39 ダミー?
瞬間、びしりと音をたてて世界が凍った……気がした。
一瞬だけ動きが止まった傭兵と若君一人が、世にも恐ろしい笑みを浮かべつつ、先程にも増してものすごい迫力でばっさばっさと襲撃者を斬り捨てていく。
そんな変化にも気づかないほど頭に血がのぼったキリエが、ディラックに向かって叫んだ。
「ディラック、フォロー!」
それだけで全てを理解したディラックが、刺客を確実に仕留めつつ彼女の元へと走る。
キリエからまっすぐ直線上──シュレイドに向かって伸びるそのライン上にいるドミニゴを斬り捨て、道を作った。
「サンキュー。フレディ君の補助よろしく」
「ぶち殺してこい」
輝くような笑顔でそんな物騒なことを言うディラックと軽く手を打ち合わせ、キリエはまっすぐに目標に向かって走る。
途中で邪魔をしてきた気の毒な男達はあっさり斬り捨てて。
「っこの馬鹿ああああああっっ!!」
気合いと共に上段から振り降ろした剣は、案の定がっちりとくいとめられた。
そのまましばらく剣の応酬を続けていくうちに、キリエは小さな違和感を感じて眉を顰める。
──何かがおかしい。
シュレイドとは、今までも何度か剣を交えたことがあった。彼の型や癖についてはわかっているはずだ。
それなのに、間合いの取り方や足の運びなどが、いつもとは微妙に違う。
「あんた──」
キリエが疑問を口にしかけたその時、シュレイドが無言でベランダの手すりを蹴った。
そのまま中庭の木々の中に隠れようとする彼を追って、キリエもそれに続く。
「待ちなさい!」
叫んでも相手が止まるはずもない。いつしか以前対峙したあの場所へとやってきたところで、シュレイドがぴたりと足を止めた。
そして。
「お姉さん、足速いねえ。僕これでも、結構自信あったんだけど」
シュレイド──ではない。
彼がこんなしゃべり方をしたら、気持ち悪すぎてじんましんが出る。
どことなくおもしろがるような口調の声は、シュレイドのものよりも僅かに高い。
「……あんた、誰?」
思いっきり胡乱げな顔でキリエが問うと、シュレイドもどきは口元を苦笑の形にしてばさりとローブを払いのけた。
「僕はソーク。ソークルージュ」
シュレイドと同じ髪型の、夜闇のような漆黒の髪。
人なつこそうに細められた、光に反射した瞳の色は赤。
「シュレイドと間違えたんだろう? 彼は僕の親友さ」
それがどうした。何の関係がある。
お姉さんと呼ばれたキリエは、とても微妙な表情でソークルージュを見る。
「シュレイドから話は聞いてるよ。今夜の掏り代わりを提案したのも僕。隠密行動は、僕よりもシュレイドの方が得意だからね」
彼が剣を収めたので、毒気を抜かれたのも手伝ってキリエも戦闘態勢を解いた。ただ、ひんやりとした彼の空気に、緊張は解かずに。
「よくばれなかったわね」
ため息をついて言うと、あはははという明るい笑い声が返ってくる。
「僕もシュレイドも、いっつもこの格好だしね。昔からそうだし、背格好もほとんど変わらないから、入れ替わっても誰も気づかないんだよ」
……確かに、口を開かなければ誰も気づかないだろう。実際、キリエも確証は持てなかった。
つり上がった彼の口元が、妙に赤く見える。
「そうそう。知ってたかい? この辺りのドミニゴの活動拠点って、東の外れにある古い館なんだよ」
急に脈絡のないことを口にするソークルージュに、キリエは眉根を寄せる。
「何よ? 急に」
「すぐにわかるよ。──お姫様を奪いにおいで」
悪戯っぽく言われたその言葉に、何故かどくりと心臓が鳴った。
嫌な予感がする。
けれど問い正そうにも、もうすでに彼は木立の中に姿を消していて。
キリエは唇を噛みしめると大広間へと駆け戻った。




