おちてきました -”呪われました”の7作目-
月が奇麗な夜でした。”神社”の”境内”で赤い敷物を敷いて、酒器を一式揃えます。酒類は”お米”のお酒や、”麦”の蒸留酒、甘口の”葡萄酒”。未成年者には各種甘味の飲料水です、発酵させていない葡萄のジュースなどですね。
今宵は本当に良い月ですから、酒盛りでもしないかな?と、誰が言い出したのかは分かりませんが、三々五々と”初代”こと”神主”のヤマトお爺さんが管理しているお社に、おのおの酒とつまみを手に提げて、集合していきます。
"お山"の”ガンマン”の子弟、師匠のビリーさんと、弟子で10歳くらいの少女のシルフィさんも、増え続ける料理のレパートリーの内から、季節の料理を木製の四角い箱に詰めて、参加しています。
特に開始の音頭もなく、ばらばらと飲み始めています。軽薄な雰囲気の青年ナギさんと、威圧感のある美人さんのナミさんはご夫婦で参加です。この二人、実は神様で、ナギさんは、神主のヤマトさんに奉られています、が、すでにいい感じに酔って、ネクタイを額に巻いている姿には、威厳とか神秘とかまったく感じられません。
ナギさんのお嫁さんのナミさんも、ほんのり色づいた表情で、夫の身体に寄りかかりながら、杯を重ねています。飲んでいるのは”お米”を原料にしたお酒です。つまみは各種の魚を生で切り分けたものです。中でも”サワラ”の”刺身”を好んで食べています。
その他にも、シルフィさんの知らない顔の参加者がかなり増えてきました。それぞれ個性的で方々です。キツネ顔の男の人というか、そのままキツネの頭で、白い重ねの服を着たシルフィさんくらいの大きさの人たちとか、どこか儚い感じの、実際半透明な老若男女とか、背中に黒い鳥の羽根を生やした青年とか、猫のような少女とか、そのものずばり二本足で歩く猫とか、身の丈が大人の男性の2倍くらいの大きさの、禿頭一つ目の男性さんとか、ころころとした毛玉にしか見えない、すねくらいの高さの球体が、器用に卵焼きをつついて食べていたりとか、子供の膝丈ほどの小さな人が、同じく小さな杯で高い度数のアルコールを飲んでいたりとかしています。なんともカオスです。
”神主”のヤマトさん曰く、故郷のお知り合いだそうで。古くからのお付き合いで、この場所はかなり緩いので”顕現”しやすいのだそうです。
ビリー青年も、とんと、座って、お酒をいっています。お気に入りの”スコッチ”です。つまみはシルフィさんが料理したローストビーフ(サラダ風にアレンジしたもの)です。牛の肉かどうかは分かりませんが、しっかりとした肉のようですね。
ごう、という空を揺るがす轟音が聞こえます。”お山”の鍛冶屋さんこと、巨大黒竜のヤミさん(10万と38歳)が神社の境内(それはもう不自然に拡張されたそこに)舞い降ります。その手には大きな酒樽と袋に包まれたつまみが抱えられていますが、口にもなにか引っ掛けていいます。
ヤミさん、は虫類顔で判別が難しいのではありますが、少々焦っているようです。ひょいと、口にくわえていたものを地面におろします。それは、背中に白い羽根が生えた、若い女性でありました。
「すまん、飛んでくる途中で”天使(Angel)”を引っ掛けてしまった。だれか治療してくれまいか?」すまなそうに言います。が、周囲の人?達は結構酔っぱらっているので、少々不安そうです。地面の敷物の上に横たわっている”天使”は、羽根が邪魔にならないように横に寝かされています。大きな胸と白い肌
が特徴的です。彼女は、見た目では外傷は無く、接触したショックで気を失っているようです。
アルコールを摂取しているくらいではどうということもない人(?)達が多いのですが、ここは、それほど緊急を要していない&一応の倫理観を働かせて、酒を飲んでいないシルフィさんが治療することになりました。
ガシャと、”拳銃”に触媒の”弾丸”をセットします。横たわる天使に照準を合わせて、唱えつつ放ちます。「『すみやかにくるしむやまいはらいたまえとかしこみもうす』」かなり短縮されていますが、こめる気持ちは快癒、状態を健全なものへと戻す祈りです。
引金が引かれ、優しい射撃音が辺りへ響きます。魔法の弾が天使の身体直前で弾け、同心円状の文様、ヤマトさんの故郷の古語で、文字が浮かびます。そして、天使は目を覚ましました。
どうやら、問題なく回復したようです。
「拳銃で撃って、相手を癒すというのは、いつ見ても違和感あるなぁ」銃の師匠であるビリーさんは、一杯引っ掛けながら言います。
「とどのつまり、弾丸の形をしていますが、それは”魔法”とか”魔術”とか”奇跡”とか言われている現象の触媒にすぎませんからね、姿形が攻撃的な”銃”という形状ですから、それなりに”破壊”に向けた現象の現出には向いているでしょうが、”治癒”とか”回復”に使用してもまったく問題ないわけです」解説するのは、神主のヤマトさん。ひょいぱくと、甘く煮た野菜を食べながら。
「まあ、シルフィにとっては、”銃”は救いのイメージがあるから、尚更なんだろなぁ。オレには少し難しいか?まあ、やろうと思えば簡単だがな!」笑う師匠のビリーさん。
「さすが師匠なのです」にぱりと笑いながら、近くに座るシルフィさんです。
***
「ささ、まずは駆付け三杯ということで」
「は、はあ」
目が覚めた天使のおねーさんに、お酒をすすめるナギさんです。おもわず受け取ってしまった天使のおねーさん、ちょっとぼんやりしながら、くいっと、杯をあけてしまいます。”お米のお酒”がこくりと、喉を鳴らして消えていきます。
「おお、なかなかの飲みっぷりですね、ささ、おつぎをどうぞ」ガラス製の酒器から、お代わりを自然についでいく、ホストみたいな軽薄な青年のナギさんです。天使の美人の女性は寝起き?のぼんやりとした頭で、勧められるまま、杯を重ねていきます。ちょっと頬が赤くなって色っぽいです、服装もワンピースの上にトーガを纏っているだけ(下着未着用)なのでちらちら見える胸の谷間に、ついつい目がいってしまう”神様”のナギさんです。
「あ・な・た」スタッカートです。一音一音区切られているのです。区切りの中には怒りが込められているのです。そうです、妻のナミさんが怒っているのです。ひいいと、耳を引っ張られて、深き闇の彼方へ連れて行かれるナギさん、彼は悲鳴をあげるのです。おしおきなのです。
冷静に、隔離空間を構築する神主のヤマトさん、自らが奉る神様に対して、結構ドライなんじゃないですか?というツッコミが神様自身から神託として告げられますが、”神主”さんは、そっと目をそらして、箸で、きれいに焼き魚をほぐしていきます。
「お酒だけでは、胃にわるいですよ。どうぞこれもお食べなさい」と勧められる”刺身”や”卵焼き”をぱくつく天使のおねーさんです。「これも口直しにどうぞ」とカットされた”林檎”も食べていきます。美味しいのが嬉しいのかにこにこと笑っています。というか、まだ状況を認識していないのか、無垢な笑顔で一生懸命もくもくと食べています。
「なんだか餌付けしているみたいだなー」と料理を勧めていた巨大黒竜のヤミさんが言います。
「失礼なおやじだな、だが、まあ、わからんでもねーが」ビリーさんが応えます。
「……あれ、ここはどこでしょうか?」天使のおねえさんが状況を把握しはじめました
「ああ、気が付いたか?すまなかったな」ずい、っと竜のヤミさんが天使の顔を覗き込みます。ええ、心配しているようですが、やはり爬虫類顔なので、なんともそれは、怖いのですね。
「ひっ」案の定おびえてしまう女性です。
「あんしてんだおめー」がん、とわりと強めの”弾丸”をつかって巨体の竜を弾き飛ばすビリーさん。その”銃”の腕前は、抜く手を見せないほど早業でした。
「わ!」その騒ぎにますますびっくりする天使の女性さんです。
「毎回言っているけどね、それ、痛いんだぞ」竜のヤミさんが言います
「けろり、とした顔で言われても説得力ないわ!だいたいお前は怖いんだから、距離感に気をつけろよな。だから彼女の一人もできねーんだよ」
「むか、幼女趣味の甲斐性なしにいわれたくないね!」
「幼女趣味じゃねーよ、おれはこうばいんばいんでむっちりとしただなー」
「はいはい、子供の前ですよーいい加減にしましょうね」ヤマトお爺さんが仲裁に入ります。
「あの……なにがどうなっているのでしょう?」既になんだか達観しつつある表情の天使さんです。
「ええとですね、今日は『お月見』の宴会なのです。ヤマトさんの神社でみんなで騒ごうという趣旨ですね。それで、天使さんは、それに参加しようとやってくる途中の、”お山”の”鍛冶屋”さんである、竜のヤミさんとぶつかった?らしいのです?で、気絶したみたいなので、治療しました」はい、と手をあげて説明するシルフィさんです。「私は、”お山”の”ガンマン”の弟子で、シルフィといいます。それで天使さんのお名前は?」ぺこりと礼をして名乗ります。
「エルといいます。今日は、知り合いが懐妊したということで、お祝いにいってきたところです。”跳”んでいるところで、後ろからショックをうけて、気が付くとここにいました」
「あー、悪いことをしたね。すまなかった。お詫びというわけではないけど、どうせなら宴会を楽しんでいってくれないかな?時間はまあ、”ここ”では問題ないから」竜のヤミさんが頭を下げながらすまなそうに言っています。
「おう、うまいものがいっぱいあるぞ、酒につまみに、それにいい男も盛りだくさんだ楽しいぞー」にやりと笑うビリーさん。
「そのとおり、どうせしばらく”エメラルドの平原がある国”には帰れないだろうしねぇ」軽薄な声で美青年のナギさんが言います。「あれ、ナミさんは?」「たっぷり満足させてきた、しばらくは足腰がたたないはず」悦を感じさせる笑みです。
「えっと、なんですか、この軽薄な雰囲気の青年みたいに見える”力”の塊さんは?」天使さんが少し引きながらたずねます。
「お恥ずかしいお話ではございますが、私が奉る神でございます」さらりとヤマトさん。
「はあ、さいでございますか……。で、なにか聞き流せないことをいっていたような?私帰れないのですか」身を守るように間合いを計るエルさん。
「だってねーその羽根の色」
「きれいな黒ですねー、不思議ですね、少し前までは純白だったのに、今は深い夜の色みたいです」シルフィさんが、無邪気に指摘します。
「……、だ、堕天してるー!」羽根の色を確かめたエルさんは驚愕の表情を浮かべます。
「いろいろここで飲み食いしちゃったからでしょうね」ヤマトさんが冷静に原因を指摘します。
「そりゃそうだ、あの無駄にでかい竜の持ってきた食材だぞ?”海”にすむ伝説の魔獣とか、”北欧”の”あのリンゴ”とか、やばげなものがいっぱいだろうしねー」笑いながら、なにやら不穏当な発言をするナギさんです。「無駄にでかいいうな!」ヤミさんが吠えています。
「そもそも、いまここにある”お酒”を含めた飲み物がが”おちみず”みたいなものですしね」とヤマトさん。「まあ、”ここ”に紛れ込まれたのですから、その時点で、どうしようもなかったのですよ。あきらめて楽しむのが吉かと思いますよ」と杯をくいと傾けて、あけるヤマトさん。
がっくりとうなだれ、地に膝をつく元天使のエルさん。ぽんと肩をたたくのは少女シルフィさんです。
「『不思議の国へようこそ』」にこにこと笑いながら、言いました。
その後、何かを(たぶん常識とか良識とか)を吹っ切るように、元天使の御嬢さんは、お酒をあびるように飲んだそうです。
”お山”に新しい住人が増えました。
どっとはらい