4 一休み。ひとやす……み?
死体と負傷者の山の中、ただ二人立っていたキリエとディラックは、息を弾ませながら互いの剣を軽く触れ合わせる。
「……ナイスファイト」
「そっちこそ」
ディラックが指笛を吹くと、彼らの馬が戻ってきた。それにまたがり、バスーキンに向かって呼びかける。
「早く行きましょう。今はここを離れるのが先決です」
ディラックの声に我に返ったのか、行列は速やかに動き始める。
のんびりと旅を続けること二週間。あまりに平和すぎる行列にいらついていたところを、いきなり襲われた。
事前に殺気に反応できたからよかったものの、気が緩んでいたことは否めない。
「君達、怪我は──」
「我々のことはご心配なく。参りましょう」
気遣うバスーキンの言葉を遮り、キリエは軽やかに馬にまたがり直す。
──これじゃ、師匠に叱られちゃうわね。
たるんでいた己を叱咤しながら夕方まで走り続け、ようやく着いた宿を貸し切った。
ごく普通に振る舞っていたものの、連れ立ってキリエの部屋に入った途端に、二人の様子が一変する。
キリエが床に崩れ落ち、ディラックは閉めた扉にもたれかかって、ずるずると座りこんだ。
「ちっ……くしょ……」
「ディラック、あんた……腹大丈夫?」
実は結構深い傷を負った腹部を押さえてうめくディラックに、動く気力もなく視線だけを向けてキリエが呟く。
「お前こそ。……背中、平気か? ……悪かった」
ディラックをかばって受けた一撃、その矢傷はかなりの深手だ。
しかし、キリエはそんな事など気にしなかった。相棒を守れた、ただそれだけが彼女の満足感を満たしている。
「さあ? とりあえず、治療しなきゃ何にもならないわ」
「同感」
くつりと喉を鳴らすディラックに、キリエは呆れてため息をついた。ゆっくりと立ち上がって自分の布袋を持ち上げ、ディラックの正面に膝をつく。
「まずはあんたからね。あたしは絶対内臓やられてないから。──服、どうせ使いものにならないから破くわよ」
「頼む」
ナイフで服の前を切り裂くと、彼女は手元から液体の入った小瓶と軟膏を取り出した。どちらも市販品の何倍も効果がある、エムス謹製の特別品だ。
傷口の洗浄と消毒を同時に済ませ、手早く軟膏を塗る。包帯を取り出してくるくると器用に巻きつけると、キリエは大きく息をついた。
「終わり。次、お願いね」
「OK」
少しの間じっと動かずにいたディラックは、おもむろにキリエを抱き上げてベッドへと運ぶ。端に腰かけさせると、彼女は小さく笑いをもらした。
「嫌ね、自分で歩けるって」
「いいからおとなしくしてろ。服、破くか?」
「自分でできるわ」
自ら胸部の布を切り裂いたキリエは、血塗れそのままにベッドにうつ伏せる。小瓶を持ったディラックが液体を傷口に注ぎ、軟膏を塗りつける。
キリエは痛みに顔をしかめただけで、何も言わなかった。
ベッドの上に腰かけたキリエに後ろから包帯を巻きつけ、後は各自で治療を行う。
「そろそろ薬を補充しなきゃね」
「ああ」
交わされるのは、短い会話。
この先の護衛の難しさを肌で感じ取り、二人は自然と無口になった。