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2-5

「華櫻国への出立は明日だぞ」

 どういう意図があるのか分かりかねるが、帰り際に伯楽がそう呟いた。

 彪栄はそれに対して何を言うでもなく、官舎をあとにした。

 慌てて官舎を飛び出してリテンダに話を聞きに行ってからの彪榮の様子に、何かあったのだと悟った伯楽は、以来護衛の話を彪栄に持ち出すことはなかった。後任に誰かついたかも、彪榮は知らない。

 長屋の戸を開けると、いつものように真っ先に緑華が足元に飛びついてくる。しかし、いつもより元気がないように見える。

「さっきお姉ちゃんが来てたよ、彪榮にぃ」

 緑華の後からやってきた藍華の報告に彪栄は目を丸くする。

 リテンダはしばらくここに顔を出していなかった。華櫻国行きが決まって忙しかったこともあるだろうが、彪栄と気まずくなったこともあって顔を出さなかったのではないかと思っていた。それが今になってどうして。

「お仕事で遊びに来れなくなるから挨拶にって…。しばらく会えないって聞いて緑華、落ち込んじゃって…」

(挨拶か…)

彪栄がいないであろう日中にやってきたということは、余程彪栄と会うのが気まずいと見える。

「そうか」とだけ呟いた彪栄に藍華が不意に問いを投げかける。

「ねぇ、彪榮にぃは一緒に行ってあげないの?」

 藍華はリテンダに向けた質問と同じ、しかし確実に意図を持った質問を彪栄に向ける。そのような質問をされてリテンダと同様に驚く彪榮。

「どうしてそう思うんだ?」

「お姉ちゃんは、彪榮にぃは大事なお仕事があるから一緒に行けないって言ってた…けど…」

「けど?」

 そこで藍華は口ごもる。「内緒ですよ」と言われていた。しかし、困ったような顔で笑うリテンダを思い出すと言わずにはいられなかった。

「本当は…本当は、一緒に行きたかったって!彪榮にぃ、一緒に行ってあげられないの?」

 藍華を介して聞いたリテンダの本音は、彪栄の心のうちの雲を晴らした。

「俺があいつと一緒に行ったら、藍華は寂しくないのか?」

 彪栄がリテンダについていくということは、彪榮が藍華たちのもとから離れることと同時に起こることだ。

 藍華は問われて気づいたのか、逡巡してから、しかしハッキリと答えた。

「寂しい…けど。私よりお姉ちゃんのほうがもっと寂しそうだったもん!だから…」

「藍華、ありがとうな…」

彪榮はその言葉の先を遮るように藍華の頭を撫でる。

そして立ち上がると長屋を飛び出した。


秋瑾宅までの道をたどる。リテンダが長屋から出てからあまり時間は経っていないとなると、急げばリテンダが秋瑾宅に着く前に追いつけるかもしれない。

人の波をうまく避けながら進む彪榮を、ある店の女店主が呼び止めた。

「ちょいとあんた!」

 これといって面識があるわけではないが、毎日のように通るため、顔は知っていた。そしてそれは女店主も同じようであった。

「あんた、最近異人の女の子連れてただろ?こう…髪が黄金色の…」

 説明されるまでもなく、それがリテンダであることは分かった。

「あぁ、そうだが…」

 すると女店主は眉根をよせて小声で彪榮に話しかける。

「それが、さっきなんか柄の悪い連中に連れてかれちまって…」

「!」

あまりに唐突な出来事に、瞬時に声が出なくなる。

「最近この界隈を荒らしてる連中だよ。最初は通行人から金を巻き上げていたんだけど、近頃は店にも言いがかりをつけては荒らしていくもんだから、みんな迂闊に手が出せなくてね。あんた、あの子の知り合いだろう?知らせなくちゃと思ってたところなんだよ」

「相手は1人か?」

「いや、2,3人いたねぇ。…ったく、女の子1人相手に…」

「アイツ、1人だったのか!?」

 彪栄が突然大きな声をあげたものだから女店主は驚く。

「あ、あぁ。ここを通るときはあんたか、野菜売りのとこで働いてる子が一緒だっただろ。それが今日に限っていないから珍しく思ってたんだよ」

「分かった。助かった」

 彪榮が踵を返して走りだすと後ろから「気をつけなよー」と女店主の声が聞こえてきたが、それに応えている余裕はなかった。

(1人だったって…。護衛はいないのか!?)

 リテンダが市街を歩くときは大抵自分が一緒にいることが当たり前になっていたため、すっかり失念していた。

 皇女という身分を隠していても異人は異人。それが好奇の目を集め、時には何かしらの実害がリテンダに降りかかることもあるということを。


もはや月1更新…orz

春休みなんですが、なんだかんだで忙しくて…

そしてこれ以外にもやりたいことが沢山…


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