閑話2
〈彼〉は愛など信じていなかった。
両親も政略婚、夫婦仲は冷え切るという言葉でも言い足りないほど、家族としての絆はなかった。
殺し、殺し、殺し、殺し、殺し尽くして。
ただその繰り返しの日々。
後継者と定められてからは、その重圧を跳ね返すように、さらに任務をこなしていった。
そんなある日、舞い込んだ縁談。〈彼〉に断る権利などなかった。
どうせ両親のような関係になるのだろうと鼻で笑いつつ、「後継者」としてふさわしい態度でその場に臨んだ。
そこで〈彼〉は、奇跡に出会う。
今にも消えてしまいそうなほど儚い女が、そこにいた。
青銀色の長い髪が、ふわりと顔を包んでいる。
大きな瞳はまっすぐにこちらを見つめていて、そこには恐怖の色など欠片もなかった。
〈彼〉はお世辞にも、外見がいいとは言えない。威圧感を与えるにはうってつけだったが、花街でも妓達が怯えるのが常だった。
そんな彼を、この儚げな女は優しい目で見つめている。
女の大きな瞳から、目が離せなかった。
縁談は当然のように進められた。二人の感情など無視して。
婚姻を結んだあの日、「怖くはないのか」と尋ねた〈彼〉に、彼女はふんわりと笑って答えた。
『だって、貴方の目は、とても優しい』
お慕いしていますとささやかれた声が、脳裏を満たした。
甘いしびれが身体を駆け巡る。
〈彼〉はその日、初めて愛を知った。
愛情に満ちた生活は、幸せだった。子供も生まれ、赤子を慈しんであやす彼女は聖女のようだった。
いつまでもこの幸せが続くのだと、そう信じていた。
あの時までは。