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結局、秋謹が戻ってきたときに話を切り出すしかないという結論に至る。だがしばらくして扉を開けて入ってきたのは秋謹ではなく彼の部下だった。
「申し訳ありません。莫尚書は急ぎの用件で出なければならなくなりました。尚書より彪榮殿へ『この件については後日改めて』と言付けを預かっています」
彪榮の脱力感は半端なかった。
(断ろうと思っていたのに。先延ばしになったな…)
「分かりました。では今日はこれで失礼させていただきます」
仕方がないと割り切って彪榮は席を立つと、リテンダに向って両手を合わせて頭を垂れる。すると、リテンダもあわてて席を立って彪榮に向って同じようにした。
そして彪榮は応接室を後にしたのだった。
皇女との面会の後はそのまま帰って良いとの伯楽の言葉をこれまた人づてに聞かされているため、彪榮のその足は市街へと向っていた。
(意外だったな…)
あの皇女様はこの国の礼節についてもある程度分かっているようだ。どうやらこのあたり一体の国について勉強していたというのは本当らしい。
この国に関する知識や言語もそうだが、望んでもいない政略結婚をさせられるうえに、見たところ母国からの従者もなく異国の地に一人という状況にもかかわらず、その立ち振る舞いは堂々としたものだ。
まだ幼さが残るように見えても皇族というのは伊達じゃないな、と彪榮は感心した。
そうしてリテンダのことを考えていたからだろうか。雑踏の中から聞こえてきた声に彪榮は足を止めて振り返った。
「あ、あのっ…」
そこには人ごみを掻き分けてこちらに向ってくるリテンダがいた。
「リテンダ皇女!?」
彪榮が声を上げると、駆け寄ってきたリテンダが慌ててその口をふさいだ。
彪榮もそこでようやく「しまった」と気付く。リテンダが他国の皇女であることは口外禁止だ。
自分たちが周囲の注目を集めていることに気付くと、彪榮とリテンダは慌てて人目のないところへと移動した。
「すみません。思わず声を上げてしまって」
裏路地へ移動すると開口一番に彪榮は謝罪した。
「大丈夫です。周りの喧騒でハッキリとは聞こえていないはずです」
「気にしないでください」と彪榮を気遣うように微笑むリテンダに、彪榮は敬意の念を強くした。
「ところで、リテンダ皇女はなぜここに?」
彪榮が先ほどから尋ねようと思っていたことを口にする。
「それです!」
「は?」
尋ねた彪榮をリテンダは突然ビシリと指差した。
「その『皇女』というのは無しにしましょう。私の身分が周囲に知られてしまわないよう、今後は皇女と呼ばないでください」
突然の申し出ではあったが、なるほど、それは一理あるなと彪榮は納得する。
「分かりました。それではリテンダ様で良いですか」
そう尋ねると、リテンダはどうもしっくりこないといった様子で首をかしげて「うーん」とうなった。
気に入らないのだろうか。ではそれ以外に何と呼べば良いのだと彪榮が内心困り果てていると、リテンダはまたもや彪榮を指差して言った。
「やはり、敬語も無しにしましょう!」
「はぁっ!?」
さすがにこの発言には度肝を抜かれて声を上げてしまう。そして彪榮が「なぜ」と問う前にリテンダは説明し始める。
「確かに私は守られる立場とはいえ、同じ政府庁に勤める役人としてはあなたと対等です。むしろあなたの方が先輩にあたります。それに年齢的にも年上のあなたが年下の私に敬語を使うのは不自然です。ですからどうぞリテンダとお呼びください」
「さぁ、どうぞ」と言わんばかりの目を向けられて彪榮はたじろいだ。
「ちょっと待ってください、リテンダ様。いくらなんでもそれは…」
「リテンダ」
うっ…と彪榮は言葉につまる。
有無を言わさぬリテンダの押しに、彪榮はしばらくの逡巡の後に諦めて肩を落とした。
「…わかりました。リテンダ」
「敬語」
「……わかった」
もはやすっかり覇気が感じられなかったが、彪榮のその言葉を聞くとリテンダは満足そうに微笑んだ。
彪榮は一応20歳って設定です。
で、伯楽が25歳。
次かその次で登場人物が増えます。
やべ…名前全然考えてない…orz




