「あ、ごめん」
青年は少し焦ったように、距離をとった。
「それで、なんでここにいるの?」
青年がもう一度聞いた。
「えっと…」
なんでだっけ?あの道を歩いていて、視線を感じて…。
「視線…」
「視線?」
無意識に口に出していたようだ。
「はい。視線を感じて、それでここまで、来たんです」
視線…青年のものだろうか。あんなに距離があって、感じるものか?
かたん。
青年がまた、ブランコに乗ったようだ。
ふと、祖母が頭をよぎった。
「時間…」
急いで時計を見る。
5時42分…。
「いそがなきゃ」
急いで、元の道に帰らないと。
公園からあの細い道に出ようとした時、
「またおいで。小春…」
青年が笑った。