士官学校(1)
今回から、次回の中盤まで視点は瞳子さんではなく、一人の士官候補生です。
何時もと勝手が違うので、読んでいて違和感を感じられるかもしれませんが、どうかご容赦下さい。
なお、今回もネカフェからの投稿なので、クイズはありません。
今日は朝からクラスが涌いていた。
昨日の授業が終わったあと、突然王宮から新任教官着任を伝える使者が来て、それを盗み聞きしていた生徒(誰とは言わないが)から、爆発的に噂が伝わった。
ただでさえ、常に面白い出来事に餓えている士官候補生達なのだ、無理は無いだろう。
かく言う俺も、件の教官が早く来ないかウズウズしているのだから。
聞くところによると、新任の教官は女のようだ。
しかもピチピチの22歳だとか…俺にも機会はあるだろうか?
予鈴が鳴る。
あと数分したら、内の堅物担任のグリングが入ってくる事だろう。
新任教官の受け持つ授業は、魔法実技演習と戦略演習、そして数術と戦闘実技演習だ。
それに神聖文字も老師達よりも達者だと噂されていた。
一体どんな容姿をしているんだろうか。
ヒョロヒョロ眼鏡の研究者風?それとも歴戦の冒険者のように傷だらけの引き締まった体?
願うならば第一に美人である事だが、俺が願うのは強くて今までの教官が教えられないような事を教えてくれる教官だ。
この国の士官学校は、大陸随一の魔法特化の学校なのだ、その学校で魔法理論と魔法実技演習を教えるのだから、相当使えるに違いない。
だが、戦技と魔技と戦略の教鞭を取れるなんて聞いた事がないので、中途半端と言う線も考えられる。
ただただ、そうで無いことを祈るばかりだ。
今日の一時限目はさっそく魔技なので、新任教官を拝める。
横開きのドアを開けて、グリングが入ってきた。
ガッシリして筋肉が盛り上がっている身体に厳つい顔、最近白髪が混じり始めた角刈りの頭。
歴戦の猛者然としているグリングは、何故か今日は動きがぎこちない。
何時もなら進路上に人が居ても堂々と押し退けて歩くようなヤツなのに、明らかにおかしい。
「もう既に、どこぞの馬鹿野郎が大使殿と校長先生の会話を盗み聞きして知っていると思うが、今日は臨時教官として、黒森女史が、一時限目に貴様等のへっぽこ魔法を見てくださる。有り難く思えよ!」
グリングは、盗み聞きのところで俺の隣に座って口笛を吹いているバカを睨み付けた。
このバカは俺の悪友で、名前はジョン=マクカーレン。
何時も証拠が無いから、グリングはジョンをとっちめる事が出来ない。
どうせ今回もそうだろう。
しかし、黒森女史か…
下の名前は何と言うのだろう。
「よし、貴様等。さっさと着替えて第二実習場に集合しろ!」
そう言って、グリングは教室を出ていってしまった。
早速、隣のバカと後ろのアホが話かけてきた。
「おい、お前どう思うよ…」
「どう思うって何だよ」
「決まってるだろ!クロちゃんの事だよ」
「クロちゃんって誰だよ……」
「そりゃ黒森女史殿だよ」
「ねぇねぇ、ロッ君!」
「何だよ」
後ろから話しかけてきたアホの名前は、ジルコニア=フォン=ゴーエンバッハ。
何時もニコニコを絶さない茶髪ポニーテールの幼馴染みだ。
ちなみにアホの子でもある。
名前から貴族様と言うことは分かるが、正直言って彼女の親父さんはバリバリの庶民派貴族で、子爵なのに全然偉そうにしない。
今日も奥さんのミランさんに買い物頼まれて、市場を駆け擦り回っているだろう。
まぁ……実際ジルの事は少なからず想ってはいるが、俺みたいな貧乏学生とは釣り合わないだろう…
「やっぱり、クロちゃんってこわいのかなぁ~」
「さぁてな…それは分からないが、あ「胸が凄いでかいらしい!」なんだとっ!!」
「ぶぅー!ロッ君、私と言う美少女が目の前に居るのに、男ってどうしておっぱいが大きい人が好きかなぁ。私もおっきいぞ!ほれほれ」
そう言いながら、両手で寄せて持ち上げるが……残念だ。
「「どこが?どこにあるの?」」
「そんな嘘を吐く悪い口はこれかぁ?これなのかぁ?」
「いふぁい!ひほいお、ほぉっくふ!」
ジルの両頬を摘まんで横に引っ張る。
これがまた良く伸びること伸びること。
痕にならない程度に引っ張ったら、手を放して撫でてやる。
「またそうやって誤魔化そうとするぅ……ずるいよ」
何が狡いのか分からないが適当にしたら手を本当に放した。
あっ、と切なそうな顔をして未練がましい視線を俺の両手に向けてくる。
彼女と同じく、ジルの温もりを名残惜しく感じる自分がそこにいた。
胸の内がズキリと痛む。
「よっしゃ!早く着替えて行こうぜ」
「そうだな。ご尊胸を拝みに行かなくちゃな」
「男の子って…」
早速第二実習場に移動して、黒森女史の姿を探す。
ちらほらと先走り野郎共の顔が見えるだけで、まだ見ぬ黒森女史のご尊胸…もといご尊顔を拝むどころか、グリングもまだ来ていなかった。
「まだ来ていないみたいだな」
「あらら、まぁ直に来るだろ。来るまで魔法の練習でもしようぜ。前回グリングの野郎が、ろくな単位くれなくてヤバいんだ」
「それはジョンが悪いんじゃない?」
「あ、いや、まぁ……だな」
正論なので言い返せなくなったジョンは、居心地が悪くなったのか、クルリと後ろに向いてその先にあった的に魔法を放った。
紅蓮の炎が槍を形作り、高速で的に飛翔して、根元から吹き飛ばした。
ジョンが最も苦手とする炎属性魔法の【ファイヤーランス】だ。
苦手と言いながらもこの威力である。
さすがは最高学年と言ったところだろう。
次はジルが的に向けて高圧縮した空気の塊をぶつけた。
的はそれこそ木っ端微塵に砕け散ってしまった。
ジョンが口笛を吹く。
確かに、素晴らしい威力だ。
今の魔法は風属性魔法【エアハンマー】なのだが、本来はあそこまでの威力は無い。
せいぜい強めの当て身を受けて、数メトル吹き飛ぶくらいだ。
ジルは自分なりに研究して、空気の圧力を変えると威力も変わる事を発見し、それで威力の底上げをしている。
そして俺の番が回ってきた。
ちなみにこれは、自分が一番苦手な魔法を練習しているのだ。
俺の得意魔法は炎属性。
苦手なのは対に値する水属性魔法。
何故か氷属性魔法は苦手ではない。
俺もジルに習って【ウォーターボール】を凝縮させていく。
自分の体から魔力が抜けて、目の前の頭大の【ウォーターボール】に吸われて行くのが分かった。
ちょうど良いと思ったところで、的に超圧縮した【ウォーターボール】を飛ばす。
フヨフヨと頼りなさげに飛んでいき、的に触れた瞬間、急激に膨張して一旦人間大まで膨れあがると、再び小さくなって炸裂した。
バゴン!と水にあるまじき炸裂音がして、両隣の的と地面を巻き込んで消滅させた。
これは自分で開発した魔法、名付けて【アクアマイン】。
使い方は至って簡単、そこら辺に漂わせておけば良いのだ。
何も知らずに接触した瞬間ドカン!相手は死ぬ。
「相変わらず、訳の分からねぇ魔法使うなぁ」
「自分で新しい魔法を創るんだよ。それに、威力を出すならお前も圧縮すればいいだろ」
あー、とジョンは苦笑いしながら頭の後ろを掻く。
「おれっち圧縮苦手なんだなぁ」
「……どんまい」
「ジョン可哀想」
「をい、なんでおれっちをそんな眼で見るんだよ」
そんな何時ものやり取りをしていると、向こうから集合の声が掛かった。
軽鎧を着たグリングと、見知らぬ女性二人が立っている。
そのどちらかが黒森女史だろう。
ジョンが両目を血走らせながら、向こうに全力疾走していった。
他の野郎共もしかり…
ふっ、なんておっぱいに餓えた野郎共だ。全力疾走でおっぱいに向かって行くなんて、はしたない奴等め。
まぁ、かく言う俺も全力疾走しているんだがな!!
「俺は……っ!」
「俺達は…っ!!」
「決して歩みを止めない!」
『そこにおっぱいが有る限り!!』
何故俺達が我先に全力疾走しているかと言うと、整列で一列目に並びたいからだ。
一クラス四十人で、横に四列に並ぶ。
一列に十人しか並べないのだ。
ならばよりおっぱいに近い高みへと昇るのが男と言うものだろう。
『おっぱい!!』
男子全員が魂の叫びを上げる。
全員が加速した気がした。
駄目だっ、このままでは負けてしまう!
口の端からヨダレを垂らしながら狂気の笑みを浮かべて走っているジョンに声をかける。
「このままでは負ける!!ジョン、ブーストを!!」
「まぁかせろぉぉ!!」
ジョンが俺の体を抱えて、水属性魔法で肉体強化をして、加速した。
景色が一瞬溶けたように見えて、次の瞬間には一列目の位置に立っていた。
「今日の昼飯は奢らせて貰おう」
「すまねぇな」
「「へっへっへっ」」
お互いに悪い笑みを浮かべると、背筋をしゃんと伸ばして整列する。
後ろでは、敗者の負け犬共が歯軋りしながらじたんだを踏み、呪いの言葉を吐いている。
最後列に並んでいる女子の男子をみる視線が、背中に突き刺さって痛い。
「よし、貴様ら揃ったな。これから黒森先生を紹介する。黒森先生、どうぞこちらに」
頭は動かさず、視線だけ動かして立っている二人の女性を見る。
一人は、長く寝癖が跳ねてボサボサの黒髪に丸眼鏡。肌は染み一つ無い白で、夜の帝王が着ていそうな黒いコートを着ている。
もう一人の女性は、黒いローブを纏っており、目元には仮面を着けていた。こちらの女性も髪は鴉羽のように艶やかな黒色で、跳ねてはいない。仮面の下から覗いている肌は汚れのない雪のような純白だ。
そして、巨乳はコートの女性だった。
この人が黒森女史…まったく魔力が感じられない?
魔法を使える生き物は、必ず体から魔力を放っているので、近くに居れば分かる筈なのだが……どうやらそれに気付いたのは俺だけのようだ。
黒森女史が一歩前に出る。
タユンともバインともプルンとも取れる、形容しがたくおっぱいは揺れた。
かつて士官学校に、これ程までに暴力的かつ破壊的なおっぱいが居ただろうか。
答えは否、存在しなかっただろう。
「私があん……黒森瞳子だ。今日は先ず君達の実力がどの程度か知りたい。前列から順番に苦手な魔法を一つ使ってみて欲しい」
苦手な魔法か…得意な魔法ではないのは、何か考えがあるに違いない。
周りは動揺しているようだが、俺にとっては好都合かも知れない。
ここで苦手な魔法でも威力が高い事を示す事が出来たら、覚え目出度いだろう。
「一番!ジョン=マクカーレン、苦手な魔法属性は炎です!」
「はい、じゃあまず【ファイヤーボール】を使ってみようか」
「【ファイヤーボール】ですか?」
「なにか問題でも?よもや苦手な魔法属性を扱えないとか言わないよね」
黒森女史の口調は、最初の命令口調から、柔らかくなっていた。
ジョンは、戸惑いながらも少しだけ圧縮された【ファイヤーボール】を放った。
円形の的が吹き飛ぶ。
まぁ、圧縮が苦手なジョンとして頑張った方であろう。
それを見た黒森女史は、眉を寄せながら何か呟いている。
「マクカーレン君、次からその状態のまま、もっと使用する魔力を増やしてみよう」
「は、はい!」
直接アドバイスを貰ったジョンは嬉しそうだが、視線がおっぱいの方に向いてしまっているのが残念だ。
次は俺の番だが、さっきジョンが貰ったアドバイスを有効活用させてもらう。
「二番!ロキニウス!苦手な魔法属性は水属性です!」
「ロキニウス君ね…名字は?」
「……ありません」
「…そっか、なんかごめんね」
「いえ!問題ありません!」
「じゃあ、早速【ウォーターボール】を使ってみようか」
「はい!」
何時もの通りに圧縮を行い、限界まで圧縮する。
そこで、アドバイスの通りに魔法自体に流す魔力量を倍にして、的に放つ。
何時もならフヨフヨと飛んでいく筈の【ウォーターボール】もとい【アクアマイン】だが、どう言った訳かジョンの【ファイヤーランス】と同じくらいの速度で飛翔し、的に接触した瞬間に通常の三倍程の大きさに膨れ上がり、そのまま炸裂した。
そして、普段ならそのまま消滅するはずの【アクアマイン】だが、今回は水蒸気を撒き散らして、辺りを包み込んだ。
霧のようになって、視界が悪い。
「素晴らしいねロキニウス君。本当にこれ苦手属性?じゃあここにアレンジを加えましょう」