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3-2

 そんなこんなで大きな問題もなく出立した一行であったが、ほどなくして問題は起こった。

 陽朱国と華櫻国をつなぐ街道は整備されており、商人の行き交いも多い。山間部を通るため、以前は商人を襲う山賊もみられたが、両国によって警備の手が入れられたことでほとんどみられなくなった。

 では何が問題かというと、問題はリテンダにあった。

「おい、姫様はどこに行った?」

 出発してまもなく、伯楽に言われて彪榮がふと横を見るとつい先ほどまでいたはずのリテンダの姿が見当たらない。慌てて彪榮が引き返すと、幾分もいかないところの出店をもの珍しそうに見ているリテンダを見つけた。

「何してたんだ、はぐれるだろう」

 彪栄が咎めると、リテンダは自分が一行からはぐれそうになっていたことの自覚がなかったようで、慌てて謝った。

「すみません。見たことないお店がたくさんあって目移りしてました」

 箱入りのお姫様だから色々なものが新鮮なのだろう。仕方ない、とそれ以上強くは咎めなかったが、彪栄が甘かった。

「おい、またいなくなったぞ」

 最初の迷子未遂から一刻と経たずに、またしてもリテンダが消えたのだ。そして彪栄が慌てて探しに行く。あとはもうその繰り返しだ。

 リテンダの並外れた好奇心は、少しでも気になるものがあればリテンダの足を止め、ある時は脇道へと足を向かわせた。

 周囲が常に気を付けていないと、リテンダが迷子になることは必至だった。

 いや、いくら気を付けていてもリテンダは忽然と姿を消すことがあり、その点に関して伯楽は「気配無く姿を消せるなんて、隠密にでもむいてるんじゃないか」と冗談まじりに感心するくらいだった。

 出立直前にリテンダの努力と同行を認めた益史だったが、度重なるリテンダの振る舞いぶりにお冠のようで誰よりも強くリテンダを咎めており、リテンダもその都度反省の色を見せるのだったが、やがて益史はいくら言っても暖簾に腕押しだと悟ったのか「彪榮殿!!ちゃんと見ていてもらわなければ困ります!!」と彪榮が矢面に立たされることになった。


 そして、なんとか往路に予定していた日数内で華櫻国に到着することができた。

 華櫻国の官吏制度は、呼び名や登用方法、管理区分等の細部は多少の差異はあれどほとんど陽朱国と同じで、亡くなったという華櫻国の外交官は陽朱国で言えば礼部尚書、つまり秋瑾の立場にあたる人物だったという。

 秋瑾も懇意にしていたようで、道中にその人となりを話してくれ「惜しい人を亡くしました」と残念そうにつぶやいていた。

 華櫻国についた翌日の午後、その後釜に座った新しい外交官との面接が成されることになった。

 てっきり官庁で行われるものと思っていたのだが、向かった先は個人の邸宅だった。国政に携わる官吏の邸にしてはその規模はいささか小さいように思われた。

 屋敷の者に案内されて通された部屋で秋瑾たち一行を出迎えた人物に、秋瑾を除くリテンダたち皆が呆気にとられた。

 陽朱国で言う尚書、重鎮に就く人と言われて勝手に初老の男性だろうと思っていたのだが、その予想は大きく裏切られた。

 ようこそいらっしゃいました、と笑みをたたえて頭を下げたのは、中年と言うにはまだ早い30代始めの女性だった。

 李駿殿、と秋瑾が声をかける。亡くなった外交官の弔いで先に一度訪れていたため、秋瑾とは既知のようで、声をかけられてその女性――李駿は顔を上げた。

「易府上相、李駿と申します。以後お見知りおきを」

 易府上相。どうやらこれが礼部尚書にあたる肩書きらしい。

 秋瑾が部下の益史、護衛の伯楽と彪榮を紹介していき、次はリテンダというところで李駿が口を開いた。

「見事な金髪碧眼…西方のかたでしょうか」

「いかにも。こちらはリテンダ様。アゼリア国からこの度我が陽朱国との国交が開けましたので外交官としていらっしゃいました。長期滞在の間、我々礼部で御身をお預かりしています。他の国に大変興味がおありで今回我々への同行を希望されました。言葉もご自分で学ばれたのですよ」

「それはそれは…」

 李駿は感心した様子だが、紹介されたリテンダはどこかぽかんとして李駿を見ていた。その視線にきづいた李駿が「何か」と尋ねる。

「いえ、少し驚いてしまって…。女性官吏って少ないものだと聞いていたので」

 秋瑾以外が女性官吏の登場に驚いたわけをリテンダは誰よりも先に口にした。

「あぁ、そのことですか」

 李駿は、よく言われます、と苦笑交じりに答えた。

 女性官吏は陽朱国においてもその数ははるかに少ない。

 官吏の大多数は名家の出の男性である。名家の娘は親に大事に育てられ、教養を身につけさせられ、その身を着飾り良縁を結ぶことが望まれており、まず官吏を志すというものはほとんどおらず、仮にいても親に全力で反対される。

「私の父は私が幼い頃に亡くなりましたが庶民の出で官吏になりました。下級官吏としての扱いが長かったですが、段々と周囲からも認められて昇任していきました。父を成り上がりだと疎ましく思う者もいたようですが、仕事にいそしむ父を私は尊敬していましたので、私も同じ官吏を目指したのです」

 彪榮はそこで合点がいく。

 この屋敷の規模は名家と言うには小さすぎる。李駿の父が庶民から官吏として蓄えた財によるものだったのだ。

 陽朱国も華櫻国も庶民の登用が無いわけではないが、学問をするだけの時間的そして金銭的な余裕のある家でなければ庶民が試験に合格するのは難しい。そして登用試験に合格しても、庶民の出というだけで名家の出である官吏からは疎まれる傾向にある。

 それにしても、と彪榮は思う。女性官吏ということは抜きにしても齢40に満たない歳で1部署の長官になるということは非常に珍しい。父が官吏でそこそこの信用を集めていたとはいえ、疎まれがちな庶民出の官吏には早々に長官になるだけの伝手やコネがあるとは思えない。まさに努力の賜物であろう。

 堂々とした佇まいはその努力ゆえの彼女の自信がそうさせているかのようだ。

 「かっこいい…」と呆けた表情のリテンダの小さなつぶやきを隣で耳にした彪榮は、その間の抜けた様子に声を殺して笑った。

「大したおもてなしはできませんが、どうぞ客間へ。そこでお話いたしましょう。私も西方の国には興味があります。よろしければお話をきかせていただきたい」

 李駿ににこりと微笑まれたリテンダは「はい、喜んで!」と張り切った様子で二つ返事で返す。

 その前のつぶやきを耳にしているだけに、彪榮はその張り切り様が可笑しくて、また声を殺して笑う羽目になった。それを目にした伯楽に「なにニヤついてるんだ、気持ち悪い」と言われてしまったが、「別に、なんでもない」と答えるだけで精一杯だった。


忙しくなってきたので月1更新です。

李俊はバリバリのキャリアウーマンを意識して作っているつもりです///


続きは6月までお待ちください←

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