【閑話】リーラと妖精と皇太子と勇者と(1)
お待たせいたしました。
まだ完成はしていないのですが、繋ぎとしてお送り致します。
クイズは後日追加致します。
ガチャンと、樫の大木から切り出して作られた重厚な扉が閉じられた。
部屋の中はとても豪華で、今まで入った事の無いような華やかさと派手さが入り雑じっている。
その部屋で、現在私は装備を剥ぎ取られ、ふわふわなドレスに着替えさせられています……瞳子さん助けてーーっ!
どうしてこうなったのでしょうか…
「はぁ、今頃瞳子さんなにやってるんだろうなぁ。またミルクさんに…その…え、えっちな事をしてたりするのかな」
急に帝国のギルドから依頼が入って、瞳子さん達に挨拶をする隙なく来てしまい、その依頼が終わった後は暫く路銀を稼ぐ為に帝国に滞在し、チマチマ依頼をこなしています。
今日も、【星光草】×5本を納品するクエストを受け、早速採取を行う為に森に来ているのです。
この森の木々はとても豊かで、人間の人や他の種族の人には見えませんが、そこいら中で妖精や精霊が飛び回って遊んでいます。
こう言う森は、最近では珍しいかもしれません。
まぁ、瞳子さんの様にピクシー族の精霊さんが着いている方が異常な事なんですけど……
「…星光草星光草はっと…ありました!」
樹の根本の暗がりで、ほんのりキラキラと光を放っている鈴蘭のような花を見付けて、そこには妖精達が休憩をしていた。
「ねぇ、一本分けてもらえませんか?」
『エルフのお嬢ちゃんは、アタイ達が見えるの?』
青い透き通るような髪を持った可愛らしい妖精さんが、ふわふわと飛んで、私の肩にちょこんと座る。
「見えますよ。みんな集まっていたので、勝手に抜いては悪いかと思って…」
それを聞いた妖精は何やら思案顔になり、ゆっくりと浮遊して私の頬をペチペチと軽いた。
『お嬢ちゃんは冒険者で、星光草を集めていると見た。あってるでしょ』
「え、えぇ。確かにその通りですよ」
ニヤリとドヤ顔をして、名推理をした後の探偵になった気分なのか、まるで瞳子さんのようにぶつぶつ言っている。
あぁ、私も早く瞳子さんに合流したいなぁ。
まだ王都にいますよね?
『それでね、悪いんだけどこの星光草はあげれないんだ』
「そう…ですか。では他をあたりますね」
そこにいる妖精さんに断られているのに、引き抜くような事は出来ません。
あの、青い変態さんならやりそうですけど。
『ちょいまち、お嬢ちゃん。ここのはダメだけど、あっちに群生してるから案内するさ』
「良いんですか?」
『うん、アタイ達は困らないし、森はそこに来る生き物に等しく恵みを与える事が義務付けられてるからね』
「そうなんですか。ありがとうございます」
小さな妖精さんに頭を下げて感謝の意を示すと、恥ずかしそうに妖精さんが笑った。
『初めて妖精族や精霊族以外の種族からお礼を言われたよ。ほら、アタイ達は普通見えない存在だからさ』
「お礼くらい、何度でもしますよ?」
『本当に、お嬢ちゃんは変わっているね。良い意味だけど』
まぁ、私の場合は瞳子さんのせいで、滅多に驚かなくなってしまいましたからね。
それこそ、精霊族のピクシーであるミルクさんをほぼ毎日見ていましたし。
「……色々あったんですよ」
『ふ~ん、まあ事情があるのは分かったよ。群生地はこっちだよ着いてきて』
青い髪の妖精さんの後ろを着いて行き、森の中を進んでズンズン行く。
樹の枝葉の隙間から降りる暖かな陽光を浴びながら、それが照らし出す美しい生命溢れる森の、澄んだ力強いマナ(魔力の事)を身体が勝手に吸収していく。
すると、身体の中心で何時も渦巻いては私に力を貸してくれる瞳子さんのマナと結び付き、さらに大きくなってしまった。
どうして私の中に瞳子さんのマナが有るかと言いますと、私の身体の特性が関係あるようです。
先程のように、私の身体は空気中に漂う一定濃度以上のマナを吸収する傾向があるようで、以前瞳子さんがおかしくなった時に解放されたマナを吸ったみたいなのです。
と言うよりも、気が付いたらあったと言った方が過言ではないですね。
その瞳子さんのマナは、どうやら瞳子さんと直接繋がっているようで、私のオド(体内にある魔力)が減ると補充してくれるのです。
しかも一向に減る様子がありません。
「どこに居ても、私の傍に居てくれる……瞳子さんらしいって言ったらその通りかもしれませんね」
『ん?どうしたんだい?お嬢ちゃん』
「ふふっ、何でも無いです」
『ふ~ん。ほら、もう着くよ』
妖精さんが指差した先には、木々が開けた土地があり、お花畑のように沢山の【星光草】が咲き乱れていた。
空中には森よりも沢山の妖精と精霊が飛び回っており、様々な属性の色が点滅している。
中には、仲が良くない筈の炎属性の精霊と水属性の精霊が仲つつまじく遊んでいて、驚かされる。
「これは……」
『ここは、普通のニンゲン達には入れないんだ。幻惑の魔法が掛かってて、アタイ達が許可しない限り入れない楽園…オルフェノイアさ』
「オルフェ…ノイア」
『星光草は強いマナを放つ。アタイ達や森はそのマナを糧に生きているんだ』
「それで星光草の周りに集まって居たわけですね」
『正にその通り!ニンゲンにはアタイ達の姿が見えないから、星光草を見付け次第片っ端から抜いて行ってしまう。だから、この楽園が創られた』
「貴女達だけで創ったのですか?」
『いいや、アタイ達を【視る】事が出来る種族…ハイエルフが手伝ってくれたんだ』
「……ハイエルフ」
全てのエルフを統べる、エルフの上位種族。
俗にエルフの王族とも言われている。
その数は圧倒的に少なく、神木の上に暮らしていて滅多に人前には姿を現さないらしい。
『そして、お嬢ちゃんからは、そのハイエルフと近い香りがするのさ。不思議だろう?』
「…私が?」
『この楽園が出来てから、ニンゲン達の時間で約650年の月日が経っているのさ。お嬢ちゃんにはハイエルフの紋章が入って無いけど、お嬢ちゃんからはハイエルフの香りがする。一体お嬢ちゃんは何者なんだろうね』
「誰って、私は冒険者のリーラですけど」
『リーラってのは、本当に君の名前なのかい?』
「本当も何も、私の名前はリーラですよ。冒険者で、瞳子さんが好きで、家族は居ないけど毎日楽しくて」
『へぇ、何だか良く分からないけど、お嬢ちゃんに興味がわいたよ』
「そうですか…それで、ここから五本採って行って良いんですか?」
『良いよ。ここの星光草は特別だからね…採るときは根っ子の周りの土ごとにした方が良いかも』
言われた通りに、ナイフで星光草の周りの土ごとほじくり返し、採取用の袋にそっと入れる。
口を紐で縛って出来上がりだ。
これで、後はギルドの受付に持って行けば依頼達成で、報酬が貰える。
「ありがとうございます。一先ず、これで何とか達成出来そうです」
『なに、大した事はしていないさぁ。ところでお嬢ちゃん、冒険者って事は旅をしたりするの?』
「えぇ、そろそろ王国に戻って、大切な仲間に合流しようかと思っています」
『ふむふむ、例えばお嬢ちゃんの身体の中で渦巻いているマナの持ち主の所とか?』
そう言って、片眉を吊り上げて難しい顔をした妖精さんが、私の胸の中心を指差して言った。
つまり、この妖精は【視えている】訳だ。
「貴女こそ…一体何者なんですか?」
『あたしかい?あたしはしがない一人の妖精さんだよ』
ンフーっと笑った彼女は、また私の頭の周りをくるくる回り、ポンポンと頭を叩かれた。
『まぁ、あまり堅い事を気にしてもしょうがないだろう?ほら、早く街へ行こうか』
そう言って、彼女は私の頭の上に座り込み、前髪の束を二つに分けて手綱のように握った。
「何をしているんですか?」
『何って、そりゃ一緒に行くんだよチミ』
「行くって何処に?」
『街に』
「……正気ですか?」
『もちろん!これはまたとないチャンスなのさ!一般人にはあたしの姿は見えないからね。もうこんな花と同族しかいない所は飽きたんだ!』
「はぁ…ダメと言っても、駄々を捏ねて無理矢理にでも着いて来るつもりなのでしょう?」
『そりゃそうさ。そうそう、挨拶が遅れたね。アタシはアニって言うんだ』
ヌフフと不敵に笑う彼女に、私は何故か瞳子さんを垣間見たのでした。
『ほぁー、ほぃー、ほぅーほぇー、ほぉー』
「さっきからそれしか言ってませんけど、そんなに珍しいですか?」
仕方無く、彼女を乗せたまま森から出てギルドを目指して歩いていると、帝国の城壁や行き交う馬車や人、街並みを見ては感嘆の声を上げている。
最初はあ行から始まって、今は、は行の最後が終わった所だ。
「もう着きますからね」
『ん?どれがギルドの建物なのかい?』
「あの大きい石造りの建物です」
帝都の中央通りのど真ん中に鎮座している、威圧感を放出する建物を指差して教えて上げました。
はぁ、大人しかったミルクさんが懐かしい。
『ふぅん。中々に厳ついんだねぇ』
あれ?大して驚きませんね。さっきまで興味深々だったので、更に驚くかと思ったのですが…反応薄くありませんか?
入り口の両脇に立っている強面の門衛さん二人に挨拶してからギルドに入り、外より少し暗い室内に眼を慣らす為に二、三回瞬きを繰り返す。
数人が入ってきた私を見て挨拶をしてくれたので、こちらも返してカウンターに向かう。
「お帰りなさいリーラさん」
「ただいまです」
にこやかに挨拶をしてくれたのは、受付嬢のレイフィーさん。
この帝都ギルドの看板娘のような立ち位置なのですが、実は二児の母で、お子さんは殿下と呼ばれています。
何を隠そう、レイフィーさんは皇帝陛下の三人目の側室さんなのです。
誰にも言っては“メッ”ですからね?
「これが星光草五本です」
「はい、鑑定しますから少し待っていて下さいね」
星光草の入った袋を開けて、中身を取り出し【鑑定】が添付されている眼鏡を使って鑑定をし始めた。
「やっぱりリーラさんは綺麗な仕事をします。とても新鮮ですから、きっと薬屋さんも喜びますよ。最近は『こんなもんでいっか』って適当に毟ってくる人が多くて………あれ?」
「そうなんですかぁ。……って、どうかしましたか?」
レイフィーさんが、急に首を傾げては星光草を持ち上げてみたり逆さにひっくり返してみたりし始めた。
それから、やはり眼を凝らしながらくるくると星光草を色々な角度から眺めだす。
「いやぁ……何処から見ても【星光草】なんですが、何故か表記が【星光霊月草】になってるんですよ」
ちらりと肩に移ったアニを見ると、こっちを見ながらニヤニヤしている。
『精霊と妖精の加護を多く受けた草だからね。星光草自体の魂の霊格が上がってるんだよ』
「ランクが高いって事ですか?」
『つまり、早い話がそう言うこと』
「成る程」
「何か言いました?」
「い、いえ、何でもないです!」
「そうですかぁ。あ、これなんですけど、私の知識だけじゃあ判断しかねるので、ギルド長を呼んで来ますね」
「……分かりました」
レイフィーさんは袋を持ったまま奥へと消えて行った。
……何だか話が悪い方向へ向かって全力疾走しているように思っているのは私だけでしょうか?
「ただ事では無さそうな雰囲気ですけど、説明ってして貰えるんですよね」
『うーん、おかしいなぁ。600年前はそこら辺に星光霊月草なんて腐る程生えてたから、そんなに珍しい物でも無い筈なんだけど…』
「600年前って!そんな前の情報なんて価値なんてありませんよ!!」
思わず大きい声を上げてしまい、周りの視線を集めてしまいました……これも全て妖精のせいです。
曖昧に笑って、「なんでもないです~」と言っておいた。
視線が一斉に外れたあとに、肩の上で口笛を吹いて明後日の方向を向いているアニを睨む。
「リーラさ~ん!ギルド長がって…きゃっ」
奥から女の子走りして出てきたレイフィーさんを押し退けて、男爵髭の初老を少し過ぎたくらいの叔父様がこちらに走ってきた。
そのまま滑り込むようにしてカウンターの前に着き、グイッと顔をこちらに寄せて、小さな声で尋ねてきました。
「君、この草をどこで見付けたのかね?」
さすがに、妖精さん達の楽園でなんて言ったら、変な人認定されてしまうので、すこしはぐらかして言います。
「…えっと、一番近い森の入り口から少し行った所です」
嘘は言ってません。
『嘘では無いね。辿り着けるかは別として…ぷぷぷ』
彼女は悪い顔をして、気味の悪い笑い方をします。
うーん、連れてきたのは間違いだったかも知れません。
「あの、これがどうかしたんですか?」
「早速捜索隊を……ん?あぁ、これは全ての病を治すと言われている【万能薬】の製造に欠かせない素材なのだが、今から二百年程前に姿を消したんだ。…まあ、元から凄く貴重で個体数の少ない物だったのだがね」
「そうだったんですか…」
「実は、つい一ヶ月程前からさる帝族の方が大病を患ったとかで、様々な冒険者ギルドに捜索願いと多額の褒賞金が出ているんだ」
「……は、はぁ」
「二百年も前に姿を消した植物が今更出てくる訳がないと思っていたが、いやはや、まさか五本も出てくるとはな!まったく、これだから人生とは面白い」
「五本もあったらどのくらい出来るのですか?」
「そうだな。大体三十本程の【万能薬】が出来るな」
三十本……とてつもなく嫌な予感しかしません…
脳裏に、王族や貴族が大群を為して、帝都ギルドに詰め寄る風景が容易に浮かび、ブルリの身体が震えた。
「さて、こうしてはおれん!早速皇帝陛下にお伝えしなくては!レイフィー君、褒賞金を渡して上げなさい」
「は、はいギルド長!」
そう言うと、ギルド長さんは草原を疾駆する【シャドウウルフ】の如く奥に引っ込んだのですが、直ぐに戻って来ました。
「伝え忘れておった。多分、帝族の方々のパーティーか何かに呼ばれる筈だから、気を付けなさい。ではさらばた!」
そう言い残すと、今度こそ高笑いを残して後ろに引っ込んでしまう。
扉に消える前に「これで私も昇格間違い無しだ!」と言っていたのは、聞かなかった方が良いですよね。
「……レイフィーさん、説明を求めます」
「か、顔が近いですよ!教えます、教えますから!絶対に他言無用ですからね?実は…正妃様の第一子殿下、つまり皇太子殿下が何者かに毒物を盛られて、生死の境をさ迷っておいでなのですよ」
「あちゃー、さっきから悪い予感しかしてなくて」
「あのお方なら、間違いなくリーラさんの所に行きますね。私からも言って宥めますけど、期待しないで下さいね?」
「うわぁ……瞳子さんに合流出来なくなるぅ」
どうしましょう…絶対に捕まりますよ、もうかれこれ一ヶ月も帝都に居るのに、これ以上ここに居たら瞳子さんがどっかに移動しちゃうかもしれないのに……
「あ、褒賞金は金貨三千枚なので、銀行預かりにしますね?」
「………はい」
銀行預かりとはギルドが行っているサービスで、持ち運べない額のお金を預けておけば、どこの支部からでも冒険者証を提示する事で引き出せるのです。
「ちょ、ちょっと待って下さい。いま金貨三千枚って言いました?」
レイフィーさんがさらりと言った額を思わず聞き返してしまいました。
だって額の桁が違うような気がしたからですよ?
「言いましたよ?あと、【万能薬】が一本売れるごとと、謝礼金が有った際には自動的に銀行へ振り込まれるので、気を強く持って下さい」
「もう既に倒れそうです」
「一回宿で休んだ方が良いかも知れませんよ?顔色も悪いですし」
「そうさせて貰います……」
たった五本で金貨三千枚なんて、なんて冒涜的何でしょうか。この数週間頑張って路銀を稼いでいた私って…
あっ、薬屋さんのクエストは成功扱いになるんでしょうか。
『一気にお金持ちになったね』
そう言ったアニの声が、虚しく耳に響くのでした。
「お、リーラじゃないかさ。おかえんなさい!…どうしたのさ、アンデッドプギーの肉でも食べたような顔して」
それは瞳子さんです。
私が間違えて食べさせてしまったのですが…あぁ、早く瞳子さんに会いたいです。
「いえ…ちょっと有りまして」
何時も帝都に立ち寄った時にお世話になっている宿屋、【赤林檎亭】になんとか辿り着き、開いている扉から中に入ると燃え盛る炎のように真っ赤な髪を腰まで伸ばし、とても健康的な日焼けをしていて線のほっそりとした女性が迎えてくれました。
「テレジアさん、何か飲み物を貰えませんか?」
「はいよ、今は暑いから冷えた果汁が旨いよ」
テレジアさんは木製のジョッキに並々と果汁を樽から注ぎ入れ、魔法でキンキンに冷やしてカウンターにドンと置いた。
ピチョッと冷えた果汁がカウンターの上に飛び散る。
それを何でも無いような顔で乱暴に拭い、ニヤリと笑う。
「これはアタイの奢りさ。気にせずグイッといきな」
「ありがとうございます」
言われた通りにグイッと果汁の入ったジョッキを煽り、少し酸味の強いさっぱりとした液体を飲み干す。
口に残るような甘さは無く、のど越しもとても爽やかで気分がかなり晴れた気がした。
「ぷはぁ、美味しいです」
「はっはっはっはっはっ!まったく、良い飲みっぷりだよ!」
豪快に笑ったあとに、私の頬っぺたに飛んだ果汁を手拭いで拭ってくれました。
一体、この線の細い身体のどこから声を出しているのでしょうか…さっき天井から埃が…
と言うか、それさっきカウンターを拭った布ですよテレジアさん!
「で?どうして落ち込んでなんかいたのさ。言ってみな、少しは晴れるかもしれないよ」
「……はい。実は…」
閑話休題
「成る程、そう言う訳かい。確かに帝族は厄介だねぇ…あのバカ皇子の事さ、絶対に出る前に捕まるよ」
「ば、バカですか。この国の皇太子さんがどんな人か知らないですけど、女好きなんですね」
「そうさね。ま、関わるだけ不幸になるってもんさ。アンタがこの宿にいる間だけは何が何でも守ってやるよ」
「…ありがとうございます」
素直に頭を下げるとまた豪華に笑いながら、私の頭をゴシゴシと撫でてくれました。
頭の上にしがみついていたアニは、慌てて飛び退いていたのは、いい気味です。
極悪非道な悪人に毒を盛られて生死をさ迷うこと約一月余り、あぁ!なんて可哀想な余…だが、麗しの姫君が余の為に野山を駆け巡り、草を掻き分け、森林を伐採してまで【万能薬】の材料を探し出してくれたと言う…これ程余に似合う女性が居たことか!いざ行かん、貴女の元へ!!」
「殿下、馬車の中で暴れあそばせると危険故、お座り下さい。妄想もダダ漏れに御座います」
「お、おぉ。そうであるな!このような所で怪我をしてしまえば、麗しの姫君にあわせる顔が無いと言うもの…そう!この太陽の様に輝き月の様に美しく不死鳥の様に軽やかに復活を果たした余のようにっ!はぁ…はぁ…はぁ…息が切れた」
「水に御座います」
「うむ、善きに計らえ」
薄暗い馬車の中で、本当に輝く豊かで波打った金髪を腰まで伸ばし、まるで古代ローマの彫刻のように整った顔立ちで、勲章やらモールが付いた豪華な軍服を着用している美青年が、白髪を肩の後ろで結わえた執事に水の入ったコップを手渡されて中身を燕下する。
豪華な軍服の上から、躍動する筋肉の動きが分かる事から、美青年が身体を鍛えているのと、軍服が彼にとって窮屈なのが見てとれる。
そんな美青年の彼を、帝国の国民達は親しみを籠めて“パッツン殿下”と呼んだ。
ちなみに彼の本名はフューゲル・ザイツノーゲ・セルナンド・(長過ぎるので割愛)・フォイエンツルーゲと言い、栄光あるフォイエンツルーゲ帝家の長男坊もとい正室第一子だ。つまり次期皇帝陛下。御歳21歳のプータローで、職業は皇太子。
執事の名前はエッフェル・フォン・シュヴァルツアルト。今年で満58歳、一人息子は城で第三子の従者をしている。
ファサッと豊かな金髪を掻き上げ、何故か発光する背景をバックに誰も見ていないのにも関わらずキラリと白い歯を覗かせて笑う。
そのままパッツン殿下は、自分に酔いしれているのか分からないが、急に下手な歌を口ずさみ始め、エッフェルは気付かれないように耳栓を捩じ込んだ。
御者は毎度の事だと我慢して背後から聴こえてくる歌は、素面ではとても恥ずかしくて言えないような内容の歌詞で、自殺したくなる衝動と戦いながら右から左へと受け流し、いっそ民家にでも突っ込んだら楽になるのではないかと言う考えが脳裏にちらつく。だが、視界に目的地が見えた瞬間に、そのような心中願望は吹き飛び、一秒でも早くこの生き地獄から解放される為に、御者は必死に御者台から馬に鞭を入れるのであった。
あくまでも皇帝一族が使う特別仕様で、そんじょそこらに走っているような馬車とは違い、あらゆる障害から搭乗者を防護するように幾重にも魔法が重ね掛けされており、現代のサスペンションまでとは言わないが、それでも原型に当たる物を使っているのでかなり振動が軽減される筈なのだが、どういう訳か馬車の中は滅茶苦茶に揺れまくり人間が浮く程までに振動している。
その馬車の中で、美しく顔を必死の表情を貼り付けて、パッツン殿下がエッフェルと手すりにしがみつき、こんな状況でも能面のように顔色を変えずに吊革に掴まりつつパッツン殿下を引き剥がそうとする。
まぁ、引き剥がされまいとするパッツン殿下と引き剥がそうとするエッフェルの熾烈な戦いが繰り広げられるのだが、それは別のお話である。
「殿下!到着しました!」
御者が一軒の宿屋の前で急停車したお陰で、パッツン殿下は顔面から馬車の壁に激突しそうになるが、そこは執事、エッフェルが素早く首根っこを掴んで引き戻した。
「殿下、このようにみすぼらしい宿屋に本当に泊まっていらしているのですか?」
胡散臭げに窓の外に鎮座する、普通の大きさの決してみすぼらしい事などない宿屋を見やる。
「間違いない!諜報部に直々に依頼して調べて貰ったのだからな!」
自分で調べた訳でも無いのに、その自信は一体どこから飛来してくるのか不明だが、本人はお構い無しに胸を張っている。実はこんなのでも、意外に城の人間には好かれて居たりする。この世の中は実に理不尽だ。
「殿下、そのような事に諜報部を動かされるのはお控え下さいませ」
「それは無理であるな!」
「はぁ……ところで殿下、この宿屋の名前はなんと申すのですか?」
「うむ、余の記憶が正しければ、確か【赤林檎亭】だった筈である」
その時、その名前を聞いたエッフェルが固まり、顔面を蒼白にして冷や汗を掻き始めた。
アレだけの振動を物ともしなかったエッフェルがだ。
明らかに異常事態である。
「で、殿下。差し出がましいとは存じておりますが、ここは少しばかり不味う御座います」
「何故だ?どう見ても唯の宿ではないか。何を怖がる事があるか」
「宿ではなく問題はその主と宿泊客が問題なので……」
「ゴラァ!!さっきから何時までアタイの宿屋の前にデカイ馬車置いてるんだい!!」
「……遅う御座いました」
宿屋から馬が暴れそうに成る程の怒声を轟かせながら出てきたのは、我等が女将テレジアさんだ。
何故か振り上げた手にはすっぽりお玉が握られており、可愛い花柄のエプロンも装備されていた。
「おぉ!美しい御令嬢!貴女がリーラ様ですか?」
電光石火の如く馬車から飛び出して空中で一回転を決めたパッツン殿下は、着地ど同時にテレジアの空いている方の手を取った。
「馬鹿な事を言ってるんじゃないよ!!商売の邪魔だよ!客じゃ無いならさっさと退いてくれな!」
パッツン殿下がその手に口付けを落とそうとする前に手を引っこ抜き、代わりにお玉をパッツン殿下の脳天に振り下ろす。
パコンと軽い音がして、目を白黒させているパッツン殿下を残して踵を返すが、パッツン殿下は再び閃光の様な素早さを発揮し、テレジアの腰にしがみつく。
「余は客です!泊まります!お泊まりです!」
「こら!どこに手を回しているんだいアンタは!!言うことを聞かない客ならお断りだよ!!」
「余はご婦人の言うことならきちんと聞きます」
背筋を真っ直ぐに伸ばして路上に正座する様は、何故か煌めいて見えるが物凄く情けなかった。
リーラを探しているパッツンなのは確実なので、守ると言った手前どうしようか考えていたら、テレジアにとって早く出ていって貰いたい宿泊客の声が聞こえてきた。
「あぁん?なんだこの野郎。宿の前にこんなバカみてーな馬車置いてんじゃねーぞバカ野郎。ブッ飛ばすぞこの野郎」
両手に食材が入った袋を山のように抱え、一般人が着る麻のシャツと短パンを履き、黒髪黒目のいかにもヤル気が無さそうな青年が、コメカミをピクピクさせながら馬にガン付けしている。端から見れば、単なる変人である。
「丁度良い時に帰ってきたね。アンタちょっと、このお客さん達を丁重にお帰り頂くよう言っておいてちょうだいな」
「テレジアがそう言うなら仕方ねぇなこの野郎。おいそこの金髪」
両手が塞がっている青年は、ビシッと右足でパッツン殿下を足差す。
急に自分に話を振られたパッツン殿下は、キョトンと自分を指差して左右を見回した。
「おめぇだよバカ野郎」
「余はバカ野郎と言う名前ではなく……」
「あぁん?んなこたぁ百も承知なんだよバカ野郎」
「だからバカ野郎ではなく」
「良いからよく聞けよこの野郎。これ以上テレジアと俺の愛の巣に近寄んじゃねーぞ」
大気が霞んで見えなくなる程の勢いで振り向いたテレジアから投擲された仕込みナイフをヒョイッと避け、何事も無かったかのようにグイッとパッツン殿下に顔を近付ける。
「返事は?」
「こ、こここ…断ると言ったら?」
「一生ベッドから起き上がれなくなるな」
ヒイッと青年から距離を取ったパッツン殿下と入れ替わって、エッフェルが前に立ち塞がって言った。
「感心しませぬなぁ。教国の勇者殿……一介の駒犬ふぜいが帝国の皇太子殿下を脅すとなれば、国際問題に発展しますが」
「俺は教国のクソ爺共の駒になったつもりはねぇーぞアホ野郎。大体、ここには俺の意思でいるからな」
遠巻きにそれを眺めていたテレジアは内心ガッツポーズを決め、両者共に自滅してくれる事を祈っていたが、神は舞い降りては来なかった。
「成る程、されば勇者殿はなんのしがらみもなく、一個人の意思でここに居られると」
「さっきからそう言ってるんじゃこの野郎。第一、出ていけっててんなら、実力を持ってやってみろだなこの野郎」
エッフェルに勇者と言われた黒髪黒目の青年は、それだけ言うと荷物をエッフェルに押し付けて、地面にへたり込んでいるパッツン殿下の襟首を掴み上げて馬車の客室に放り込んだ。
それからエッフェルに押し付けた荷物を引き取って、一回宿屋に引っ込んだと思ったら、再び出てきて恭しくお辞儀をする。
「どうぞ、さっさとお引き取りやがりませ」
「…分かりました。この度は勇者殿ではなくテレジア様の御顔に免じて下がりましょう。テレジア様、皇帝陛下が御会いになりたがっておいででした。どうぞお暇な時に御越し下さいますよう」
「あのバカ…気が向いたらと言っておいておくれ」
「かしこまりました」




