6 イケメンの活用方法レッスン
「ディラックさん、どうぞこちらへ。お茶はいかがですか?」
「ありがとうございます」
明らかにディラックを意識している様子の侍女が、微かに震える手で給仕をする。その彼女に微笑みかけ、小さく礼を言った。
侍女達の熱い視線をひしひしと感じながら、彼は彼女達への印象がよくなるようにと意識して微笑む。小さく歓声があがった。
どのような場合であれ、協力者ないし親しい者を作っておくに越したことはない。それは至極当然だが、彼の場合はその方法がいささか変わっている事を否定できないだろう。
白い目で見るフリードリヒを華麗に無視して、ディラックは淡い花の模様が描かれた可憐なディーカップを傾ける。貴族顔負けの優雅さだ。
給仕を終えた侍女達が退出してから数十分。
他愛ないお喋りの後に、エリシアが可愛らしく小首を傾げた。
「ねえ、ディラックさんはエムスというところの傭兵なのでしょう? エムスとは有名ですの?」
「ええ、そうですね。エムスは世界的に有名な組織ですよ。もちろん、エリシア姫のようにその世界とは無縁の人々にとっては、知りもしない存在ですがね」
ディラックの代わりに、フリードリヒが苦笑して答える。その頃には彼女が弱冠十二歳だということもわかっていたので、ディラックもこの好奇心旺盛な少女の問いに苦笑して見守っていた。
「ふうん……お兄様も最近は物騒だからとおっしゃって、傭兵を雇っていましたけれど。その方々はエムスのことなんて一言も言いませんの。私だって、もう子供じゃありませんのに」
少々不満げなエリシアの言葉に興味を覚え、ディラックが僅かに身を乗り出す。
「どんな人物でしょうか」
「そうですね……三十代の男の方が三人。私、あの方々みたいな腕輪が欲しいんです」
「腕輪?」
とても気になる単語を聞いて、ディラックはちらりとフリードリヒと視線を交わした。
左腕の袖をあげて、そこにはまった腕輪を見せる。
「──それは、このようなものでしょうか?」
差し出された手首をまじまじと見つめ、エリシアは申し訳なさそうにちょこんと首を傾げた。
「申し訳ありません、色、も……模様も違うように思います。ちらりとしか見ていないので、何とも申し上げられませんが……とっても綺麗な細工でしたの」
でも、貴方の腕輪も素敵ですわ。いただくことはできませんの?
きらきらと輝く目でディラックを見るエリシアに、ディラックは小さく苦笑した。
上下にびっしりと古代文字が彫りこまれ、その間には細かな細工が施されている。確かに、貴族のお嬢様方が見たら、先を争って買い取ろうとするだろう。
エムスの〈証〉は、その手の人間にしか知られていない。彼女が知らないのも無理はなかった。
ちょうど戻ってきたキリエも、それを聞いて苦笑する。
無邪気に欲しがるエリシアは愛らしかったが、それにうなずくことはできない。
「……差し上げるわけにはいきませんね。それは私達にとって、身分証のようなものですから」
「貴女には訊いておりません」
やはり苦笑しているディラックの代わりにキリエが答えるが、即座にはねつけられてしまった。
笑顔まで消すその態度に、キリエの苦笑がさらに深まる。