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1-14

「護衛の件を渋っていると言っただろう?」

「え、あ…はい」

 突然護衛の任の話を持ち出されてリテンダは一瞬呆けたが、すぐに察して尋ねた。

「子どもたちが心配だから、ですか?」

 他国へ赴く外交官の護衛となると、長期の不在が当然となってくる。行先や交通の便によるが、片道だけで10日とかかることなど珍しくないのだ。

 だが彪榮は首を横に振った。

「いや、今となっては紅桓もいるし、あいつの稼ぎで3人食べて生活できている。俺がいなくても大丈夫だろう」

 言い切るその口調は、確信に満ちている。

「では何故?」

 リテンダが問うと、少し間があってから彪榮はゆっくりと口を開いた。

「2人が一命をとりとめて、俺を慕って、頼ってくれるのを見て思ったんだ」

 この小さな2つの命は俺がいないと生きていけないんだ、と。

「俺はあいつらのためを思って面倒を見ているんじゃない。俺自身のためだ。俺にも守れる命があると、そう思いたかったから面倒をみているに過ぎない。ただの偽善だよ」

 苦い経験となった2つの事件。己に助けられる命なんてないのだと絶望を味わいかけた。そんな時に偶然出会ったこの姉妹を、自分の自尊心を守るために利用しているのだ。

「あいつらが俺の手を離せないんじゃない。俺があいつらの手を離せないんだ」

 「情けない話だろう?」と彪榮は自嘲する。

 リテンダは何も答えない。だが困らせたかな、と彪榮が思っているとリテンダの口が「でも」とつむいだ。

「あの子たちが助かって、今こうして笑っていられるのは他でもないあなたのおかげです。私は純粋にそれを素敵なことだと思います。それに…」

 良い言い方が思いつかないのだろうか、一つ一つ言葉を探すようにリテンダはその先をたどたどしく口にする。

「あなたは偽善だと言いましたが、あの子たちに向けるあなたの愛情は本物だと、私は思います。なんというか、その…親の愛情と言うか…。例え最初は利己心のためだったとしても、今あなたがあの子たちの面倒をみているのは自分のためとかそういう風には見えません」

 リテンダの言葉を意表をつかれたようにして聞いていた彪榮だが、リテンダはどうやらそれを話が理解できていないと取ったのか、慌てて言葉を重ねる。

「えっと、ですから。親というのは子どもが無性に可愛くて、子どもが幾つになっても面倒をみたがるもので…。だから利己心がどうとかではなくて、もはや『家族』のような絆があるのだと私は思います。情けないとかみっともないとか全然思いません」

 みっともないとは言ってないんだけどな、と心の中で突っ込めるほどにリテンダの必死さが、彪榮の心を軽くした。

こんなふうに人に言われたのは初めてだ。いや、そもそもこんな悩みを人に打ち明けること自体が初めてなのだが。

『情けないとかみっともないとか全然思いません』

 他人の一言でこんなに救われるとは、そしてこれまでうじうじと悩んでいたのがバカらしくなるとは思わなかった。それこそ、目の前で今度こそ伝わっただろうかと不安げにしているリテンダを見て笑みがこぼれるほどに。

「じゃああれか、俺はいつまでも子離れできない親というわけか」

 もちろん、リテンダが言いたいのはそういうことではないと分かっていたが、心の余裕だろうか、少しからかってやりたくなったのだ。案の定リテンダは「違います!!」と慌てて再度言葉を重ねようとする。それを制するように彪榮が先に口を開いた。

「リテンダ」

 ためらいもなくその名を呼んだのは初めてだった。リテンダも驚いて動きが止まっている。

そして

「ありがとう」

 彪榮が柔らかく微笑むと、陽だまりのような温かな笑顔が返ってきた。


一応1章終了です。

2章はまだ構想が整ってないので少々お待ちを…


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