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3-7

1年以上経過(笑)

忙しいのです。

きっかけなど、もう覚えていなかった。

 妹を産んですぐ母を亡くし、男手ひとつで育ててくれた父も、生活に窮したのかある日を境に家に帰ってこなかった。

 野草や残飯で食いつなぎ、しかしそれももう限界だったある日のことだ。動く気力も起きず、人通りのある道の端に兄妹で小さくうずくまっていた。

 見にゆく人に物乞いをしたりしない。それが無駄だと気付いたのは路頭に迷ってすぐのことだ。憐れんだ素振りを見せるが自分の生活でいっぱいいっぱいで施しはしない者、「汚い」「邪魔だ」と罵る者、反応は様々だが、施しをくれたものは1人もいなかった。

 世界は自分たちにとってあまりにも冷たかったのだ。

 ぐったりとした妹の横で、このまま目を閉じてしまえば死ねるかもしれないと思った時だった。

「だいじょうぶ?」

 自分に向けられて発せられた言葉だと気付いたのは、もう一度同じ言葉が繰り返されてからだ。閉じかけていた眼を開けると、そこには自分とあまり歳の変わらない少女がいた。しかし、血色も着ているものも自分とは全く違う。親がいてちゃんと養ってもらっているのだというのが瞬時に見て取れる。

 問いかけに対して言葉を発することも体を動かすこともせずに、いや出来ずにいると、その少女は「待ってて、今父様を呼んでくるから」と走っていき、人混みの中に消えた。

 本当に親を連れてくるとは思えなかった。仮に連れてきたとしても助けてくれるはずがない。今まで子連れの人も数えきれないほど通ったが、子どもが自分たちを指さすとその親は「やめなさい」だの「見ちゃいけません」だのと子どもを叱るだけで決して助けてなどくれなかった。

 今回もそうだろうと思いつつ、一度開けた目を閉じた。

 薄れゆく意識の中で「父様!」という幼い声を聞いた気がした。次いで抱きかかえられる浮遊感の後、完全に意識が途絶えた。


次に目を開けた時に見たのは、目を閉じる前にみた少女の顔だった。ぼんやりとする意識が完全に覚醒すると、その少女の顔が思ったよりも間近にあったことに驚いた。だが、驚いて反応を返す前に少女は寝台の横で腰かけていた椅子を飛び下りて部屋の外へと走って行った。

「父様―っ!!」

 ぱたぱたと遠ざかる足音と廊下に響きわたる声のあと、そう待たずに現れたのは先ほどの彼女とその父親だった。

「良かった。目が覚めたんだね」

 ニコリと人のよさそうな笑みを浮かべる男に、何と反応してよいか分からず黙り込む。そしてふと気づいたことを口にした。

「妹は…」

 意識が途絶える前、寄り添うようにして隣にいた妹はどうしたのか。

「無事だよ。君よりも先に目を覚まして、今は隣の部屋で寝ているよ」

 男のその言葉を聞いてほっと胸をなでおろす。そしてその気の緩みを察したかのようにお腹がくぅと鳴いた。

「お腹が減っているんだね。食事ができているから食べようか。李駿、私は先に行って支度をしているから、彼を連れてきてあげなさい」

「はい、父様」

 父親が部屋を出ていくと少女―李駿は寝台横に立って様子を窺ってくる。どうやら起きるのを待っているらしい。自分は食事をとることなど了承していないのだけれど、傍らの少女は頑として動かなそうだ。

 このまま、というのも忍びなくて、まだ少々だるい体を動かして布団を剥ぎ、子どもにとっては多少の高さのある寝台から降りた。が、床についたはずの足に力が入らず、がくんと膝と手をついて転んでしまう。十分な食事もとれず、何日も同じ姿勢でいたからだろうか、筋肉が完全に委縮してしまっている。

「だいじょうぶ?」

 李駿が心配そうに覗きこんでくる目から視線をそらし、足に力を入れることを試みた。すぐ横の寝台を支えにすることでようやく立ち上がることができた。足を踏み出してみるが意思に反して思うように足は動いてくれず、数歩進んでは傍近くにあるものに寄りかかってしまう。

 見かねた李駿が何も言わずに手を差し出してくれたが、子ども心ながらに情けをかけられることが悔しくて、その手を振り払う。李駿は一瞬だけ寂しそうな顔を見せたが、すぐに前に向き直って廊下を進みだす。

 自分との距離が一定以上開かないように、李駿は少し進んでは振り返り追いついてはまた先へと少し進む。それを繰り返して、ようやく目的の部屋へとたどり着いた。

「ちょうどよかった、今支度ができたところだよ」

 李駿たちの到着に気づいた男が微笑んで卓の上を示す。

 男に促されて席に着くと、目の前には小さな握り飯が2つと椀が置かれており、湯気が立ち込める椀からは煮物の良い香りがする。これらを目の前にして初めて自分がひどく空腹であることに気づき今にも飛びつきたい気持ちであったが、命を助けられて食事まで用意されるという虫のよすぎる話に、嫌でも懐疑的にならざるを得ない。

 頑として食事に手をつけようとしないのを見かねてか、男の手が椀に伸びてきて中身をつまむとそれを口に含んだ。向かいに座った李駿は自分の椀に手をつけて食事を始めていたが、食べようとしないのを見て一旦箸を止める。

「食べないの?とっても美味しいよ!父様はお料理上手なのよ!!」

 にこにこと話しかけられて、箸を手に恐る恐る自分の椀の中の煮物を一つまみ口に含む。まともな食事は久しぶりですぐにその味が認識できなかったが、徐々に口の中に広がるその美味しさにそれ以降は躊躇なく椀の煮物を口に運んだ。

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