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1-9

 それから3日が過ぎた。

 秋瑾から何の連絡もないまま、その日彪榮は仕事が休みで特にすることもなく、かといって政府庁舎にちかい宿舎にいてはいつ伯楽に見つかって仕事を押し付けられるとも分からなかったので、長屋の紅桓たちのもとに朝から来ていた。

 だが彪榮が来たときには紅桓はおらず、姉妹の姉:藍華(らんか)が洗い物をする傍らで妹:緑華(りょっか)の相手をしていた。

 そして昼過ぎに差し掛かった頃、戸が開いて紅桓が帰ってきた。

「兄貴!」

「よぉ、紅か…」

 応えようとした彪榮は紅桓に続いて入ってきたリテンダに目を丸くした。

「こいつ、道に迷ってたんだ」

 彪榮が尋ねるより早く、紅桓が簡潔に説明した。

「ま、迷ってません!」

 その説明にリテンダが反論する。

「はぁ?同じ道を何度も行ったり来たりしてたくせに」

「そ、それは。色々なお店があるなぁと見てただけで…」

「それで7往復は多すぎだろ」

 そこでリテンダはうっ、と言葉に詰まってしまう。どうやら一部始終を見られていたらしい。二の句が継げなくなったリテンダに紅桓はけらけらと笑った。

 「笑わなくてもいいじゃない」と顔を赤くして怒るリテンダから逃げるようにして紅桓は長屋の奥へと逃げて行った。

 彪榮がそんなやりとりをポカンと見ていると、リテンダが「すみません。またご迷惑を…」と謝る。

「いや、それは別に…。ところで本当は街で何をしてたんだ?まだ道に自信がないんだろ?」

 つい3日前に秋瑾宅へ送った時も、まだ道を把握しきれていないことは見て取れた。そんなリテンダが一人で市街に外出とは無謀にもほどがある。

 するとリテンダは「えぇっと…」とどうにも歯切れが悪い様子で答えた。

「その…いつまでも人に送っていただくのは迷惑かと思って、道を覚えるために一人で…」

 かなりの小声で、最後の方は尻すぼみになってしまってすらいる。

 3秒ほどの間があって、彪榮はぶっと吹き出した。そして笑いをこらえようとしているのだろうが、否応にも肩がわなわなと震え口元がにやけてしまっている。

「そ、それで道に迷うとか…」

 本末転倒もいいところだ。

「地図とか持って出なかったのか?」

「いえ、地図はあります。…けど…」

「けど?」

 先ほどよりも長い間があった。

 少しは笑いも落ち着いた彪榮が興味津々で答えを待っていると、とんでもない言葉がリテンダの口から出てきた。

「じ…自分が、今地図上のどこにいるのかわからなくて…」

 再び吹き出した彪榮は今度こそはこらえきれずに腹をかかえて笑い出す。

「そっ、そんなに笑わなくてもいいじゃないですかぁ!!」

 恥ずかしさから顔を真っ赤にしてリテンダが言うも、彪榮の耳には届いていないようだった。

 これを機に、彪榮の中でのリテンダの印象は大きく変わることとなる。どうやらリテンダは自分が思っているほどしっかりしていないのだ、と。むしろどこかぬけていて、恐ろしく方向感覚がない。

 そして、このことはこれから後、幾度となく思い知らされることになるのだった。


 彪榮が宿舎に帰る際にまたリテンダを秋瑾宅へ送っていくということで、それまでは長屋で過ごすことになった。

 最初こそ緊張していたものの、藍華と緑華はすぐにリテンダを歳の離れた姉のように慕い始めた。今はリテンダが2人の髪を結ってやっているようだ。ポニーテールやツインテールに三つ編みなど、それまでただ伸ばされただけだった髪が様々に結わえられるのが楽しいのか、次第に「あぁして」「こうして」などとリテンダに注文までし始めた。

 紅桓は昼食を食べに一時的に戻ってきただけらしく、慌ただしくまた出て行ってしまったため、さすがにリテンダたちの輪に入り込めない彪榮は長屋の裏手の木の木陰に腰かけてウトウトとしていた。

 どれくらい時間がたったのか。ジャリという土を踏む音にふと目を開け、彪榮は自分がそれまで寝てしまっていたことに気付いた。

「すみません。起こしてしまいましたか?」

 やってきたのはリテンダだった。

「いや、むしろ起こしてくれて助かった。2人は?」

「寝ちゃいました」

「はしゃぎ疲れたんだな、きっと。…疲れてないか?」

「大丈夫です」

 リテンダが彪榮の隣に腰を下ろし、木漏れ日の中、2人は押し黙ったまましばらく心地よい風に吹かれていた。

「あの、どうしてこんなことをしてるんですか…?」

頃合いを見計らったかのようにリテンダが尋ねると、彪榮はくすりと笑った。

「なんでも聞きたがるんだな」

「すみません。性分で…」

「いや、嫌なわけじゃない」

 ただ何にでも興味を持つリテンダがおかしくて仕方ないといった笑みだった。

 話すことに抵抗を感じないわけではないが、ただ純真な興味から尋ねるリテンダには不思議と話してもいいと思えてしまう。また、身近な者に話すよりは、自分を深く知らない相手の方が幾分話しやすいというのもある。

 いや、それ以前に本当は心のどこかで誰かに聞いてもらいたいと思っていたのかもしれない。

「愚痴っぽくなるかもしれないが…それでも聞くか?」

 リテンダがうなずくのを合図に、彪榮は静かに話し出した。


今日から忙しくなるうえに、この先が全然書けていないので

更新は遅くなります~


藍華は10歳、緑華は6歳という設定です。一応。

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