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リテンダを秋瑾宅へ送り届けてから、彪榮は宿舎ではなく兵部の官舎へと向かった。
夜も更けてきたというのに、官舎では伯楽が待っていた。
「なんの用件だ?」
彪榮が言わんとしていることを敢えて言わせようという意地の悪い笑みを浮かべている。
だが彪榮はそんな伯楽は気にもしない様子で、言葉を紡いだ。
「皇女の護衛の件で、頼みがある。お前から秋瑾殿に取り次いで欲しい」
その言葉を聞いて伯楽はにやりと笑った。
「お前、いい顔するようになったな」
事件のこともあって、華櫻国への出立は1日遅らせることとなった。
あの後、秋瑾宅までリテンダと彪榮は一言も口をきくことがなかった。泣き止んだとはいえまだ目元の赤いリテンダを気遣ってか、彪榮がわざと遠回りをしてくれたことを、秋瑾宅から市街までの道を覚えたリテンダは気づいていた。
秋瑾には先に知らせがいっていたようで、敢えて事件のことには触れずにいつも通りに振る舞ってくれた。
そして今日が華櫻国への出立の日である。
秋瑾は官舎に用事があると先に家を出ており、秋瑾たちとは礼部の官舎前で落ち合う約束となっている。
事件のこともあってリテンダを屋敷から官舎まで1人で来させるわけにはいかず、秋瑾は護衛を屋敷まで呼んであると言っていた。
兵部の中でも選りすぐりの者だと秋瑾は言っていたが、今のリテンダにとっては護衛が誰であろうとさしたる問題ではなかった。それよりも、あれから彪榮と言葉をかわすことなく、助けてもらったお礼も十分でないまま出立することが気がかりで仕方なかった。
心持ちが晴れないままリテンダは屋敷の門をくぐった。
そういえば秋瑾が言っていた護衛の人が来ていないな、と思ってふと視線を横にやると、そこに彼がいた。
「……っ!」
リテンダは息を飲む。
彪榮のことを考えていたために見えた幻ではないかと一瞬疑ったが、確かに本物だった。
門の横、屋敷の塀に背をもたれて立っており、手には長棒を持っている。
「どうして…?」
素直にその問いが口を突いて出た。
「どうしてもなにも、仕事だよ」
「仕事…?」
「あぁ…。同盟国のお姫様の護衛を…な」
ニッと笑ってみせる彪榮に、リテンダが望んでいたその言葉に間違いはないのだと知らされると、うれしくて駆け出しそうになったが、気がかりなことを1つ思い出して足が止まった。
「でも」
「アイツらなら、ちゃんと話して分かってもらった」
リテンダの言いたいことを分かって、彪榮が先に喋る。
「前にも言ったが、俺がいなくてもアイツらはもう自活する力はある。俺がアイツらから離れる意思が固まったんだ」
一体何が彪榮をそうさせたのか分からずにきょとんとしているリテンダに、彪榮は意地悪く笑って見せた。
「アイツらより手のかかるお姫様を放っておけないからな」
「そ…そんなことないですっ!!」
顔を赤くして怒るリテンダだったが、彪榮はそれをものともせずに笑っている。
リテンダは何の張合いもなく自分だけが怒っているのが可笑しくなって、事件後初めての笑みを見せた。
「よろしくな」
「はい。よろしくお願いします、彪榮」
そして2人は礼部の官舎を目指して久しぶりに肩を並べて歩くのだった。
第二章ラストです。
第三章は全く内容構成が決まっておりません(汗)
これから2人の珍道中(?)が始まるわけですが…
大雑把な内容を考えるのは好きなのに
細かいところを詰めていくのが苦手な私…orz
番外編で書きたい話は沢山あるのぉ~
伯楽の話とか!!




