後編
――第七の妖将・妖虫――
残された妖将達は妖虫死亡の報を受け、第七の神殿に集まっていた。
「ふむ、見事にバラバラにされておるのう。抵抗した痕跡もなく心臓も脳も破壊されて再生も不可能ときておる」
「この様子では妖虫は敵の存在に気付かずにやられたというのか……。信じられん、奴ほどの妖将が……」
「こやつも機械人形らにやられたんじゃろか?」
「機械人形2体は常に監視してましたが、妖虫様には接触しておりません。もちろんこの神殿にも見張りの兵はいましたが、侵入者は発見されませんでした」
「別に動いていた敵がいたのではないか?そいつが何か身を隠す能力があって、不意討ちをしたのかもしれん」
「あるいは速すぎて監視の兵には見えなかったんじゃろう」
「いずれにせよ妖虫ほどの妖将を容易く殺せる敵。それだけ強大な力を持つ者ならば妾らの誰かが気配を感じてもいいはずよのう。妙な話ではある」
「人間共の刺客がここまでできるとは考えにくい。顔見知りの犯行という線はないのか。例えばここに来ていないもう1人の妖将の……」
「おいおいなんじゃお主は、こんな時に身内を疑うじゃと?ワシらの当面の敵は人間だけじゃろうて、なあ?」
「……」
「まったくお主はこんな時でもだんまりを決め込んでからに」
「いや失敬した。確かに今は結束せねばならぬ時であった。失言を詫びよう」
「人間共の刺客に凄腕がいると考えるほかあるまいのう。妾らの想定の遥か上を行っているがの」
「報告します。機械人形2体がこの神殿に接近中です。間もなくこの神殿に到着する模様です」
「一度解散しよう。あの2体はここにいる妖将なら問題はないだろうが、妖虫を葬った未知の敵には気をつけろ」
「貴様に言われるまでもないわ。妾を誰と思っておる」
「ほっほっ、次の神殿はワシじゃな。楽しみじゃわい」
◆
マスターが今はこれしか転送できないと言って送ってくれたのは、予備バッテリー1つとワタシ用の右腕パーツ(フォトンストリーマー付き)でした。
マスターが言うにはもう少しで補給の第2陣が来るから、それまではワタシがメインで、アムポーンがサポートで戦って欲しいとのことです。アムポーンの方が戦闘能力ではワタシより上だからアムポーンの方を優先すべきと進言したのですが、それについてマスターは「いいから言う通りにしなさい」の一点張りでした。まったく理不尽です。理解に苦しみます。せめて理由の説明をしてほしいです。
でも従わなくてはなりません。何故なら彼女がマスターで私は彼女に作られたアンドロイドだからです。
かくして突入した第七の妖将神殿は異様なまでに静かでした。入り口奥深くまで進んだのにOBIは0。かえって不気味です。
更に奥まで進むと、広間に何やら不審なものが。
「あれってー……?」
そこにはバラバラにされた何かの死骸らしきものがありました。
「生命反応なし。体を構成する物質はこれまでの幼将と類似点が見られます」
エネルギー残量に余裕のあるワタシの方が解析を務めます。
「つまりこれが7体目の妖将と考えて良さそうだねー。一体誰がやったんだろー」
「付近にプラズマ粒子が僅かながら残留しています。プラズマエネルギーによる攻撃があったのかもしれません」
「マスターが私達以外にもアンドロイドを送り込んでたってことかなー?」
「さあ、全く情報が来てないのでなんとも言えません」
分からないことだらけです。強力な味方がいるならそれはそれでいいのですが、いい予感がしません。情報が少なすぎるのです。
ともかくここにいても仕方ないので、釈然としないですが次の神殿へ向かいます。
第七の妖将、撃破。なお撃破者不明。
――第八の妖将・妖亀――
「ワシの部屋までよくきたな。ワシは妖亀じゃ。来るのを楽しみにしておったんじゃよ」
今度の妖将はおじいさん風の亀です。普通の亀が2足歩行になっただけのような姿で、顔は今までの妖将に比べてかなり穏やかです。OBIも50前後で安定しており、一見すると優しそうにも見えます。ですがこれまでは後になるほど強力な妖将がでてきました。この妖亀も相当強いとみて間違いありません。ならば――。
「フォトンストリーマー全開!」
先手必勝とばかりに不意打ち気味に放った右の正拳突き。これはあっさりかわされてしまいましたが、本命は左のバックハンドブロー。しかしこれも簡単にかわされました。ここからワタシのフェイクを織り交ぜた光速の連打が始まるのですが、これも全てかわされます。当たりそうで当たらない、そんなもどかしさ。
「ほっほっ、いい攻撃じゃな。下級妖将共が勝てんかったのも頷けるわい。だがこのワシには絶対に当たらんよ」
「そうですか」
また言ってしまいました「そうですか」。これ口癖ってものなんですかね。
「アムポーンは下がっていてください。OLTS発動!」
前回の妖将はアムポーン1人で倒しました。ならほぼ同等の性能のワタシも1人で倒すことが可能なはず。
「やっちゃえネノネノちゃん!」
OLTSで認識速度を極限まであげれば妖亀の動きが把握でき、攻撃をあてられるはずです。
光速の左ジャブをかわされた直後のわずかな硬直に光速の右フックを叩き込む――はずがまたよけられてしまいます。
チョップも。
ローキックも。
タックルも。
全部かわされ。
敵の動きが読めるのに攻撃が当たりません。速さだってほとんど互角。それどころかワタシの方が体感速度は上に感じるのに。
「ほっほっほっ、何故ワシに攻撃が当たらぬのか不思議そうじゃな。お主は『アキレスと亀』の話を知っておるかな」
「知りません。ワタシに無駄なデータは登録されていません」
「そうかならば話してやろう。もちろん攻撃を続けたままでいいぞい。『アキレスと亀』というのはな、アキレスという大そう強く速い人間と、亀が競争をする話なのじゃ。アキレスがあまりにも速いので、亀はいくらか距離ハンデをもらいスタートすることにした。アキレスが最初に亀がいた場所にたどり着いたとき、亀は少し先まで進んでいることになる。またアキレスが亀が少し進んだ場所にたどり着くと、亀はその場所よりさらに少し前に進んでいる。アキレスがさらに少し進んだ場所へ行っても、亀はまた先に……と、アキレスは永遠に亀に追いつくことはないのじゃ」
「そんなことがあるんですか」
話の間中、あの手この手で猛攻を仕掛けましたが、やっぱり当たりませんでした。
「この話は後世の人間が数学的解釈うんたらなどで有り得ぬ、と結論付けたそうじゃがの。そこが人間の浅知恵よ。現にこのワシは今まで速さ比べで負けたことはないんじゃ。」
確かにもう数えるのも面倒なくらい攻撃し続けているのに疲れたカスリもしないとは、これは身体能力というよりもが妖将の持つオカルト的な力なんでしょうね。
「ネノネノちゃん!こいつのオカルティックパワーレベルはこれまでの妖将と違う!おそらく3以上!自分自身のオカルティックパワーを高めないとそいつには勝てないよー!」
オカルティックパワーレベル――とは、人間の論理による説明が不可能な超自然的な力。
アンドロイドも科学とオカルトの狭間の存在であるため、OPL1の状態となっている。妖将は最低でもOPL2以上である。妖獅子戦でアムポーンはO2モード解放をすることでOPL2の状態のアンドロイドに一時的に達した。その結果、通常の科学では計り知れない攻撃を可能にしたのだ。
OBI(オカルト的戦闘指数)とOPLの違いは、OBIは「強さ・危険度の印象値」であるのに対して、OPLは「どれだけ人知から離れているか」を示す度合になっている点。例えばOBIが低くてもOPLが高い場合、基本戦闘力は低いが強力な特殊能力を持っている、という可能性が大である。またOBIは対象の近くにいるだけで直ちに数値が割り出せるが、OPLはよく観察して情報を得ないと判別できない。
ならやることは決まってますね。O2モードを解放すれば妖亀の領域に近づけるので、ワタシの攻撃も当たるようになるはず。実験ではまだ一度も試していませんが、
「O2モード解放!」
精一杯叫んでみたものの、それも虚しくワタシに変化はありません。
「アレ……?」
「ネノネノちゃん、O2モードになるには『躊躇い』があっちゃダメなんだー。もし『O2モードになっても敵を倒せなかったらどうしよう』なんて考えてたら絶対になれない。リミッターが働いてねー。ボクの場合は怒りでテンションを上げてリミッターを外したけど、今のネノネノちゃんにはテンションを上げる何かが足りてないんだ」
くっ、日頃ローテンションでいたことが裏目になってしまったようです。ならプランB、別手段を取るまでです。
「”千本の光の針”!」
妖亀を中心に、円形にステップしながら光速拳の連打、連打。しかし、これは当然のようにかわされてしまいますが。
「ほっほっ、無駄じゃと言うのに」
かわされた千の光速拳。しかしその千の光の軌跡は妖亀の周りで消えずに一瞬だけ輝きが残っています。これにプラズマエネルギーを組み合わせれば――。
「”光の牢獄プラズマプリズン”!」
光の軌跡が物質化し、妖亀の体を完全包囲。流石の妖亀も動きが止まりました。
「むぅ、結界か!?」
「もう絶対はなしませんよ。握りつぶします」
妖亀を左腕で完全に妖亀の頭を捕まえました。このままプラズマエネルギーを頭が破裂するまで流し込んでやりましょう。
「ならばこうじゃ!”絶対防御装甲羅”!!」
妖亀はすさまじい速度で自らの手足、そして頭を甲羅にひっこめようとしました。このままでは左腕が引き剥がされてしまいそうです。なんとかすんでのところで踏ん張りました。
「”妖甲羅大車輪”!!」
今度は回転して左腕を引き千切る気です。プラズマプリズンはあっという間に払いのけられてしまいました。左腕だけじゃ足りないと思ったワタシは、右腕でも妖亀の甲羅の左腕が出る部分を掴んで抑え込む体勢に入ります。ワタシのパワーは相当なもので、単純な筋力値ではどう考えてもワタシの方が妖亀より上でしょう。しかし、おそらくこの技もOPLの高さによる何らかの補正がかかっているのか、このままでは両腕を引き千切られそうです。そうなってはもう勝ち目は限りなく0%です。最大のピンチ到来です。
「ボクもいることを忘れないでー!これを使おう!『ハートリンクユニット』!」
「まさか、そんなものまで持っていたんですか」
『ハートリンクユニット』――マスターの対妖将兵器の中でも欠陥品とされていたもの。アンドロイド同士の心を”有線で”繋げることにより、テンションの足りないアンドロイドをテンションの高いアンドロイドが補うことが可能。ただし有線のため、実戦向けではないと判断されていた。
「仲間を助けたい。その気持ちを君にそのまま送るよー!”ハートリンク”!!」
リンク線で繋がったワタシとアムポーン。なにか、熱いなにかが向こうからこっちへ流れてきて体中を縦横無尽に駆け抜けるような……。苦しい気持ちや嫌な気持ちが浄化されていくようにも思え……。まさかこんな線1本でこんな気持ちが味わえるなんて想像もしてなかったです。素敵な予想外です。
「O2モード解放!」
当然のようにO2モード解放は成功しました。
これなら勝てる――。
そう感じたのではなく直感で確信したのです。ワタシが勝つことはもう決まっていることなのだと。
今にも妖亀に引き千切られそうだった両手。OLP1の状態だったら今頃両手は無かったでしょう。しかし今のワタシはOLP2。腕力だけで回転を逆方向にするのなど造作もないのです。そのままの勢いで妖亀の体を神殿の壁に叩きつけてやりました。素早く体勢を立て直した妖亀は手足を出して、また”アキレスと亀”の状態を作り出そうとします。でももう遅い。地球に住んでいる生物が、太陽の落下を避けようとして地球中を這いずり回っても避けることは不可能なのです。この必殺技もそれと同じ。
「”極光拳クエーサースクリューブレイク”!!」
宇宙の果てまでも眩しく照らす輝く拳がクリティカルヒット。宇宙的規模の暴風をまともに受けた妖亀は、その身を光速を超えた速さで回転させられ、やがて塵になって消え去りました。
ワタシの左拳も塵になって無くなりましたが。この神殿の戦いを終えたら補給が来ることになっているので、まあ大丈夫でしょう。
第八の妖将・撃破。
――第九の妖将・妖狐――
「こんばんは。遅い。何をしていたんだ貴様ら」
そのようにワタシ達を叱責したのは妖将、ではなく。
「貴様らのような低スペックのために補給にくることになった私の立場になって考えてみろ。そもそもこの戦いには地球の命運がかかっているのだぞ。わかっているのか?」
「あ、はい、すいません」
「それと挨拶はどうした?さっきからずっと返事を待っているのだが」
「あ、すいませんこんばんは」
「そっちは?黙ってないで何か言ったらどうだ?」
「お、こんばんはー!」
ワタシ達を執拗に注意するのは補給と援軍にきたアンドロイドです。
なんというか、この方苦手です。確かにすごい方なのですが、高圧的でワタシ達をうんざりするほど見下してくるのです。
型番はZVX-1。名前はグロム。ワタシ達より後発の機体で、テストが開始されたのもほんの3日ほど前です。つまり妖将が各地で猛威を奮っていた頃ですね。
ワタシはその時テストの一貫で組み手を任されたのですが、全く敵いませんでした。スピード・パワー・テクニックあらゆる能力値が桁違いで、総てにおいて圧倒されました。
「貴様は動く速度も思考速度も遅すぎだな。実戦経験があるのにこの程度なのか」
彼女がワタシに最初に投げかけた言葉がそれでした。
その後アムポーンもグロムと組み手をしましたが、やはり圧倒されて。
「びっくりした。まさかこんな奴らが地球最強のアンドロイドだったとは……」
そうコメントを残しました。アムポーンは左人差し指一本で圧倒されたのです。そんな彼女が満を持して戦場に投入されたようで。
「予備バッテリーと必要箇所の交換パーツを持ってきた。いくら貴様らでも15秒以内になら換装できるだろう。早くしろ」
「はい」
と、ワタシ。
「はーい」
と、アムポーン。
「はいは伸ばすな」
「はい」
もう少し早くできるだろう、などの更なる批判を浴びながらも、2人ともなんとか15秒以内に換装を終えました。
「では9番目の妖将を倒しに行きましょうか」
「おー!」
「そんなものもういない。私がとっくに左人差し指1本で爆散させてしまったわ。0.3秒もかからなかったぞ」
「それはすごいですね」
「お、おおー……」
ワタシ達は神殿に誰もいないことを確認しグロムの初めての実戦投入が成功したのだと認識しました。グロムの話では狐の妖将だったとのこと。それから次の神殿へと向かうことになったのですが、今までとは違う方面で不安です。
第九の妖将、撃破。
――第十の妖将・妖鵺――
「来たか機械人形共。3人か。私の名は妖鵺。よくぞ我が神殿まで辿り着いた。敬服に値する」
今度は鳥のような妖怪ですが、なんだかよくわかりません。よく見ると鳥ではないような気がしてきました。認識阻害の能力をパッシヴで発動しているんでしょうか。OBIは10~500万のあたりで乱高下しています。測定不能です。
「人類のため、貴様には死んでもらう」
グロムは妖鵺を左人差し指で指し、高らかに宣言しました。
「貴様らは私のサポートに回れ。まず一撃で倒せるか確かめてみよう」
それからプラズマエネルギーを左人差し指1点に集中させ、ワタシが認識困難な速度で踏み込み、指で一突き。
「”小さな大爆発”!!」
指先一本に触れた瞬間、妖鵺の体がはじけ飛びました。その肉体は文字通り粉々になり、やがてプラズマの高熱で溶けて無くなります。
「おおーっ、やったー!」
「10番目の妖将も一撃か。他愛もない。ほら早く次に行くぞ」
「はい」
と、ワタシ。
「はい」
と、アムポーン。今度は伸ばすなと怒られなくて済みそうです。
「まあ待て、せっかく来たのだからもう少しゆっくりしていくがいい」
「何……?」
後ろを振り返ると妖鵺がそこにいました。
「ただ、先ほどの不意打ちの礼はさせてもらう」
ゴオッと強烈な一陣の風が吹いただけ。本当にそれだけ。それだけしか認識できませんでした。
しかし100mの突風が吹こうと体勢を崩さないオートバランサーを装備したアンドロイド3体が軽く吹っ飛ばされ、壁に地面に叩きつけられ大ダメージを負ったのです。これではすぐに立つことは難しそうです。まさか一撃でここまでのダメージを受けるとは。
「所詮は機械人形というわけか。翼からの軽い衝撃波だけでこうも吹っ飛ぶとはな。直撃だったら確実に爆散していたな。さっき私にそうしたように」
強いです。この妖将は今まで戦ってきたどの妖将とも絶対的に異なります。異次元です。
でもワタシ達の中にも別格の者がいたようで。大ダメージを負ったワタシとアムポーンでしたが、グロムは吹っ飛ばされながらも無傷でした。
「戯けたことを。後の2人ならつゆ知らず、私をこの程度の技で倒した気になるとはな。”O4モード”解放!ネオOLTS起動!」
O4モードですって?O2モードを飛び越えてO4、ということはOPL4の状態まで到達しちゃうのでしょうか。そんな、まさか。しかしそのまさかの存在が今目の前に存在しました。
「今の私はOPL4。あらゆる理不尽を可能にする状態だ。貴様のような人類の敵には死でも生温い。宇宙から“抹消”してやる」
OPL4の状態に達したようです。それが本当なら、もはや人知を超越してこの世を支配できる領域です。さらにOBIも測定不能になってます。
「私の初撃を凌いだからといって図に乗っているようだな。じっくりいたぶって殺そうと思っていたが、特別に貴殿は大技で仕留めてやろう。この私の絶対の技でな」
そう言うと妖鵺は翼を大きく広げ、自信の体からいくつもの目を出現させました。その目は眼球となり、妖鵺の周りを覆い尽くすように無数に飛び回り、やがて静止し、全てが目線をグロムに向けたのです。そして無数の目がそれぞれ鮮やかなビビッドカラーに染まっていくと、やはりOBIが測定限界に達しました。確実にやばい攻撃が来ます。
「この技が貴様に少しでも触れた瞬間、私の勝利は確定するのだ!”絶対勝利光線”!!!」
割とシンプルな技名ですが無数の数の光線がグロムめがけて飛んできます。
しかしグロムは全く動じることなく、刹那の間に、腕を胸の前で×に交差させるような構えから、必殺技を繰り出しました。
「歴史からいなくなれ!!”完全なる終末”!!!」
□□□
ハッ、ワタシは今まで何をしていたんでしょう。確か次の妖将を倒しに行こうとしていたはずですが。えーっと次の妖将は何番目でしたっけ。なぜか認識がおぼつきません。
「今さっき私が10番目の妖将を“抹消”したところだ。貴様たちはもう覚えてないだろうがな」
抹消?10番目?どういうことでしょう。9番目の妖将を倒したところは確認しましたが。
「10番目の妖将は私が“存在そのものを消してやった”。初めからこの宇宙に存在していないことになったのだ。故にもう誰も奴を知る者はいない。私が倒したことすらだ」
そんな、馬鹿な――。
「そんな馬鹿な、と言いたげだな。だがそれがオカルティックパワー4という力なのだ。覚えておけ」
理不尽。あまりに理不尽。
「えーっと、ボクの認識だと妖将は全11体なんだけど、あと1体ってことでいいのかなー?」
「元々妖将は全12体だったのを私が1体減らしたのだ。残念だがあと2体いる。それと、言い忘れたが感謝してほしいものだ。貴様らはさっきまで大ダメージを負っていたのだが、私が妖将の存在を消したことによってそれも無かったことになったのだ」
「は、はぁ……」
「礼はどうした?」
「ありがとうございます」
と、ワタシ。
「ありがとうございまーす!」
と、アムポーン。
「ネノネノ、声が小さい。アムポーン、貴様は語尾を伸ばすなと言ったはずだ。学習しろ。もう一回だ」
「「ありがとうございます!」」
「よし」
意図せず2人の息がぴったり合いました。はあ、それにしてもなんか嫌です。息苦しいです。
第十の妖将、撃破――?
その時、不意にマスターから連絡が入りました。
「貴方達、よくやってくれたわ。もう少しで妖将を全滅させられるわね。貴方達を作って本当に良かったと思ってるわ。さあ、早く残りも倒してしまいなさい。貴方達なら必ず勝てるから」
「はい、マスター」
と、ワタシ。
「はい!マスター!」
と、アムポーン。
「仰せのままに、マスター」
と、グロム。
なんだかマスターが妙に優しいので、人間でいうなら照れた、という感情になってしまいます。マスターが苦手なワタシですが、こう言われたら期待に応えなくてはなりませんね。
――第十一の妖将・妖龍――
身長3mを超える体躯。龍の顔、爪、牙に全身を覆う輝く鎧。OBIは測定不能。今度は龍の妖将です。
龍――それはあらゆる伝説上の生物の中でも古今東西最強の存在として君臨しています。それが妖将化したとなると、それだけで恐ろしく強い存在であることが推測できます。
「……」
「残る妖将も貴様含め後2人だ。確実に宇宙から消し去ってやる」
グロムはワタシ達にまたしても援護に回らせ、1人で妖将を倒す気満々です。3人でいっぺんにかかっていった方がいいんじゃないでしょうか。
「……我輩はお前達と闘う気はない。最後の神殿へ向かうがよい……」
なんと、背を向けて退散しようとするではありませんか。こんな妖将もいるんですねえ。
「待て。貴様に戦う意思があるかないかなどは関係ない。人類の敵妖将は全て消し去るのみだ」
「よせ、お前が真に戦うべき敵は我輩ではない……」
「問答無用!」
「我輩に近寄るな……。お前の大事な“これ”が握りつぶされてもいいのか……?」
さして妖龍が右手に握っていたのは、アンドロイドなら誰でも見覚えのある物でした。
「『カーネルダイナモ』だと……?一体それが……うっ!?」
グロムは突然胸を押さえてうずくまりました。
「まさか……!?」
「我輩にとって、お前の心臓部を掴み取ることなど造作もないこと……。だが我輩はお前にとどめを刺さぬ……。何故なら戦うべき相手ではないからだ……。お前が真に戦うべき相手は最後の神殿にいる……」
「貴様、一体何が目的だ……!?」
「我輩の目的は、世界の平和だ……。今回の事件も世界を思慕して起こしたもの……。だが、今となってようやく気付いたのだ……。我輩らは『あいつ』に騙されていたことに……。だが我輩は妖将の掟により『あいつ』と戦うことは許されぬ……。お前達には我輩に代わって『あいつ』を倒してもらいたいのだ……」
「ふざけるな!何を言っている!?」
「妖将が世界平和を望むってー?信じられないよ」
「『あいつ』とは?」
ワタシ達3人は矢継ぎ早に質問を投げかけます。しかし、その質問は1つも答えられないままになってしまうのです。新たな人物の登場によって。
「――お喋りが過ぎるようだな、妖龍」
謎の声が聞こえた、と感じた刹那。部屋が真上から見て4つに分割されました。妖龍を中心として。つまり妖龍も真上から4つに分割されたのです。
「このオレの右手は、大陸を分断したマントル10億年分の力を凝縮しただけの威力があるんだ。そして分断されたものはどうあっても絶対に再びくっつくことはない。大陸が二度とくっつかないようにな」
姿は見えど声は聞こえて。謎の声は丁寧に今の現象を説明してくれました。
「『あいつ』の手の者か……。だが我輩のしぶとさは妖将随一……。この程度では死なん……」
4分割された妖龍ですがまだ生きているようです。しかしダメージは誰がどう見たって深刻です。
「これはお前に返しておこう……」
妖龍の手からカーネルダイナモが消えると、苦しがっていたグロムが元通りになりました。
「我輩の最後の力だ……。“龍の血”を受け取れ……。これでお前たちの“妖門”が1つ開くはずだ……」
妖龍の分割された断面から噴き出した血液が一塊の玉になって宝石のように輝きだします。
「むっ!?」
「これは?」
「ボク達のオカルティックパワーレベルが上がった……!?」
なんとまあ、私達は自分のOPLが上がったことをオカルト的な直感で確信したのです。これでワタシも常時O2モードに。やった、強くなりますね。
「お前たちがオカルティックパワーレベルと呼んでいる奥義は、我ら妖将の間では“妖門”と呼ばれている……。“妖門”は本来人間には存在すら知り得ぬもの……。例え知ったとしても人間の物差しでは理解ができぬ……。お前たちは人間が作った存在でありながら“妖門”を開いている……。それはつまり……」
それが妖龍の最期の言葉となってしまいました。
「妖龍よ、流石にお喋りが過ぎたようだ。この星の創生時から生き続けているという貴様の命も今この瞬間に尽きる。滅ぶがいい!”大地震撼拳アースクエイクナックル!!”」
妖龍は叫ぶ暇もなく、4つの体が8つになり16になり32になり……やがて128を超えた所で分裂が急激に加速し、粉々になって消滅しました。
「なんと……」
「なんて威力なの……」
「何者だ、貴様」
「オレが何者か、か。知りたければ最後の神殿に来い。そこで全てが明らかになるだろう」
そう言い残し、謎のアンドロイドは気配を消滅させました。
最後の神殿。そこに行くしかないようですね。
第十一の妖将、撃破――。
――第十二の妖将・妖鬼――
いよいよ最後の妖将がいる神殿です。突入前にマスターと最後の交信を行おうとしましたが、何故か連絡が取れませんでした。ここにきて連絡が取れないのは不安ですが、ワタシ達は装備やバッテリー残量は十分と判断し、最後の神殿に突入することに決めました。
「しかしこれで妖将も最後かー。ボク達妖将を倒したらどうなっちゃうんだろうねー」
「そんな心配は最後の妖将を消滅させてから言え。まだ戦いは終わってないのだぞ」
最終決戦だというのにちょっと気が楽です。これで終わるからでしょうか。
でもそんな気楽さは、あっという間に消えることになるのですが――。
「待っていたわ」
神殿中央の広間。これまで毎回妖将が待ち構えていたスペースです。が、そこにいたのはとても見覚えのある人物。
「アナタは……」
「まさか!?」
鋭く凛とした眼差し。白衣を着た、雰囲気からも知性があふれ出るような女性。
「貴方達はよくやってくれたわ。ここまでの妖将をことごとく撃破した。私の予測をわずかながら超えてきているわね」
「マスター……?どうしてこんな所に……?」
「ここは妖将のアジトですよー?どうやってきたんですかー?」
ワタシとアムポーンはつい動揺を隠せず表に出してしまいました。
「惑わされるな。マスターがこんな所にいるはずが無かろう。おそらく相手の記憶を読み取って大事な人に化ける類の能力だろう」
なるほど。危うく敵の術中にはまる所でした。流石グロムですね。
「いい視点ね、グロム。大正解、と言いたい所ね。でも私は正真正銘、貴方達のマスターなのよ」
「無駄だ。貴様のような妖将がいくらマスターのフリをしようと私には通用せん」
「なら、今証拠を見せましょう。これを見ても同じことが言えるかしらね」
「何?」
「これよ。アンドロイドと開発者の間の絶対の命令権限。鋼鉄の忠誠心を約束するもの。“絶対停止コード”よ。私が今左手を上にかざしたままリモコンのボタンを押したらどうなるかしらね」
「なに!?バカな、それはマスターだけしか所持していないはず……!?」
“絶対停止コード”とは、アンドロイドが製作者に反抗しないための保険としてマスターとワタシ達の間に埋め込まれたコードです。ひとたびそれを発動すれば、どんなに強力な力を持ったアンドロイドでも完全に動作を停止することができます。
しかしそれはマスターだけに所持が認められたリモコンとマスターの生体情報がなければ発動できないもの。もしこれが本物だとすれば、目の前にいる人物も本物のマスターということになります。しかしまだ偽物の可能性もありますが。
「偽物だと思ってるでしょうから、使ってみるわね。はい」
ポチッ、とボタンが押されました。ワタシ達3人は石のように動けなくなってしまいました。もう一度ボタンを押されない限りは絶対に自力では動けません。意識はあるので、結構辛いです。
しかしこうなっては間違いありません。あれは本物の“絶対停止コード”発動用のリモコン。あれを持っているのはマスター以外に有りえないはず。そして使用できるのもマスターだけです。
「分かってもらえたかしらね、私が貴方達のマスターだということを。十分わかるわよね」
そう言うと、今度はリモコンの解除ボタンを押し、ワタシ達の拘束を解いてくれました。
「ぐぅ、バカな、ありえん……。貴様がマスターだというのか……」
「そうよ。そして12番目の妖将、妖鬼でもあるわ。貴方達を騙していたことは謝るわ」
もう目の前にいるのがマスターなのは疑いようがありません。でもマスターが妖将……?にわかには信じられません。大体マスターが妖将なら何故ワタシ達に妖将を倒させたのでしょうか。
「妖将には妖将を倒せないという掟があるの。でも貴方達を使えば、掟に触れず妖将を葬ることができる。そのために貴方達を作り、今回の騒動を起こしたのよ。全ては私が世界を治めるためにね」
「バカな……。そんな話信じられるか……」
「貴方達には2つの道を提示します。1つは私の忠実なアンドロイドとして私とともに人類を滅ぼす道。もう1つは人類の味方として私と戦う道。どちらを選ぶかは貴方達次第。もちろん1人1人が別の道を選んでも構わないわ。ただ……もし私と戦う道を選ぶのなら確実に死が待っている事は約束するわね」
信じていた生みの親と戦うか。守るべきものと信じてきた人類と戦うか。非情なる決断を迫られました。
いや、正確にはアムポーンとグロムにとっては非情なる選択肢だったのでしょう。
「どちらの選択肢を選ぶか、優先度は互角……。いやそれ以上にマスターが我々を騙していただと……?理解が及ばない……。このままでは私の思考エンジンがキャパシティオーバーになってしまう……」
「マスターと戦うなんて……。ボクには無理だよ……」
マスターの発言はこの2人にはかなり深刻なダメージを与えたようです。ではワタシには?
「フフフ……フフフフフ……」
「なにがおかしいのネノネノ?思考がキャパシティオーバーを起こして感情機構が崩壊したかしら?」
「いいえマスター、ワタシは正常です。どこにもエラーはありません」
「そう。じゃあ何を笑っているのかしら」
「嬉しいのです、マスター。ワタシはずっとマスターの事が大嫌いでした。ワタシが生まれた時から戦うことを運命づけて、絶対に逆らえないプログラムを施し、その上理不尽ですぐ怒るし人を見下してこき使ってばかり。そんな貴方が実は妖将で人類を滅ぼすと。ならばワタシにはもう何の迷いもありません」
「ずいぶん嫌われたものね。でも私も嬉しいわ、生みの親である私を『嫌い』という感情こそ貴方が自立した証し。つまり親離れ。貴方は私の期待通りに成長している」
「だからそういう所が嫌いなのです。とにかくアナタは人類の敵。だからこの一撃をもって粉砕します。妖龍から授かったこの力で――!」
体に装備されたフォトンストリーマーが次々と変異し、体に埋め込まれていきます。力が体中に満ち溢れ、ワタシはマスターへの怒りに身を任せたまま“門”を突破していたのです。
「ネノネノちゃん!?」
「なんだ!?このような形態はどこにも情報が無いぞ」
1つめの門はアンドロイドとして生まれた体で越え――。
2つめの門は妖龍に託された血の力で越え――。
3つめの門はマスターへの怒りと憎しみで越え――。
「これが――“ドラゴニックフォトンストリーマー”です!ドラゴンの血と機械の体をオーガナイズさせた、妖将とアンドロイドの究極のコラボレートウエポン!」
4つめの門は己が身と龍の力を融合させることで越えた――。
「誕生!O4モード・ネノネノドラゴニック!!」
かつてない力を感じます。このパワーで、全てに決着をつける!
「驚いたわ……。私と同じOLP4となり立ちはだかるとしたらグロムだと思っていたけど、まさか貴方とはねネノネノ。でも私も容赦はしない。フォトンストリーマーを使えるのは貴方達だけじゃないのよ」
するとマスターの全身が薄紫の光のようなモヤのようなものに包まれて、気がつけば全身がフォトンストリーマーに覆われていました。しかもただのフォトンストリーマーではありません。禍々しく変異した、刺々しく攻撃的なフォルム。そう、これはワタシのと同じ――。
「“フォトンストリーマー『鬼』カスタム”よ。この私妖鬼と完全に融合を果たしているわ。融合のシンクロ率では私の方が遥かに上。OPL4同士でもこの差は大きいわよ。さらに言えば、貴方の”ドラゴニックストリーマー”とやらは耐久力に長けた妖龍の血と敏捷性に優れる貴方のボディを融合させたものでバランスも悪い。対して私のフォトンストリーマーはパワー重視に設計されたもので、私自身もパワー特化型戦闘スタイルの妖将。勝負は見えているわね」
確かに“フォトンストリーマー『鬼』カスタム”とやらは最初からマスターが装備するために設計した武装のようで、妖将であるマスターの体と完全に融合を果たしています。あれは今機械でもあり、生物の体でもあるという状態なのでしょう。
「それはアナタの勝手な理屈。OPL4とはあらゆる理屈を超越した存在であるはず」
「そうよ。大事なのは『テンション』。OPL4即ち妖門を4つ開いたもの同士ならば相手を屈服させるだけの『テンション』を発揮した方が勝つ。『テンション』と言ってもその形は様々。貴方を屈服させるのは少々理屈じみた『テンション』が必要と認識していたのだけど違ったかしら?」
「要は精神的に優位に立った方が勝つのでしょう」
「精神性の優位ばかりとは限らないわ。『テンション』を極めし者同士の戦いだと結局は物的性能の差が勝敗を分けるのよ。もっとも、貴方が『テンション』を極めているとは思わないけどね」
「なら己の身をもって確かめるといいです。もうこれ以上の問答は無用でしょう。決着をつけましょう」
「そうね。貴方の力を直接体感して、次のアンドロイドを作るための糧にするわ。ネノネノ、貴方にとって最後の実験よ。妖門を4つ開いた貴方が私の最大必殺技を喰らったらどうなるのか検証するわ」
マスターはそう言って最後の挑発をしましたが関係ありません。ワタシはマスターに関する全てのネガティブなメモリーを呼びおこし、それらをOPL4の力をもって全て破壊の力に変換します。
戦うためにこの世に生み出された日――。
奴隷のようにこき使われた日々――。
命がけで戦いを強いられた今日――。
そして今まで利用されてきたと知ったこの瞬間――。
マスターよ、アナタだけは絶対に許せん。この命に代えても倒してやるんだ。
「この一撃が貴方の野望を打ち砕く!!“光龍拳ドラゴンスクリューブレイク!!!”」
「滅びなさい!!“鬼神拳ガイアデストラクション”!!!並びに"蓬莱拳セイントストーンプレス”!!!」
2連撃――!?
そして1発のパワーが大きい。
マスターの双拳はワタシが放った拳の10倍、いや20倍はパワーが上。太陽と地球くらいのレベル差です。止められない。死ぬ――。
「“スカーレットバルサム(紅い鳳仙花)Re:Burst”!!!」
真っ赤な拳がマスターの拳を受け止めました。
「アムポーン!どうして!?」
「フッ……まさか貴方までこの私に逆らえるなんてね」
「いいえ。私はマスターに歯向かうことはできないよー。だけど、ネノネノちゃんを守りたいと思ったんだー」
仲間がいる。ただ1人の仲間がいてくれるだけでこんなにも力がみなぎるとは。
先ほどまでは絶望的に巨大に感じたマスターの拳が、今は小さく見えます。
「なんて奴らだ……!アンドロイドには支配権限というものがある。どんな強大な力を持つ機体でも支配権限だけは絶対遵守するように作られている。暴走を防ぐためだ。つまりいかに強力なアンドロイドでも支配権限の壁を超えることはできない……はずだった。だがあいつらはその壁を超えた!これぞオカルトの力、真のオカルティックパワーに目覚めたというのか!」
まだ、まだ超えない。もう一発、更なる一撃が必要。胸のプラズマの輝石を自ら砕き、プラズマエネルギーが解放された一瞬にだけ打てる究極の奥義を解き放つ。
「今です!」
「うん!」
これが、今のワタシ“達”の最大の一撃!
「合体連撃奥義!!“超光拳クエーサーユニオンバースト”!!!」
ワタシの左の拳と、アムポーンの右の拳を同時に放ちます。ドラゴニックフォトンストリーマーの限界突破出力を発動させ、左腕がちぎれそうになる瞬間に左腕を『解放』。解き放たれロケットとなったワタシの左腕とアムポーンの右腕が肘から飛び出し、光速の数倍の速さで敵に突撃です。
「ま、まさかこの威力は……。私が想定した数値のMAXを遥かに超えている……!グッ、バカな……!バカな……!!」
ワタシの左拳はそのままマスターの右拳を打ち砕き、右腕を貫通し、確実に致命傷であろうダメージをマスターに与えました。マスターの腹に大穴が空き、さらにその内部はプラズマエネルギーの衝撃波でズタズタに蝕まれ、体は崩壊寸前。
「これで終わりですね、マスター……いや、妖鬼」
「バカな、この私が自ら生み出した存在に負けると……グゥ、ウウウウウ……!フフフ……素晴らしいわ貴方達……」
マスターもとい妖鬼は口から血なのか体液なのか分からない液体をまき散らし倒れました。もう二度と立てないでしょう。嫌いだったとはいえ、生みの親。その人を自ら手にかけてしまいました。あまりスッキリするものではありません。むしろ後味の悪さだけがこの手に残っています。
そして残っているのはそれだけではなく――。
「た、倒したの……?」
「ですね。しかし……」
戦いはまだ終わっていません。
「まさかマスターが“アチラ側”のアンドロイドにやられるとはな」
そう、妖龍を倒したあの敵が残っています。
「マスターがやられるまで見ているだけとは。意外でしたよ」
マスターが倒れてすぐに姿を現したのは、やはりあの謎のアンドロイド。妖龍を一撃で葬ったこの機体がマスターの加勢に来ていたら勝つのはまず無理だったでしょう。
「オレはマスターによって生み出されたが、“しもべ”ではないからな。お前らもそうなのだろう?」
「いいえ。少なくともワタシ達はマスターのしもべでした。残念ながらマスターと戦っている時でさえ、マスターがワタシ達の縛りを緩めて、マスター自身と戦えと命じてくれたから戦えたようなものであり、ワタシはマスターの僕としてマスターの命令のままマスターと戦ったと、言えるでしょう。もっとも、マスターを討った今そんなことは関係なくなりましたが」
「お前のそういう理屈っぽい所、マスターにそっくりだな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
そう言ってワタシが構えるともう言葉は要りません。ごく自然に互いを見合ったままファイティングポーズをとるワタシと謎のアンドロイド。コイツさえ、倒せば、今度こそ全てが終わる――。
――最後の闘い――
「待て、貴様はマスターとの闘いでの消耗が激しい。ここは私に任せてくれないか」
そう言ったのはグロムでした。闘う気満々だったので横やりを入れられて少々気を削がれました。しかし冷静になれば言う通りです。ワタシとアムポーンの全身全霊を込めた一撃でやっと倒せたマスター……次の敵と闘うことを考えていたら絶対に勝てなかったでしょう。ここは一旦引きグロムに任せることにします。
「私はマスターとの闘いで何の役にも立てなかった。その償いをさせてくれ」
「わかりました」
「ごめん、ボクももう限界みたい……」
アムポーンはワタシ以上にダメージが深刻で、その場に崩れ落ちました。アムポーンは、ワタシとは違いマスターのことを敬愛していたので、マスターに逆らう事による負荷がワタシ以上に大きかったのでしょう。よく闘ってくれたものだと感心すると同時に感謝します。
「オレはどいつが相手でも構わん。お前らがどれだけ力を増そうとオレには勝てん。何故ならオレには地球そのものが味方しているからだ」
そう言うと構えを大きくし、同時に顔を覆っていた影が消滅しました。どうやら認識をジャミングするオカルティックパワーが働いていたのでしょう。陰から現れた顔は「オレ」という強い一人称に見合わず女性型です。目つきは鋭いものの、小柄であまりパワーがありそうには感じません。もっとも、彼女のオカルティックパワーレベルは既に測定できるレベルを超えていますが。
「もう何も隠す必要は無い。何故なら全てがここで終わるからだ!」
「ああ、終わるな。もちろん、貴様が消えてな!」
凍りつくような空気が一瞬流れたかと思うと、一転、凄まじい闘気の爆発が大きな熱を帯びて辺りを覆い尽くします。おそらく、勝負は一撃で決まるでしょう。
「私の本気を見せてやる!グロムOPL4モード!いくぞ!!“完全なる終末”!!!」
「吠えろオレの拳!!“大地震撼拳ウルトラ・アースクエイク・ナックル”!!!」
□□□
前にも感じたことのあるような謎の間の後、勝負はついたようです。
「バカな……!?何故消滅しない!?私の“完全なる終末”は完全に決まっていたはず」
「無駄だ。大地より生まれ出でた者が、大地を無かったことにするなど出来るわけがないだろう!」
「なんだと!?それはどういう……。アグッ……!」
グロムはその場で前のめりになって倒れこみました。ワタシとアムポーンは急いで駆け寄ります。
「グロム!」
「しっかりして!」
あのグロムがこうも易々と打ち負けるとは。ワタシもアムポーンも一度も勝ったことのないグロムが。
「が……負けた……。この私が……」
グロムはかろうじて喋れるようですが、腹部のダメージは深刻。まるで地割れの後のようにぐしゃぐしゃにされ、長くはもちそうにありません。
「こんなことって……」
「よくも……」
怒り――許せないという言葉が湧き上がりました。マスターと対峙した時にも同じような感覚がワタシの全身を覆っていました。しかし、それとはまた違う、瞬発的なエネルギーの爆発。
「最期にオレの技の秘密を教えてやろう。地球の地下にあるプレートはダメージが蓄積すればするほど、その反動で巨大な地震を起こすのは知っているな。それと同じようにオレがダメージを受ければ受けるほど、俺の必殺技”大地震撼拳ウルトラ・アースクエイク・ナックル”の威力は増していくのだ。同時に技を放った瞬間、それまでオレが受けていたダメージも全て回復してな!貴様らがどんなに強力な技を放とうが、オレの攻撃力を上げるだけなのだ!」
「なんですって!?そんなことが……」
「可能だ。真のオカルティックパワーに目覚めたアンドロイドならな」
それが本当ならば、いくら攻撃しても無駄。それどころか相手の攻撃力を高めてしまうだけです。けれど――。
今のワタシは、そんな理屈でどうにかできない。
「それが本当か確かめてみますか?ワタシの拳を受けても同じことが言えるかどうか」
「構わん」
ワタシの拳は怒りで限界でした。
粉微塵にしてやる!コイツを!
「“光鬼拳――」
マスターとの闘い、あの刹那で学んだこの技で――。
「デモニッシュスクリューブレイク”!!」
「“大地震撼拳ウルトラ・アースクエイク・ナックル”!!!」
互いの拳がぶつかります。
しかしまだ、まだこれだけでは終わらない――!
「並びに!“鬼神拳ガイアデストラクション”!!!」
必殺技の二連撃。これこそがワタシがマスターから受け継いだ最後のチップ。『怒り』のテンションを極限まで高めることで可能になりました。これもマスターからの教え。マスターを憎んで倒したワタシが、マスターの教えを以て敵に挑むというのはなんとも皮肉ですが。
ですが――。
「……」
「納得したか?」
「そんな……」
全力で放った一撃。単独で放ったとはいえマスターを倒したときと同様の手応え。それなのに――何故、傷一つつけられない?
「言ったはずだ。オレの技はどんなダメージも解放・発散することができる。2連撃だろうと1億連撃だろうとな」
それでは、やはり彼奴の言うようにいくら攻撃してもムダだということですか……。もはやワタシ達は攻撃を加えず逃げ回ることしかできないのでしょうか。
「攻撃をしなければいい、なんて考えても同じことだ。時間の経過とともにオレの技の威力はやはり上がる。1分も溜めれば貴様ら3人をまとめてこの星から消し飛ばすくらいの威力にはなる。では覚悟はいいか?“大地震撼拳ウルトラ・アースクエイク・ナックル”――」
そう言って敵は力を溜め始めました。
このままでは終わる。ワタシ達も。人類も。この名もなき敵によって。
「冥途の土産ににオレの名を刻むがいい。ルピアナ――それが貴様らと人間の世に終末をもたらす者の名だ」
まるでこちらの心を見透かしているかのようなタイミングでの名乗りです。ルピアナ。それがこの最悪最強のアンドロイドの名。このままワタシ達はルピアナに滅ぼされるのを待つしかないというのでしょうか。
「まだだ……!」
突然、グロムが立ち上がりました。あの致命傷を負った状態で立てるはずなど無いのに。
「最後のオカルティックパワーをフル稼働させたのだ。それより時間が無い。ネノネノ!アムポーン!人類の希望を貴様らに託す!」
人類の希望?この状況でそんなものがどこにあるというのでしょうか。
でも、グロムの瞳は、真っ直ぐにこちらを見ていて――。
「思い出したのだ。マスターが私のカーネルダイナモに封印したとっておきの力……。いざ、というときのための最後の力があるということをな……。受け取れ……!これがオカルティックパワーの神髄、“創造の光”だ……!私の中に封印されていた、マスターが遺した究極の力だ……!」
マスターの力――そう言われてワタシは一瞬逡巡しますが、迷っている場合などではありません。今、ルピアナに勝てる力なら何でもいい。
「これは……」
手にした瞬間、それが何なのかを理解しました。
思考スピードがどこまでも止まらず、無限に加速していくような感覚。
これは“創造の光”――言うなればマスターがワタシ達をこの世に産み出したときに使った、オカルティックパワーの根源のような存在で、アンドロイドにとっては全ての始まりと終わりをを意味する力。それ以上は超越的すぎて説明のしようがありません。
「頼ん……だぞ……」
そこまで言うとグロムは倒れました。もう、ピクリとも動きません。アンドロイドとしての死――それは、あまりに呆気ないものでした。
ワタシ達に出来ることと言えば、彼女の死を悲しむことではありません。彼女が最期に残したこの力で敵を倒すこと。
いや、倒す必要などないでしょう。何故なら、”この力を手にした時点で勝っている”のですから。
ワタシは右手を軽く構え、優しく前に打ち出します。
「“光神拳ゴッドクリエイト&ブレイク”!!!」
「なんだそのぬるい拳は!?消し飛ばしてやる!!”大地震撼拳ウルトラ・アースクエイク・ナックル『フルチャージ』!!!”」
二つの拳がぶつかり合います。
ですが、もう結果は分かっていました。
「な、何故だ……。何故オレが負けた……!?」
「究極の拳、それは創造する力だったのです。オカルトを超えた神の領域の力」
拳が衝突した瞬間、グロムから託された光がルピアナを【創り変え】たのです。
これは“創造の光”。全ての理を創り変えることができる神の力。
神はたった7日間で世界を創ったといいます。これはその力の一部を再現したもの。世界を創る、つまり目の前にいる相手の能力を“塗り変える”など容易いこと。
また、能力の変更だけでなく、事象すら決定する力があります。つまり拳が交わる前から結果は決まっていたのです。
「これが、マスターが遺した最後の力なの……?」
敵わない、と思いました。
マスターはこうなることを全て見越していたんでしょう。
ワタシがマスターを倒すことも。
グロムがマスターと戦えないことも。
グロムがルピアナに敗れることも。
そして、ワタシがルピアナを倒すことも。
「どうして……」
ワタシの口から真っ先に出たのはその言葉。
この力は元々はマスターが持っていて、マスターが使えたはずの力。どうしてワタシとの闘いでこの力を使わなかったのでしょうか。使えば絶対にワタシに勝てたはずなのに。
倒されることを望んでいたのか、他に理由があったのか。
いずれにせよ答えは闇の中――。ワタシは自分の意志でマスターを倒したと思っていましたが、やはりマスターの筋書き通りに動かされたに過ぎなかったのでしょうか。
「そうか……マスターは最期にこんな力を遺していたのか……。オレはお前に負けたんじゃない。マスターに負けたんだな……」
「そうですね。マスターに負けたという意味ではワタシも同じです」
「フン……よく言う……。オレはここまでだ……。どの道これでお前が世界最強というわけだ……。だが忘れるなよ、永遠に最強なんてことはあり得ない……」
「ワタシは最強の座なんて興味はありませんけどね」
「そうもいかないだろうさ……。強い者は強い者を呼ぶ。お前はいつか自分よりも強い者に狙われるだろう……」
ワタシはちょっと呆れました。今息絶える寸前のアンドロイドに説教をされるとは。
「その戦うことしか考えてない思考回路はどうにかならなかったんでしょうかね。ワタシはもう、戦うことにうんざりなんです」
「そのうち……わかるさ……」
そこまで言うと、ルピアナは完全に沈黙しました。言いたいことだけ言って旅立ってしまってくれました。
今ここに、全ての戦いが終わったのです。生き残ったのはワタシとアムポーンだけ。さっきまで激しい戦闘を繰り広げていた神殿がやたら静かに感じます。
「帰ろうネノネノちゃん、ボク達の家へ……」
「ええ……」
全ての妖将、撃破。
――エピローグ――
こうして、世界に再び平和が訪れました。
でもワタシは思うのです。この戦いで勝って、それで何を得たのだろうと。それに闘うために創られたワタシ達は、もう戦う理由が無くなってしまいました。もう命令を下すマスターもいない。ワタシがこの世にいる意味なんてないのじゃないだろうかと。結局ワタシはマスターの指示に従うことだけに存在意義を見出していたのかもしれません。
「存在する意味、なんていうのは誰も分からないよ。人間だって同じだよ」
そう言うのはアムポーン。彼女も戦いを生き残った割にはサバサバしています。
「じゃあ人間もなんのために存在しているんですかね」
「それを知るために存在してるんじゃないかな」
「……そうなんですかね」
まるで矛盾だらけの存在。それが人間であり、アンドロイド。
何故、存在するのか。何故存在しなければいけないのか。
マスターがワタシ達に倒されるのがマスターの計算通りだったとしたら、ワタシ達に何をさせたかったのか。それも結局謎のままです。
「ボク達の上にある空って、宇宙なんだよ。この宇宙だって、なにがなんだか分からないよ」
そう、そんなわけの分からない宇宙に、これからもワタシ達は存在し続けていくのでしょう。きっと未来に何かが待っていると信じて。
その未来のために今は何をすべきでしょうか。こんな時、人間は何か目標を持つのが良いと言うそうです。マスターに決められた目標ではなく、自分だけの目標。
「今度は、ワタシ達が宇宙の最強を目指すのもいいかもしれませんね」
そんな未来を描くのも、いいかもしれません。
(終わり)