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「あいつらと同じで、俺には両親がいないんだ」
それは彪榮が10歳の時、両親は山道で野盗に襲われてあっけなく死んだ。それから2年、頼れる親戚もいない彪榮は街に出て死に物狂いで生きてきた。
出店の商品を盗みもしたし、収穫期の畑に夜忍び込んで野菜を持ち出したりもした。捕まって散々な目に合うことも少なくなかった。
いつ死んでもおかしくないという絶望を何度も味わった。それでもなんとか生きてこれたのは運が良かったとしかいいようがない。貧民街に身を寄せる同じような境遇の子どもたちが死んでいくのを、その2年のうちに数えきれないほど目にしてきた。
そんなある日、盗みを働いたところを運悪く兵部の一行に見つかった。
だが伊達に生き抜いてきたわけではない彪榮は、追いかけてくる役人の手を身軽にかわし、足をかけて転ばせたり、時には相手の急所をついて一時的に戦闘不能にしたりもした。
だが一歩引いたところで傍観を決め込んでいた男が動き出すと、彪榮はあっという間に地面に敷き伏せられていた。
『子ども相手に何をやっているんだ、情けない』
彪榮の頭上から呆れたような声がした。それまで彪榮を追いかけていた者たちが身を縮ませるのを見て、この男が彼らの上官であると察しがついた。
彪榮を敷き伏せたまま、男は『おい、小僧』と彪榮に顔を近づけてきた。無精ひげをたくわえた、猛者という言葉が似合いそうな顔だった。
『お前、いい動きするじゃねぇか』
盗みを働いたことを咎められるとばかり思っていたので、その言葉に一瞬戸惑いを覚えたが、敷き伏せられた屈辱もあって彪榮はキッと男をにらんだ。
だが男は動じる様子は全くなく、にらんでくる彪榮の目をじっと見つめた。そして『気に入った!』とニヤリと笑うと、彪榮の拘束を解いて起き上がらせる。
『お前、うちへ来い。その体術はもっと上手く使え!俺が鍛えてやる』
今度こそ彪榮は呆気にとられて呆然とした。
それは彼の部下も同様で、正気ですか隊長、と止めるのも聞かず男は何がどうなっているのか分からないままの彪榮を強引に屋敷へ連れ帰ったのだった。
そして男は彪榮を屋敷に住まわせ、その男の指導の下、体術はもちろん棒術を含める様々な武器の扱いを教え込まれた彪榮は弱冠14歳にして兵部の試験に合格し、今に至ったのだ。
男を師と仰いで同じように教えを受けていた伯楽とはそれ以来の仲だ。
ある時なぜ自分を引き取ったのかという疑問を彪榮が投げかけたことがある。すると男はいつもの調子で笑いながら答えた。
『ただの気まぐれだ』と。
「本当にいいかげんな奴だったんだ」
彪榮は懐かしそうに目を細める。
「とても良い方だったんですね」
リテンダがそう言うと、少し間があってから「あぁ」と彪榮は言葉を漏らした。
「子どもたちの面倒をみているのは、その方の影響ですか?」
だがリテンダの問いに、昔を懐かしんでいた彪榮の顔から笑顔が消えた。
「俺の様な境遇の子どもを助けたかった、と言えれば聞こえはいいかもしれないな」
「違うんですか?」
彪榮は苦笑する。いつか見たあの自嘲的な笑みだ。
「確かにあの人からの影響も少なからずあるだろうな。だが俺があいつらの世話をしてるのは、そんな高尚な理由じゃない」
14で兵部へ入り、その腕の良さに彪榮より年上の者たちは一目置くと同時に、まだまだ幼い彪榮を可愛がった。一足先に試験に合格した伯楽もいて、仕事も訓練も大変だったが苦ではなかった。
彪榮は自分の実力を自負していた。
事が起こったのは彪榮が16歳の時。
ここより西方の都市部で女子供が相次いで惨殺される事件が起きた。彪榮と伯楽を含む小隊が派遣され、隠密に見張ることになった。
一区画に2、3人という人員を置き、夜、人通りのなくなった居住区を空家の窓や建物の間に身を潜めて見張り始めて3日目。彪榮が物陰から通りを見張っていると、家を一軒一軒物色するように歩く不審な男が現れた。気付かれぬように後をつけると、男はある家の前で足を止めたかと思うと、躊躇なく戸を蹴り破って押し入っていった。駆け出した彪榮の耳に女の悲鳴が聞こえ、その家の中に入ると刃渡り20センチほどの刃物を手にした男がそれを振り上げ、幼い子どもを抱えた女に切りかかろうとする寸前であった。
彪榮が男との間合いを詰め、長棒を男に向けて振り回すが、男は器用によけて手にした刃物でそれを受け止める。
互いに一歩も引かぬ状況で、彪榮は男の背後で力なく座り込んでいる女に声をかけた。
「逃げろ!」
だが腰が抜けて立てないのか、一向に動こうとしない。
「早く!」
そう叫んだ後、ガッと後頭部に強い痛みが走る。
太い木の棒で殴られたのだと気付いた時には、彪榮は床に膝をついていた。殴られた頭部から血が滴る。
共犯者がいたのか、と認識するよりも早く次の攻撃が彪榮を襲う。それを寸でのところで長棒で防ぐ。
「くっ…」
だが、相手もなかなかの腕力で、彪榮は防戦一方になる。
そして、背後で人の動く気配がしたと思うと、刃物を手にした方の男が再び女に切りかかろうとしているのが彪榮の目に入る。
彪榮は渾身の力で目の前の男を薙ぎ倒すと、身を翻した。
「やめろぉぉおおおっ!」
闇の中で、窓からわずかに差し込む月明かりを反射して不気味に光る刃が容赦なく振り下ろされた。
彪榮の過去話になりましたね。
当時の詳しい話を番外編でやりたいなぁ~…
はたして実現するのだろうか(笑)
リテンダの過去話もいつか出てきますよ……多分←




