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 閑話1

 いくつものランプが灯されても、どこかなお暗い廊下を、〈彼〉は無言で歩いていた。歩を進める度にかつかつと硬質な音が響く。


 今回の報復劇を、〈彼〉はつくづく馬鹿馬鹿しいと思っていた。たとえそれが、この組織の中で異質だとわかっていても。

 そもそも〈彼〉は、〈異質〉な存在なのだから。

 目深に被ったローブの奥で、自嘲気味に目を細める。口元が微かにつり上がった。


 誰にも心を許さない。

 誰にも素顔を見せない。

 声を発することさえ稀。

 ──唯一の親友を前にした時を除いては。


 そんな〈彼〉は必然的に周囲から浮き、また畏れを持って見られていた。たとえ周囲が隠そうとしても、それを肌で感じ取れぬほど愚かではない。

 馬鹿馬鹿しい、と〈彼〉は再び内心で呟く。


 先程見せられたのは、二人の傭兵の写し絵。今回のターゲットを護衛しているらしい。他の者には内密に、と見せられたが、〈彼〉はそれに興味も関心も持たなかった。始まりからして馬鹿馬鹿しいこの喜劇に参加している者に、わざわざ労力を割くことはない。

 そもそも、何故傭兵達の写し絵が他の者に公表されないのか。血気盛んな者達を抑制する作用があるのはわかるが、どちらにせよ始末するのに違いはない。一時の抑制作用など無意味だと、〈彼〉は考えていた。



 馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しい。

 全てが馬鹿馬鹿しい。



 様々な意図を折り混ぜながら自身を遠巻きに見る周囲の視線を感じながら、〈彼〉は与えられた任務の作戦を練る。ややしてプランを思いつき、近くの男を手招いた。



 さあ、馬鹿げた喜劇の始まりだ。





            ****





 遠くに見えるターゲットの一団を眺め、〈彼〉は密かにため息をついた。

 何の工夫もない隊列編成。写し絵で見た二人はいるものの、全く持って期待外れだ。率いてきたのが三軍で正解だったと、内心独りごちる。

 どうせ大したことのない連中だ。そう判断すると、彼は離れた場所にいる仲間──とも言えない駒に指示を出した。



 ──行け。



声なき合図に、駒が一斉に飛びかかる。

 瞬時に殺気に反応した女が、剣を抜き放った。その次の瞬間にはもう、それがひらめいて別の駒の右腕を切り落としている。


 男の方はと見てみれば、女よりは実力が劣るようだ。他の護衛と付き人を逃がし、初めの様子見をあっさりと斬り捨ててはいるが、動きにやや無駄があった。

 剣をはじき返し、油断なく間合いをとり、何度となく剣を交えて。

 その身体には不釣り合いなバスターソードを軽々と横様に薙ぎ払い、駒が飛びのいたところを一歩踏み込んで突く。脇腹を貫かれた駒が転がった。

 男はさすがにつらいのか、肩で息をし始めている。



(……ここまでか)



 つまらない余興だったとため息をつきかけたその時、女が男の援護を始めた。自分に襲いかかる駒を倒しつつ、男の方に向かおうとする駒にはナイフを投げて仕留めている。


 自然と口の端がつり上がるのを感じた。

 興味深い女だ。


 女が駒の一人の腕を切り落とす。口の近くに飛んだ返り血をぺろりとなめると、女は酷薄な笑みを浮かべた。

 利き腕を切り落とされた駒は、壮絶な悲鳴をあげながら地面をのたうち回っている。

 ドミニゴに属する者ともあろうものが、情けない醜態だ。万一生き残っても、後で始末させよう。


 激しい音と共に剣と剣がぶつかり合う。

 今回は様子見とはいえ、かなりの手勢を率いてきた。そう簡単に終わらせるつもりはない。

 女が横の駒に気をとられた隙に、斜め前から別の駒が襲いかかった。仕留めたかと思ったが、手首の腕輪で受け止められる。

 不機嫌そうな表情で何やら低く呟いて、女は腰の後ろから短剣を引き抜く。血塗れの長剣とまぶしく輝く短剣を一瞬触れさせると、素早く構えをとった。


 ドミニゴの信条は、ターゲットのみの暗殺。それを阻もうとする者は例外になるが、ドミニゴの誇りでもあるこの信条を、駒達は忠実に守っているようだ。

 逃げ出した輩には目もくれず、全員が傭兵二人に襲いかかっている。それを男が検分し、自分と女とに振り分けている。どうやら女はそれに気づいていないようだ。


 男がバスターソードで二人を一気に串刺しにした。引き抜いた勢いを利用してさらに一人を切り裂くが、その間にこちらも深い手傷を負わせている。

 女も負けていない。両手の剣を見事に使いこなし、次々と駒を片づけていく。やや猪突猛進型のきらいはあったが、その動きの速さと強さは、〈彼〉の興味を引くのに充分だった。



「──どれ、試してみるか」



 殺気を押し殺し、最小限にとどめる。まずはより使えない駒である男に標的を定め、──〈彼〉の弓から矢が放たれた。

 まっすぐに空を切り裂いたその矢尻は、しかし女の背中に突き刺さる。


 女が表情を歪める。同時に、〈彼〉も顔を歪めた。


 攻撃を防がれた。

 それも、己の身をもってという、最もぶざまな方法で。

 身を挺してまで仲間をかばうという、〈彼〉が最も嫌う手段で。


 何よりも、自身の殺気に気づかれた事が、〈彼〉にとっては屈辱的だった。

 小さく息を吐いた〈彼〉は、最後の一人が地に倒れるのを見届けると、音もなく姿を消した。



「……所詮は使えん駒か。興醒めだな」



 冷酷なその言葉を一つ残して。

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