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44 裏切り

 肉を断つ音が聞こえた。だが、痛みも衝撃も何もない。

 おまけに、たった今斬り結んでいる男も、驚いたような表情になっている。

 何とも不思議だったが、とりあえず隙を逃さずばっさりと致命傷を負わせて振り向き──固まった。


 シュレイドの剣が、血に染まっていた。



「何であんたが……」



 信じれないといったようにかぶりを振ったキリエに、シュレイドが鼻を鳴らした。それにキリエが片眉を跳ね上げる。



「そんなこと言ってる暇ないよ」



 不意に割りこんできた声。振り向くと、入り口にソークルージュが立っていた。



「ソーク」

「やあ、リー。実はね、僕がお姉さんに、君を逃がしてくれって頼んだんだ」

「何故だ」

「君には似合わない。君のお兄さんはココロも力量も合ってなかったけど、君はココロが合ってないんだよ」



 無表情のシュレイドと、笑顔のソークルージュ。ローブで下半分しか見えずとも、二人の区別ははっきりとつく。



「ね、取り込み中悪いんだけど。「そんなことしてる暇はない」ってどういうこと?」

「時限爆弾しかけてきた」

「何やばいことしてんのよ!」



 キリエの突っ込みにも、ソークルージュはあはははと明るく笑うだけだ。



「ついでにここも潰しておこうかと思って。アジトだってばれちゃったしね」

「ソーク、俺は抜けることはできない。お前もそれはわかっているはずだ」



 シュレイドの苦い声に、ソークルージュはにっこりと笑ってローブを取った。

 手を伸ばしてシュレイドのそれも払いのけ、彼の頬を両手で包みこんだソークルージュは柔らかく目を細めた。



「僕が君の代わりになる。いつもローブをかぶってれば大丈夫だし、どうせ君の父上だって君の顔や声なんて覚えてないさ。それに──『僕』はこの爆破に巻きこまれて死ぬんだから」



 さらりとシュレイドの髪を梳いて、ソークルージュは彼の首に腕を回して抱きついた。





「跡継ぎなんてくそくらえさ、リー。そんなもの、さっさと放り出しちゃいなよ。大丈夫、僕が一生みんなをだましてみせるって」





 さよなら、と呟いて、ソークルージュはそっと身体を離すと再びシュレイドにローブをかぶせる。自分も元通りにローブをかぶると、エリシアに向かって手を差し伸べた。



「僕が彼女を外に逃がすよ。ソークルージュが裏切ったから彼女を別の場所に移すって言えば、誰も疑問なんて持たないさ」



 そう言うと、彼は口元に柔らかい笑みを浮かべる。



「おいで、お姫様。もう怖い思いはさせないから」



 エリシアが怯えたようにキリエを見上げたが、彼女は一瞬考えただけでうなずいて、そっと小さな背中を押した。



「お行きください。私達はこれから敵の中央を突破しなければなりませんから、とてもエリシア様までお守りできません。彼と行った方が安全でしょう。──あんた、エリシア様に傷一つつけてみなさい。三枚におろしてやるから」

「怖いなあ」



 くすくすと笑いながらエリシアを横抱きにして、ソークルージュは二人を見る。



「無事でね」

「お前も」

「死ぬんじゃないわよ」



 ソークルージュが姿を消すと、キリエはこきこきと首を鳴らしてシュレイドを見やった。



「さてと、ソークルージュ(・・・・・・・)? とっとと逃げるわよ」

「──上等だ」



 にやりと口の端を上げて笑みを交わし合い、二人はそのまま部屋を飛び出す。

 次々と襲いかかる刺客を斬り捨てつつ、広大な館を走った。



「せっ!」



 飛剣を放って急所に埋めて、続いて横から出没した男には顔面に蹴りを見舞う。



「ああくそっ、これだからスカートって嫌なのよ!」



 男の顔にヒールの穴がくっきりと残るのには全く構わず、びらりとまくれ上がったスカートにキリエがうがうがと悶えた。



「馬鹿な事を言う暇があったら、さっさと動け」



 ぐさりと何気に失礼なことを言いつつ、シュレイドは淡々と剣を振るっている。



「何ですってえっ!?」



 鬼のような形相でシュレイドを見つつ、キリエは目の前の男に視線も向けずにばっさり斬り倒した。



「馬鹿な事!? あんた今馬鹿な事って言った!? 冗っ談じゃないわよ、あたしが気にしてんのは生足が見えるとか下着丸見え気味とかそういうのが恥ずかしいなんてのじゃなくて!」



 少しは恥じてくれ。



「単にスカートが脚にまとわりつくのが邪魔なのよ!」



 そう言うと同時に、キリエはウィッグに手をかけた。



「必殺! ウィッグ攻撃!」



 ていっと投げられたウィッグは狙い違わず新手の顔面にヒットし、ひるんだ隙にシュレイドが刺し殺す。

 空色のショートに戻ったキリエは、せいせいしたと言うように爽やかな笑顔になった。



「あーすっきり」



 そんな彼女の腕を、シュレイドがいささか乱暴に引く。



「こっちだ。先の扉が封鎖された」

「何でわかんのよ」

「話が聞こえた」



 どうやら、ドミニゴにも独自の言語があるらしい。


 その後もシュレイドの指示に従って何度か進路を改めたが、小一時間経っても一向に脱出できなかった。

 というよりも。



「ねえ……これってもしかしなくても、追いつめられてない?」

「そのようだな」



 キリエの言葉にあっさりとうなずきつつ、シュレイドがまた一人斬り殺す。



「あっさり言わないでよ! やばいじゃない!」

「仕方あるまい」



 どんどん奥に追いつめられている気配を感じ、キリエが苛々した声をあげた。



「野垂れ死になんてごめんよ!」



 その時、小さな地響きがした。訝しげな表情で互いを見やった二人は、次の瞬間全てを悟る。

 巨大な爆発音と共に、天井が崩れ落ちてきたのだ。



「──っ!!」



 目を見開いて立ちつくすキリエ。先に動いたのはシュレイドだった。





「キリエ!」





 彼女を引き寄せて胸に抱きこみ、その場にうずくまる。

 一瞬後にはその場所に、崩れた天井が降りそそいだ。

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