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10分かかるか否かでたどり着いたのは市街地から外れた、陽朱国の国民層の中でも低い位置の者が多く住む区画の、ある長屋の一戸だった。
立てつけの悪い戸を開けて「帰ったぞ」とまず紅桓が、続いて彪榮とリテンダが入ると
「にぃ~」
という声と共に小さな子供が彪榮の足元に抱きついてくる。どうやら女の子のようだ。
愛らしい笑顔を彪榮に向け、彪榮が抱きかかえてやると嬉しそうに声をあげた。
「彪榮にぃ」
今度はさらに別の声が聞こえて、先ほどの少女よりも3つ、4つ上と見える少女も彪榮のもとにやってくる。その目鼻立ちから2人が姉妹であることは察しがついた。
彪榮が頭をなでてやると、その少女も嬉しそうに目を細める。
「ねぇ、にぃ」
彪榮の腕に抱かれた子どもがリテンダを指さしてくる。
「このおねぇちゃんは?」
きょとんとした目で見つめられてリテンダは何と答えてよいか分からず、助けを求めるように彪榮を見たが、彪榮も同じように思っていたらしく苦笑いを浮かべた。
「お友達?」
彪榮の影からリテンダを見ていた少女も尋ねる。
リテンダと彪榮が返答に困っていると、長屋の奥で先ほどからいそいそと何か作業をしていた紅桓が声をあげた。
「おい、何やってんだ。飯が冷めるだろ」
どうやら夕食の支度をしていたらしい。その声に姉妹が「はぁい」と返事をし、彪榮が抱えていた方を下してやると2人とも紅桓のもとへとかけていく。
彪榮がその後についていくのに従って、リテンダも紅桓と少女たちのもとへ足を運んだ。
「お、今日は豪華だな」
3人の手元をのぞいて彪榮が言った。
3人がそれぞれ椀を手にして食べているのは野菜の煮物のようだった。少し大きめに切られた野菜がごろごろと入っている。それから小さな握り飯が3つ、皿に乗って置かれていた。
「倉庫の荷物整理を手伝ったら、店のおやじが報酬をはずんでくれたんだ。だからいつもより多めに買えた。ほら、あれ」
紅桓が食事をする手を止めて指差したそこには煮物が入った鍋と、その近くにまだ調理されていない野菜が転がっていた。
「これで3日はもつぜ」
得意気にする紅桓。彪榮はそんな紅桓の頭をわしゃわしゃと少し乱暴に撫でる。
「そうか。良くやったな」
「なんだよ、やめろよ。もうガキじゃないんだから」
紅桓鬱陶しそうに彪榮の手を払って食事を再開したが、その顔を見てリテンダはすぐに照れ隠しであることが分かり、なんだか微笑ましくなってクスリと小さく笑った。
3人が食事を終えるのを待ってから彪榮とリテンダは長屋を出た。
長屋にいた時間はそんなに長くなかったが、外に出るともう薄暗かった。
「悪かったな。付き合わせて」
「いいえ。私の方こそご迷惑じゃありませんでしたか」
「そんなことない。あいつら、客人が珍しいから緊張していたんだ」
彪榮の言葉に「そうですか」と返すと、しばらくの沈黙の後リテンダは「聞いてもいいですか」と控えめに声を発した。
「子どもたちの事か?」
彪榮がまさに聞きたいことを言い当て、リテンダがうなずく。
そして特に渋ることもなく彪榮は話し出した。
「あいつらはみんな訳ありで親がいなくて、俺が面倒みてるんだ」
「面倒を?」
「大したことをしているわけじゃない。あの長屋に住まわせて、時々食料を与えているだけだ」
リテンダは帰り際に彪榮が紅桓に米の入った袋を渡したのを思い出す。
「優しいんですね」
リテンダは率直な感想を言ったつもりだったが、以外にも彪榮は表情を曇らせる。
「優しい…ね。どうかな」
その笑みはどこか自嘲味を帯びている。
「あ…すみません…」
リテンダはとっさに謝罪の言葉を口にした。
「なんで謝る」
「気に障ることを言ったみたいで…」
あぁ、と彪榮は苦笑する。
「ちょっと思うところがあっただけだ。気にするな」
腑に落ちないままリテンダがそれ以上何も聞けずにいると「着いたぞ」という彪榮の声で、すぐ目の前が秋瑾宅であることに気づいた。
「この前に引き続きありがとうございました」
「いや、宿舎の方向だし大した労じゃない」
じゃあ、と足早に立ち去る彪榮の背をしばらく見つめてからリテンダは屋敷へと足を向けた。
リテンダと別れて宿舎へと向かっていた彪榮は、ふと立ち止まって空を見上げる。今宵の空は雲が厚いのか、どこかどんよりとしていて雨の予感を感じさせた。
そんな空に向かって息を吐くと、彪榮は視線を戻して再び歩き出した。
あんまり長くならなかった(笑)
そうそう、秋瑾の「きん」の字が「瑾」だったり「謹」だったりしますが、正しくは「瑾」です。
帰省先のPCだと変換で「瑾」が出なかったもんで……
次の更新は明後日かな~
29日から忙しくなるので更新は停滞すると思われます…orz




