前編
ネノネノです。ワタシ、アンドロイドです。地球を狙う妖怪軍団をやっつけなくてはなりません。
事が起こったのは突然でした。12人の妖将たちが突然地球の各地に現れ、破壊と殺戮の限りを尽くしたのです。その後彼らはこの世界と魔界の狭間に存在する十二妖神殿に立てこもりました。そして彼らはこう主張しました――人間共よ、チャンスをやろう。貴様らの世界を滅ぼされたくなければ24時間以内に我々全員を倒してみせろ――と。
ワタシは彼らを全て撃破するべく、マスターの指示のもと、世界連盟から送り込まれたのです。早速最初の神殿に突入してみます。
――第一の妖将・妖豚――
こいつが第一の刺客です。豚の妖怪です。2足歩行してます。黒い鎧のようなものを纏っています。顔は不気味です。
しかしこいつは恐ろしい敵なのです。何せたった12人で人類全体を恐怖のどん底に突き落とす力を持っているのですから。
試しに右の正拳突きを放ってみます。ドゴオオオオオと景気のいい音をたてて妖豚は吹き飛びました。
まさかコチラの攻撃に反応すらできないとは驚きです。逆に。本当にこいつらが人類を脅かせるんでしょうか。もっと苦戦すると思っていろいろ必殺技とかも用意してきたんですが。予備のバッテリーもたくさん持ってきたんですが。まあ次行ってみましょう。
第一の妖将、撃破。
――第二の妖将・妖猿――
続いて出てきたのは猿です。2足歩行でマッシヴですがいかにも猿という顔をしています。
今度もまずは右の正拳突きを放ってみます。
むっ、右側に避けられました。かなりの速さです。先ほどの相手とは少し違うようです。しかし高性能アンドロイドであるワタシの正拳突きはただの正拳突きではありません。ワタシが拳を放つとき、右腕が超高速で回転して拳の威力を増大させるとともに乱気流を発生させる効果があるのです。
妖猿が乱気流でバランスを崩したので、その顎めがけてすかさず左アッパーを打ち込みました。ワタシには利き手はありません。どちらの腕でも100%のパンチが打てます。
妖猿は軽く天井に体全部がめり込む程吹っ飛びました。果たしてここから立ち直ってくるタフネスがあるんですかね。あるにせよ無いにせよトドメは刺しとかないといけません。天井に向けてジャンプし、サマーソルトキックを喰らわせてみましょう。本当は完全消滅させられるビームとかもあるんですけど、エネルギー節約のためここでは使わないでおきます。
妖猿は天井をぶち抜いて吹き飛び、しばしの間宙を舞った後、頭から地面に叩きつけられました。かなり痛そうです。これは死んだでしょう。次に行きます。
第二の妖将、撃破。
――第三の妖将・妖雉――
「どうやら貴様が妖豚と妖猿を倒したらしいが、それもここまでだ。この妖雉が滅ぼしてくれよう」
初めて妖将に言葉を投げかけられました。データでは知ってましたが、どうやら彼らが人語を理解しているのは事実のようです。
「死ぬがよい、妖翼斬!」
妖雉はその翼を振り下ろしものすごい速さで斬りかかってきました。人間の反応速度を遥かに超えています。
「ふ、死んだか。他愛もない」
その一撃で地面は原型を留めず捲れあがり10か所以上の切り裂き痕を残しズタズタにされています。おそらく人間ならばバラバラに裂かれて死んでいたでしょうね。
人間ならば。
「生憎ですが、ワタシからしたら遅すぎですよ」
「バカな!?いつの間に後ろに!」
今の攻撃は初速が亜音速でしたが“現状態の”ワタシのMAXスピードの20%未満ですね。余裕でかわせました。
では反撃しましょう。まず右腕に光子力を集中させプラズマエネルギーを十分に溜めます。次に相手の体20か所めがけジャブを放ってみます。こうパパーッとですね。
「ぷぎょっ!?」
すると彼はユニークな断末魔を遺し、粉々になりました。私の拳に乗ったプラズマエネルギーが彼を分子レベルまで分解してしまったようです。実験通りですね。次行きましょう。
第三の妖将、撃破。
――第四の妖将・妖犬――
「マスター、これまでの戦いはいずれも圧勝でした。本当に彼らに地球を脅かすだけの力があるのでしょうか」
「そうね、貴方の性能をもってすれば圧倒できることは想定内だわ。でも彼らの能力にはまだまだ未知の部分が多い。くれぐれも油断しないで。それとこれから必殺の一撃を放つときは必ず技名を叫びなさい」
「はあ」
「貴方にはまだ理解し難いことかもしれないけど、『テンション』が個体の能力を飛躍的に上昇させるの。貴方に感情がある最大の理由は『テンション』を上げてのパワーアップをして欲しいから、というのは前にも説明したわね。技名を叫ぶのは『テンション』を高めるための重要な儀式よ。必ずやりなさい。モニタリングしてるからね」
「はい、わかりました」
私の生みの親、マスターPとの定時連絡を終えました。ここまでは予定通り。怖いくらい順調に来ています。
さて4つ目の神殿で待ち構えていたのは妖犬です。2足歩行ですが顔が完全に犬です。データベースによれば柴犬が最も近いかと思われます。猿、雉、犬と出てきたのは桃太郎でしょうか。あと体が大きいです。身長250cmくらいです。
「お前が3人の妖将を倒したのか?」
「はいそうですよ」
「そうか、ならばこの私が敵を取ってくれよう!」
やはり彼も人語を操るようです。会話も成立してます。そして何よりも、動きが速いです。いきなり殴りかかってきたのでワタシは少し反応が遅れてしまいました。回避が間に合わず右腕でガードしてみました。かなり重い拳です。ワタシは衝撃で2歩後ろに下げられました。妖犬はその隙をついて更なるラッシュを仕掛けてきます。右左右左上下上下と丁寧に打ち分けてきます。初めての劣勢に陥ってしまいました。小柄なワタシと妖犬では体格差があります。このまま連打を浴びて壁際まで追い詰められたら危険です。ここは危険を冒してカウンターパンチを打ってみましょう。
「見切っているわ!」
むむっ、左のカウンターを右掌で受けられてしまいました。ならば右フックで、と思う暇もなくワタシの右肩は妖犬に抑え込まれてしまって、そのままのしかかられて押し倒されてしまいました。これはピンチです。
「私にはお前の動きなど読めている。この妖犬の嗅覚はただ匂いを嗅ぐばかりではなく相手の攻撃すらも嗅ぎ分けてしまうのだ」
「そうだったんですか、ちょっとずるいですね」
窮地に陥っているのに、自分で言っていても呑気だとわかるくらい呑気なセリフを返してしまいました。こんなとき人間だったらいかにもピンチらしいことを言えるのでしょうが。
「3人の妖将を破ったことは褒めてやろう。だがあの3人が敗れたのはお前をたかが人間だと思って侮っていたため。正体が機械人形と分かったからには一切手は抜かんぞ」
「それはどうも」
次の瞬間、妖犬の腹に大きな穴が開きました。ワタシの胸部の光石からプラズマエネルギーを大量に放出したのがゼロ距離でヒットしたのです。どうやらビーム攻撃は読めなかったみたいですね。まあ、これは燃費が悪いからあまり使いたくはなかったのですが。
妖犬は二度と動きだしませんでした。これにて4つ目の神殿もクリアですね。ただ結構エネルギーを使ってしまったので、次の妖将と戦うまでに補給が必要です。
第四の妖将、撃破。
――第五の妖将・妖虎――
「ネノネノ、貴方さっき必殺技名を叫ばなかったわね?どうして?」
「えっ、すみません。咄嗟のことでしたので。押さえこまれて少し慌ててしまって」
「言い訳はしないでちょうだい。さっきの敵は倒せたけど今後より強い敵が出てきたらああは行かないわよ。いい、次は必ず技名を叫びなさい」
「はい」
マスターの意図は理解しかねますが、あちらは製造主でワタシは作られた存在。例え理不尽でも素直に従わなくてはなりません。正直めんどくさいなと思うところはありますが。
「それと、ようやく援軍と補給が間に合ったわ。今そちらに着くでしょうから、次の妖将からは彼女と協力して戦いなさい」
「わかりました」
待つこと数分。援軍が到着しました。たった1人です。ワタシと似たタイプのアンドロイドのようですが。
「久しぶりー」
「誰でしたっけ」
「おいっ!いきなり人間みたいなボケをかまさないでよ!君のメモリにボクのことが確実に入ってるでしょー!」
「あ、すいません。情報が優先度の低いフォルダに入ってたみたいで。取り出すのにラグが発生しました」
彼女は機体名アムポーン。型番はZV-3。ワタシがZV-2なので彼女はワタシより後に創られたアンドロイドですね。ワタシが150cmなのに対して、彼女は175cmあります。敏捷性はワタシ、リーチやパワーでは彼女の方が上、という風にバランス調整されています。女性型ですが一人称は「ボク」。ボクっ娘というらしいです。
「あーもう、傷つくなー!ボクすっごい傷ついたなー!せっかく補給物資と換装パーツ持ってきたんだけどなー。渡すのやめようかなー」
「あ、申し訳ございません。できればそれをお渡ししてくれると助かるのですが」
「もっと気の利いたお願いをしてほしいなー!」
アムポーンの感情機構はワタシよりも発達しているらしく、結構人間に近い素振りを見せます。まあ振る舞いが人間に近く見えるだけで実際に近いかどうかはワタシには分からないのですが。研究所の人達でもよく分かってないようですが、ワタシには一部データを伏せてたりしますから、もしかしたら少しは分かってるのかもしれませんね。
「お願いしますアムポーンさん。補給物資と換装パーツを渡してください」
「んー、棒読みっぽいけどネノネノちゃんにしてはよく頑張った!はいどうぞ!予備バッテリーと”フォトンストリーマー”ねー」
「あ、良かった。助かります」
「その返事、グッドだよー!」
『フォトンストリーマー』とは光子を大量に放出することで一瞬だけど光速まで加速することができる装置です。頭部用、腕部用、背部用、脚部用と4つのパーツがあります。
というわけで、第5の神殿にやってきました。今回から2人で戦えるのでより優位に立てるでしょうね。
今度の妖将は虎でした。2足歩行なんですが、顔は完全に虎。やはりこれまで同様胴体に甲冑も装備しています。
「情報では1人と聞いていたが、2人か」
言葉を話すのも、これまで通り。
「貴様らはどうやら単なるカラクリ人形ではないらしいな。ましてや2人相手となればこの俺でも勝つことは難しい。だが俺達の技術班が作ったこの薬があれば話は違ってくる」
そうして妖虎が取り出したのは1粒の丸薬。
「それはなんなのですか」
「この薬は”妖丸”と言って、妖将1人のパワーを究極にまで高めてくれるのだ。薬が効いている間、その妖将は1つ上の存在になれる」
妖虎はそう言うと丸薬を飲み干しました。するとどうでしょう。妖虎の周りに蒼白い炎のようなものが顕現し、部屋中を覆い尽くしました。実際に熱を感じるので本当に炎なのかもしれません。非常に危険な香りがします。
「TBI(理論上戦闘指数)1200、OBI(オカルト的戦闘指数)は63000オーバーかー!」
アムポーンが読み上げた数値はありえないレベルです。これまで戦ってきた妖将はせいぜいTBI800未満、OBI5000未満でした。ちなみにワタシはTBI2200、アムポーンがTBI2700程です。(OBIは人類に対する直感的な危険度を示すものなので、人類の味方アンドロイドはOBIがありません)
「いくぞ!大地を焼き尽くす金色の一撃!“スターダスト猛虎剛炎拳”!!」
は――速い。なにかの直撃を受けて吹っ飛びました。いつなにを喰らったのか全く見えませんでした。一発なのか数発なのかすらもわかりません。わかるのは知覚できない速さの攻撃を受けてワタシとアムポーンが同時に大ダメージを受けたということです。
「やるな……。まさか俺の必殺技を受けて立ち上がるとは……」
ダメージは大きかったですが2人ともなんとか立ち上がることが出来ました。
ワタシ達はプラズマエネルギーのシールドを装甲の内部に常に展開させています。妖犬戦のようにプラズマエネルギーを放出するとシールドは消失してしまいますけどね。OBI63000という危険度の高さから自動でプラズマシールドの展開密度が上がっていたのが幸いでした。かなりエネルギーを消耗してしまいましたが、まだまだ戦えます。
とはいえ、あの攻撃を受け続けたら危険なのは間違いないことで。どうしたものでしょう。
「ネノネノちゃん、ボクたちが勝つための手段は残されてるよー。フォトンストリーマー頭部パーツには隠された機能があるのを知ってるかなー?」
「知りません。ブラックボックス化されている部分があるのは分かりますが」
「それだよそれ!」
「なにをゴチャゴチャ言っているか!もう一度喰らえ” スターダスト猛虎剛炎拳”!!」
まずい、次喰らったらかなりの痛手です。そう思った瞬間アムポーンがワタシの前に立ち塞がって。
「プラズマエネルギー全開!”サイクロトロンシールド”!!」
パッシヴで体中に展開するプラズマシールドを前方にフルパワーで展開させる防御技。最大級の防御力を誇るもののエネルギー消耗が大きく長くはもたないはずです。
「ボクは大丈夫!ブラックボックス化されてる部分のデータがアンロックされてるはずだから見て見てー!」
言われた通り該当フォルダに瞬時にアクセスします。確かにアンロックされているようです。
『オーバーライトニング・シンキングシステム』――フォトンストリーマーを体内に向けて展開させ体内循環粒子に光速を超えた加速を与える。そうすると知覚速度・認識速度・思考速度が0.01秒ほどだが光速を超える。しかし0.01秒認識速度が光速を超えるだけでもその間が5秒~20秒ほどに感じられ、光速の動きが10km~20kmほどに見えると推測される。なおまだテスト段階で実戦で使えるかは未知数。
つまりこれは賭けですね。ただし選択の余地など無さそうですが。仕方ない、使ってみるとしましょうか。システム発動には認証フレーズを叫べばいいんですね。
「OLTS発動!光速インスピレーション!」
これがテンションが上がるということなんでしょうか。体がふわりと軽くなって今ならすべてが上手くいきそうな予感がしてきました。
そして実際にスピードも異次元の速さになっていて。さっきまで全く見えなかった敵の攻撃がどうでしょう今度はとてもゆっくりに見えます。妖虎の” スターダスト猛虎剛炎拳”とは蒼白い炎を拳に集中させて放つ左右の連続フックだったのです。
「フォトンストリーマー、出力全開!」
脚部と背部についているフォトンストリーマーから光子が猛烈に吹き出し、ワタシの体は光の速さの域まで一気に加速します。制御が難しくバランスを失えば体がバラバラになるリスクもありますが、OLTSによって加速した思考エンジンさえあればバランス調整もかなり楽になります。刹那ワタシは妖虎の腕の内側に入り込み、がら空きの胴体へ必殺の拳を打ち込むだけになりました。技名を叫べばいいんですよね。
「”光子拳フォトンスクリューブレイク”!!」
腕部、背部のフォトンストリーマーを限界まで加速させ――光速で直進し振動する右の拳を敵の体の真ん中に叩きこむ。ただそれだけ。しかしこれは全てを無慈悲に破壊する拳。
光速拳、光速振動、大量のプラズマ波動が妖虎に到達した瞬間、そこには分子のかけらも残りませんでした。我々2人は妖虎を完全に撃滅したのです。
ただ問題が。さっきの技を放った時、あまりの衝撃でワタシの右腕までもぎれてしまいまして――今右肘から上がありません。これは結構痛いです。アンドロイドとはいえ痛覚はあります。比喩じゃなく実際に痛いのです。このままでは戦闘に支障が出るので、痛覚は遮断しますけどね。
「右腕が吹っ飛んじゃうとは、すごい威力だけど失敗だねー。予備の右腕は今ないし、私もかなり損傷してる。援軍第2陣が到着するまで待とうかー?」
「いえ、第2陣が到着する時刻を待っていては手遅れになる恐れがあります。ワタシ達だけであと2人妖将を倒してしまいましょう」
こうして我々は一抹の不安を抱えつつ、次の妖将退治に向かうことになったのです。
第五の妖将、撃破。
――第六の妖将・妖獅子――
少々の不利を覚悟でワタシ達ZVシリーズ2名は第6の神殿にやってきました。既に入り口から尋常ならざるOBI数値です。13000程ですが、入り口だけでこの数値は異常です。おそらく中にいる妖将は10万オーバーでしょう。危険度が今までとは文字通り桁違いです。
ワタシとアムポーンは顔を見合わせ、互いを確認しました。一歩一歩進むたびにOBIが上昇していきます。入り口から狭い通路を10歩進んだところですでに5万オーバー。通路を抜け広間に達した時にはもう10万を超えました。
そしてその広間の奥の階段の上――偉そうにも玉座に妖将は座っていました。
「まさか我の神殿まで辿り着くものがいるとはな。驚いたぞ。この妖獅子が全力を以て相手をしてくれる」
「よろしくおねがいします」
「お、ネノネノちゃん礼儀正しいねー」
ワタシは相変わらず面白いことが言えずアムポーンは相変わらず軽いですが、今度はライオンの妖将のようです。顔がライオンで、特徴的なのはサーベルタイガーのような大きな牙。身長は2m程で意外と大きくありません。しかしOBIは驚異の243900。妖虎の4倍の危険度です。なんという高数値でしょう。ワタシ緊張してきました。
「妖将を5人倒したようだがいい気にならぬことだな。これまで貴様らが倒してきた妖将は12人の中でも階級が下の者たちで我の部下であったのだ。貴様らには真の妖将の恐ろしさを教えてやらねばならん。見るがいい」
そう言った妖獅子の胸のあたりから突然、にょきにょき手が生えてきました。さらに背中から足も。かと思うと腹からは顔が。ワタシはあまり不気味だとか思わない方だと自覚してますが、流石に不気味です。
妖獅子の体内から生えた顔には見覚えがありました。妖犬です。妖犬だけではありません。下腹部脇腹の方からは妖豚の顔も生えてくるではありませんか。これは一体どういうことなんでしょう。
「百獣の王たる我は王の力で体内から妖将を生み出せるのだ。貴様らが倒した妖将も全て我が生み出したものだ。倒されたのならまた生み出せば良いだけのこと」
あっという間に妖豚、妖猿、妖犬、妖雉、妖虎が復活しました。さっきまでの苦労はなんだったのでしょう。
「やばいねー、2対6かー。まず妖獅子を先に潰さないと意味がないってかー。よし、じゃあ私が妖獅子を倒すからネノネノちゃんが5体相手してくれるかなー」
「5体ですか。かなり大変そうですね」
「ならもっと大変そうな顔しようよー!」
ワタシは結構大変だと思っているのですが、アムポーンにはそうは見えなかったようです。だってさっきまで倒すのに3時間とバッテリー1本強を消耗したんですからね。
「貴様らまさか復活した下級妖将5人がさっきまでと同じ強さだと思っているのではあるまいな。そやつらは全て妖丸により大幅に力を高めている。それだけではない。通常肉体は復活しても魂が肉体に戻るまでは10年から1000年かかるのだが、そいつらには特別な妖器を使って仮初めの魂を宿してある。貴様らも良く知っているだろう、これを使ってな」
「なっ、それはー!!」
「カーネルダイナモですか?」
カーネルダイナモとはワタシ達の体の中心部にあるとても大切なパーツで、自動車にあてはめるならエンジン、人間にあてはめるなら心臓に第二の脳を加えた臓器というのが正しい表現でしょう。これを創れるのはワタシ達の創造主であるマスターのみのはず。一体なぜ妖将の手に渡ったのか……。大きな謎です。
しかしその答えは意外にも妖獅子自らが明かしてくれました。
「貴様ら人間やその眷属は自分たちの方が妖怪よりも優れた科学技術を持っていると思い込んでいるようだが我々からしたら人間の科学力など児戯に過ぎん。貴様らがここに入って戦っている間に妖将の中でも最も技術のある者が貴様らの体を解析し、妖科学によって貴様らの体の核をなす部分を複製したのだ。急ごしらえ故、少々貴様らの物より劣るようだが、もう明日にもなれば貴様らを超える性能の物を創れるだろう。体も含めてな」
「明日ですか。ずいぶん早いですね」
「マスター達が20年近い時間をかけて開発した私達を1日でだってー?ふざけやがってー。決めた。私が1人でこいつら6体全部ぶっ倒す。ネノネノちゃんは下がってて」
「何?今なんと言ったのだ。我々を1人で倒すなどと聞こえたが。気でも狂ったか」
「そうですよ。危険です。2人で協力して戦いましょう」
今アムポーンは感情でいう所の怒りが強く出ており、冷静さを見失っています。こうなると攻撃性が高まりますが判断を誤る恐れがあります。
「うんうん、ネノネノちゃんの言うことも分かるよー。でも今は怒りに任せてぶっ飛ばすのが正解な気がするんだ。適度に冷静さを保ちつつ怒りで倒す。怒りを力に変える。次のステップに進むには今これをやっとかないとって思うんだよね。もちろんマスターがバカにされたままなのも許せないけど」
そう言ったアムポーンのプラズマエネルギーの体内サイクル速度は平常時の倍以上になっていました。彼女はこの時点ではOLTSは使っていないはずです。
「愚かな機械人形よ。百獣の牙の恐ろしさを知るがよい」
「怒りテンションMAXになってきたぁー!OLTS発動!ダストプラズマ超振動!”プラズマフィールド”!!」
アムポーンは自らの周囲をプラズマエネルギーで覆いました。プラズマ粒子が光速で振動しているこの空間では、並みの物質なら触れただけで分解されてしまうでしょう。
まず真っ先に突撃してきた妖豚と妖雉がフィールドに触れた瞬間分解されました。そして後ろで様子を伺っていた妖犬、妖猿がひるんだ一瞬にアムポーンは間合いを詰めプラズマフィールドを圧縮した両腕を縦に一振り。2体は頭から左右に引き裂かれ残った体もプラズマフィールドの余波で分解されました。さらにそれを見て敵わないと察したか妖虎はなんと背を見せ逃げ出そうとします。
が、それを止めたのは妖獅子。
「闘争本能が以前の物より劣っていたようだ。作り直さねばならんな」
妖獅子はそう呟くと右手で口の牙を抜き取りました。すると瞬く間に牙が細かい粒子へとなっていき、妖獅子の右手の中で激しい渦を作ります。
「この一撃は我が牙に万の数噛み砕かれたのと同等であると思え!”獣王万牙拳”!」
妖獅子の右拳が妖虎にクリティカルヒット。
「ぐぎゃあああああああ!!!」
妖虎は広間一体に血を花火のように飛び散らせ、無残にもその身を飛散させました。妖獅子が抜き取った牙はもう再生しているようです。他の妖将を生み出せるくらいですから自身の再生能力も高いのでしょう。
「仲間も容赦なしってかー。気分悪いね」
「仲間?自分の体からいつでも生み出せるものをどうしようが我の勝手。貴様の知ったことではない」
「ああん?ますますビキビキってしちゃうな」
アムポーンはもうさっきまでの、怒ってると言いつつも明るい顔ではありませんでした。人間が実際に怒ったときの顔になっています。『自分の体から生み出したもの』――おそらくその部分をマスターから生み出された自分達と重ねているのでしょう。
「貴様にも死をくれてやる。この妖獅子の最大の必殺技を見せてやろう」
妖獅子は牙を両方の手で2本の牙を抜き取りました。牙は瞬時に粒子化し、妖獅子の両手で渦となりました。あの技は危険です。
「この技を喰らったものは、我の牙に万の数のさらに万倍の数だけ噛み砕かれたのと同じことになる。我の牙はダイヤモンドも高級肉のように易々と噛み砕ける強度を持っている。つまり貴様は跡形も残らず確実に、一瞬で死ぬのだ」
「それがどうした」
今までで最大級の危険が目の前に迫っているというのにアムポーンのこの余裕。どうしたんでしょうか。怒りの状態と推測できますが、我を忘れている様子でもないようです。
「”真・獣王万牙拳”ーーーっ!!」
「人間の科学力を舐めるなぁ!」
妖獅子が技を発動させた刹那、展開していたプラズマフィールドを急速に収束させ――、
「O2モード解放!ダストプラズマ超振動――!!」
アムポーンはフォトンストリーマーも使わず、プラズマエネルギーを両腕だけに集中させています。彼女の両腕があまりの速度で振動しているので高温を発し、周辺の空気を歪ませ、陽炎が出来ています。それにくわえ腕から放射状に紅く炎の色をしたプラズマの波動を発しているので、まるで彼女の周りを華が包んでいるような――。
「これが人間の生み出した力だ!!”紅い鳳仙花”!!!」
紅い光の華に包みこまれたアムポーンの両腕と、禍々しい牙の粒子が渦巻く妖獅子の両腕が激突です。
「貴様こそそれが何だと言うのだーーーっ!!」
妖獅子は真正面からぶつかると見せかけてアムポーンの右脇に回り込みました。危ないです。
「三下のやることなどお見通しだ。予測エンジンを使うまでもなかった」
アムポーンは右に即座に向き直ると、今度こそ2人の両腕が激突しました。
「なんだこれは!?体が、体が溶けるうぅ!!!」
「”紅い鳳仙花”は光速で振動する灼熱のパンチ。これを喰らったものは170兆回分20,000℃のパンチを喰らったに等しい。もう一度言う。人間の科学力を舐めるな!」
そこまで言い切ると、妖獅子は悲鳴をあげる暇もなく蒸発しました。ワタシのデータにもこんな技はありません。恐ろしい威力です。アムポーンの完全勝利です。こんなに強いアンドロイドだったとは、正直ビックリしました。
「まあ、腕はこうなっちゃうんだけどねー」
いつのまにかアムポーンは穏やかな顔に戻っていました。しかし技を打ち終わった両腕を見ると、既に手首は燃え尽きて無くなり、肩のあたりまでが炭になっています。こうしてる間にも右肩から下が灰になり消え去りました。プラズマエネルギーもほぼ空になりかけているようで、ダメージの深刻さは右腕を失ったワタシの比ではありません。これは急いで補給と整備を受けなければ。
第六の妖将、撃破。
◆
「妖獅子までもが人間の手の者にやられたようだが。この体たらく、いかがすべきか」
「奴は力任せに戦うしか能がない奴だったからのう。仕方あるまい」
「ワシからしたら妖獅子など赤子同然よ。これからの成長に期待しておったのだが、所詮この程度の器だったのじゃ。お主もそう思うじゃろう?」
「……」
「なんじゃ相変わらず無口な奴じゃな。少しは面白いことを言ったらどうじゃ」
「今はそんな下らん話をしている時ではない!あの機械人形たちにどう対抗すべきかという話をしているのだろう!まだ来てない者もいるしどうなっているのだ!」
「ワシら妖将は自由気ままが身上じゃろ。そう腹を立てんでも良かろうに」
「だが妖獅子を倒すまでの戦力を人間共が用意できるとは妾も予想外だったのう。少し人間共を見直したわ」
「そうだ、油断できんのだあいつらは」
「た、大変ですぅー!」
「どうした妖兵567号、そんなに慌てて」
「妖虫様が……妖虫様が何者かにバラバラにされて殺されてましたぁー!!」
「バカな!?」
「なんじゃと!?」
「ふむ、どういうことかのう……」
「……」
(後編へつづく)