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5 苛烈なる妖精

 その後も何度も襲い来る襲撃を退けながら王都に着くと、バスーキンは一晩の休息をとっただけで、キリエ達とフリードリヒを連れて出かけると言い出した。



「バスーキン伯、どちらへ?」

「息子の婚約者の家だ。顔を出しておかねば、後々まずいことになる」



 その言葉に、キリエがすぐさま反論する。



「差し出がましいのですが、貴方はドミニゴに狙われている身です。できる限り、外出はお控えください」

「できることなら、私だってそうしたい。だが、貴族というものは、そんなに簡単にはできていないのだよ。相手は侯爵家だ、私よりも上の存在に挨拶の一つもしないとなれば、醜聞になってしまう」



 付き合いを怠れば、必ず自分──ひいては伯爵家全体にとって不利な状況になる。それが貴族だということは、今までの経験上キリエにもわかっていた。


 だがしかし、今は緊急事態なのだ。

 断念するよう言葉を重ねるキリエに、バスーキンは傭兵二人をまっすぐ見据えた。



「だから、君達を連れて行くのだよ。確実に、守ってもらうために」



 どうしても意志を曲げない雇用主に渋々折れた二人は、護衛をしながら共に館に向かう。

 出迎えたのは、二十代でこの屋敷の主人と思しき青年だった。

 その彼が微笑んで進み出る。



「久しいですね、バスーキン殿」

「そうですな」



 バスーキンと握手を交わしながら、青年はフリードリヒにも笑顔を向けた。



「フリードリヒ殿もようこそ。妹が待ちかねていますよ」

「お久しぶりです」



 礼をするフリードリヒに微笑むと、彼は困惑気味に傭兵二人を見やった。



「そちらは──?」

「ああ、失礼した。王都に来るにあたって雇った傭兵だ」



 バスーキンに紹介され、二人は無言で頭を下げる。それでもまだ戸惑ったように見つめてくる侯爵の気持ちはよくわかったようで、フリードリヒがにっこりと微笑んだ。



「彼らはこう見えても、腕利きの傭兵ですよ。父上もご覧になったでしょう?」

「あ──ああ、そうだな。あの戦いぶりはすごかった」



 バスーキンの言葉に二人はちらりと視線を交わしあう。


 血みどろになった自分を見た時の、フリードリヒの蒼白なあの表情。

 弟に知られたら、やはりあのような反応が返ってくるのだろうか。


 キリエの胸がちくりと痛む。



「そうですか……。最近は何かと物騒ですからね、私も傭兵を雇いましたよ」



 小さくうなずくと、侯爵は四人を屋敷の中へと案内した。

 広間に入った瞬間、螺旋階段の上から少女の声が飛んでくる。





「お兄様!」





 見上げた一行の視線の先で、ステンドグラスが柔らかに光を通す。鈴を振ったような可憐な声の主は、目を見開いてフリードリヒを見つめていた。


 軽い足音と共に、淡い黄色のドレスを着た愛らしい少女が小走りに降りてくる。

 揺れるスカートの裾から、上品なレースが垣間見えた。白く滑らかな階段を彼女が下りる度、かつかつと軽やかな音がする。

 頬を薔薇色に染めた彼女が、足取りそのままの満面の笑みを浮かべてフリードリヒに抱きついた。


 貴族の令嬢らしからぬ行動だが、屋敷の誰もが苦笑しているだけ。どうやら、この行動はいつものことらしい。



「フリードリヒ様!」



 鈴の音のような声が、可憐な唇から紡がれる。

 熱っぽい視線もその仕草も、全身でフリードリヒを愛していると語っていた。



「あまり走ると怪我をしますよ」



 苦笑しながらもきちんと抱き留めたフリードリヒも、彼女が大切で仕方がないと全身で表現している。



「お久しぶりです、フリードリヒ様」

「お元気そうで何よりです、エリシア姫」



 腰を折って彼女の手の甲に口づけたフリードリヒは、キリエ達を振り返って彼女を紹介した。彼の視線を追うようにキリエに目を留めたエリシアは、ぴくりと眉を動かして眼を細める。



「キリエさん、ディラックさん、彼女はエリシア。──僕の婚約者です」



 エリシアはどこか険のある笑顔でキリエを見つめ、堂々と裾を引いて礼をした。濃紺色の髪がさらりと肩を流れる。



「エリシア、こちらはキリエさんとディラックさんです。エムスというところの傭兵で、今回僕達の護衛をしているんですよ」

「お会いできて光栄です、エリシア様」



 営業用の笑顔で礼をするディラックににこりと微笑みかけて、エリシアはキリエにもその笑顔を向ける。

 にこやかに、軽やかに、純粋に。



「貴女……女の方よね? 女の身で剣をとるなど、恥ずかしくはありませんの? 私だったら恐ろしくて、とてもそんなことはできませんわ」



 炎のようにまっすぐな、嫌悪と憎悪をのせて。


 失礼いたしますと言い残して去っていくエリシアを追うフリードリヒを見ながら、キリエはそっとディラックに声をかける。



『どっちに行く?』

『普通はお前がバスーキンにつくな』

『OK。あんたはフレディ君達をお願い』



 うなずきあうと、それにしてもとキリエは苦笑した。



『エリシア様にはまいったわ、すっかり嫌われちゃったみたいね。まあ、貴族だから仕方ないっちゃあそうなんだけど。……あんなに可愛い子に嫌われると、ちょっと切ないわね』



 まいったなあと頭をかくと、彼女はディラックの耳元に口を寄せてささやく。



「何にせよ、あの子達お願いね。あたしはエリシア様の前に顔を出せないみたいだから」



 ついと離れてにっこり微笑むと、互いに手を打ち合わせて二手に別れた。

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