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43 血染めのドレス

「……え?」



 何が何だかわかっていないエリシアを尻目に、シュレイドは楽しんでいるように口の端をつり上げた。

 彼がおもむろに剣を抜いたのを見て、エリシアは身体を強ばらせる。



「──っ!?」



 声にならない悲鳴をあげて、彼女は椅子ごと後ずさろうとした。

 がたん、と小さく音がする。


 そんな彼女に、シュレイドが冷たい目を向けた。

 ローブ越しにでもはっきりとそれを感じ、エリシアがびくりと震える。



「動くな。邪魔だ」

「な──何を、なさる……つもりですの?」



 かたかたと震えながら視線を向けるエリシアに、シュレイドは鼻を鳴らす。



「お前には関係ない」



 凍るような声音に身をすくませ、エリシアは懐中時計を見た。


 ──もう、新しい日になってから三時間が経つ。いくらなんでも舞踏会も終わっただろう。

 自分がいなくなって、フリードリヒや兄達は心配してくれているだろうか。


 そう思った時、扉が乱暴に開けられた。というより、壊された。

 相手が誰かも確かめず、シュレイドが手元の剣を降り降ろす。

 赤い布がふわりと舞った。



「いきなり何すんのよこの馬鹿!」



 叫んだ声は、間違いなくキリエのもの。

 いつ赤い服に着替えたのだろうかと思ったエリシアは、すぐにその勘違いを知る。


 裾が無惨に切り裂かれてはいるが、その形は間違いなく彼女が舞踏会に身につけていったもの。

 となれば、赤は染色の色ではなく。





「血────!」





 ──血染めのドレス。


 それは必ずしも全てが彼女の血ではないのだろうが、それでも露出している部分の怪我から見ても、半分ほどは彼女のものだろうと思われる。

 エリシアの小さな叫びに気づいたのか、キリエが剣をがっちりと噛み合わせながら、安心させるように笑いかけた。


 そして、彼女の指に押しあてられたハンカチと、そこににじんだ血を見た瞬間、彼女の形相が一変する。



「あんた……っ、何したのよ!?」



 重い音と共にシュレイドの剣にひびが入り、続いてどこからともなく取り出したハリセンで、キリエは彼の頭を力一杯はたき倒した。

 すっぱーんっ! と小気味いいが間抜けな音が響く。

 倒れたシュレイドを鬼のような形相で睨みつけて(ついでにその背中を踏み越えて)エリシアに駆け寄ると、キリエは急いで懐から傷薬を取り出した。



「大丈夫ですか?」



 手を取って薬を塗ろうとするキリエの手を振り払い、エリシアは戸惑ったような目で彼女を見る。



「私より先に、貴女の傷の手当てを──」



 それを聞いたキリエは驚きに目を見開き、次いで柔らかな笑顔を浮かべた。



「エリシア様はお優しいですね。ありがとうございます──でも、私は慣れていますから平気ですよ」



 再びそっとエリシアの手を取る。



「このくらいでいちいち騒ぎたてて、戦闘中に薬を塗っている暇なんてありませんしね。それよりも、エリシア様に跡が残る方が大変ですよ。それに、とても痛いでしょう?」



 慣れた様子で(ディラックやフリードリヒ達にする時よりも遙かに優しく)薬を塗っていくキリエを、エリシアはもう振り払おうとはしなかった。

 清潔な布がなかったので、断りを入れてエリシアのハンカチを裂く。きつすぎない程度に巻きつけたキリエに、背後からどす黒いオーラを纏ったシュレイドが歩み寄った。



「貴様……」

「そのまま剣降り降ろしてみなさい、足払いかけて股間蹴ってやるから。容赦なく。」



 冷めきったキリエのはしたないセリフに、エリシアが思わず顔を赤くする。



「あたしはそんな馬鹿なことをしてるつもりはないの。さ、逃げるわよ」



 そう言いつつ、キリエは何故かシュレイドに手を差し伸べた。





「……何のつもりだ」

「だから。あんたも逃げるのよ、ドミニゴから」





 訝しげなシュレイドにあっさりと言い放ち、エリシアと手をつないだキリエがずずいともう一方の手を突き出す。



「早くしてよ。雑魚がどんどん集まってきちゃうで──」



 苛立ったように早口でまくしたてていたキリエが、不意に言葉を途切らせた。そのままエリシアの手をぐいと引っ張って背中に隠す。



「何を──」



 エリシアが問いかけたその瞬間、扉から男達がなだれこんできた。その手に光る剣を見て、彼女は小さく悲鳴をあげる。

 エリシアを背にかばったまま、キリエの戦闘が始まった。


 四方からの攻撃をいなし、かわして、斬り返し。

 それでも背後に非戦闘員をかばっていることと、さらに今までの負傷と疲労が響いて、動きはどうしても鈍くなる。



「……っ、くそっ!」

(こいつら、手練──!)



 ようやく一人の利き腕の肩を刺し貫き、キリエは大きく悪態をついた。なかなか致命傷を与えられない焦燥感が、じりじりとキリエの心を蝕んでいく。

 だから、背後への注意が疎かになってしまった。



「きゃああ!」



 エリシアの悲鳴にはっとなって振り向くと、今しも彼女に凶刃が襲いかかろうとしていた。とっさに身を翻して片腕で彼女を抱き寄せ、相手と片手で斬り結ぶ。

 すぐに背後から殺気が迫るのに気づいたが、この状態では動けない。


 エリシアの後頭部に手をあてて胸元に押しつけ、彼女が血を見ることのないようにしながら、キリエは襲いくる衝撃に耐えるために歯を食いしばった。



(刺すんじゃないわよ、斬りなさいよ!?)

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