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彪榮と最後に会ってから3日が経った。
明日の出発に備えて早々に支度を済ませるとリテンダは市街へと足を向けた。華櫻国往きが決まってから忙しかったこともあるが、護衛の件を彪榮に内緒で断った負い目からか自然と長屋から足は遠ざかった。
だがこうして久しぶりに市街を歩くと、どうしても足はあの長屋に向う。
迷子になる心配はない。長屋までの道に関しては、彪榮や紅桓にも言ったとおり既に覚えていた。紅桓の迎えを断って迷子になったあの日は寄り道したのがいけなかった。寄り道さえしなければたどり着くことはできる。
それなのに以降ずっと紅桓と彪榮の好意に甘んじているのは、リテンダが彼らと共にいる時間が好きだったからだ。
物心ついた時からこの歳になるまで、リテンダの知る世界は城の中と城から見える城下町の景色だけだった。
そのため対外的な公務についていった姉たちが楽しそうに語る道中の街の様子や他国の様子に、リテンダが外の世界に興味を持つのにそう時間はかからなかった。まずは自国について隅々まで調べ尽くすと、次は他国についての本を読み漁り、時にはその国の言葉もほぼ独学で学んだ。
そして念願叶って外の世界に出られたリテンダが異国の地で出来た友とも呼べる人たちの存在に、内心浮かれずにはいられなかった。
初めて会った時、絡まれているところを助けられて、偶然にも自分の護衛に彪榮が推薦されたことには驚いた。彼の腕っ節や初対面でないという親近感から、彼が護衛であれば良いと思った。
しかし、長屋での子どもたちとの触れ合いを通して彼を知るにつれて、親近感という言葉では片付けられないほどの親しみを覚え、異国の地で出来たこの縁を失いたくないと彪榮が自分の護衛になることを強く望んだ。
だがその反面、子どもたちと彪榮を大事に思うからこそ、彪榮を自分のわがままで子どもたちから引き離すことはしたくないと思い、結果護衛を他の者に変えてもらうことにした。
(これで二度と会えなくなるわけではないですしね…)
そう思ってはいても、これがきっかけで以降は疎遠になり得るかもしれないというほど、リテンダと彪榮のつながりは確固たるものではなかった。
そして今日、出発の前に子どもたちに挨拶に行こうと足を市街へと向けた。
彪榮は普段日中は仕事なので会うことはないだろう。先日のことがあってから少し気まずいため、できれば会いたくない。だが「会えたらよいのに」という相反する思いも胸のうちに確かにあり、長屋への道中、視線を周囲にさまよわせた。
結局、彪榮と会うことはなく到着し、長屋の戸を開けるとかわいらしい瞳が二つ、リテンダを捉えるや否や嬉しそうに駆け寄ってくる。
「お姉ちゃん!!」
緑華は勢いよくリテンダの足元に抱きつく。どうやら彼女はなついた人間の足元に抱きつくのが癖らしいということをリテンダはこの数週間で学んだ。
「紅にぃは?」
藍華はいつもリテンダの送迎をする紅桓がいないことに気づき、尋ねる。
「今日は一人で来たんですよ」
「そうなの!?お姉ちゃん、迷わずに来れたんだ!彪榮にぃ、ビックリするね!」
ニコニコと笑う藍華は決して悪気はないのだが、こうも周囲がそろいもそろって自分の方向音痴を心配していることに苦笑が出る。
「ねー、遊ぼうよー。また髪結んで~」
緑華は急かすようにリテンダの手を引いて長屋の中へ連れて行こうとする。
だがリテンダは申し訳なさそうにその手をやんわりと放した。
「ごめんなさい。今日は遊べないんです」
「えー。遊ぼうよ、遊ぼうよ~」
「緑華」
駄々をこねる緑華を藍華が諌める。
「お仕事でしばらく会えないので今日は挨拶に来たんです。お仕事が終わって帰ってきたら、また沢山遊びましょう」
むくれる緑華の頭をリテンダは優しくなでて慰める。まだ緑華は納得がいかないようだったが「緑華はいい子だから、我慢できるよね?」という藍華の言葉にハッキリと頷いてみせた。
「お仕事って、彪榮にぃも一緒に行くの?」
リテンダはドキリとする。
藍華には自分が外交官といって、色んな国に行くのが仕事だと簡易に説明したことはある。だがその自分を守るという彪榮の護衛の話を藍華たちの前でしたことはない。
動揺を隠してリテンダは首を横に振る。
「いいえ、一緒には行きませんよ」
「どうして?」
不思議そうに首を傾げる藍華。
藍華はリテンダが突然として現れて以降、彪榮がリテンダと共にいることが多いことから、今回も一緒なのだと考えたのかもしれない。だから、一緒でないことを単純に疑問に思ったのだ。
「もっと他に大事なお仕事があるんですよ。だから一緒には行けません」
彪榮にはこの子たちを守るという大事なことがあるのだ。
わがままを言ってはいけないと分かってはいるけれど、ここにきて「本当は…」と言葉がリテンダの口をついて出た。
またしばらくぶり。
一応、一区切りの終わりは見えた。
しかし、忙しいのでいつ終わるのやら(笑)




