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37 中身は意外とまともだった

 たまには息抜きも必要だろうと、ディラックと交代で街の散策に出ることになった。

 にぎやかな喧噪と人々の明るい顔は、見ているだけで気分を浮き立たせてくれる。



「やっぱいいわねー、こういうの」



 大きく伸びをして、しばしの開放感を充分に味わった。しばらくふらふらと屋台をひやかしながら歩いていたが、不意にぴたりと立ち止まる。



「出てきなさい。ばればれなのよ」



 視線を正面に固定したままそう言うキリエの目の前に、音もなくシュレイドが降り立った。



「やっぱりね」



 きっちり気配を感じ取っていたキリエは別段驚く様子もなく、ただあっさりと肩をすくめる。そして軽く息を吐くと、親指でぐいと背後を示した。



「こんなところで立ち話もなんだからっていうかむしろすっごい怪しいから、歩きながら話しましょ」

「不意をついて襲うかもしれんぞ?」

「敵意も殺意もないくせに何言ってんのよ」



 薄く笑ったシュレイドの言葉をあっさりと切り捨て、キリエはいきなり彼のローブを後ろに払いのける。



「ここでそんな格好してたら、かえって怪しげで目立つじゃない。そんなローブなんて脱いじゃいなさい」



 腰に手をあてて、キリエが実に偉そうに言う。

 一瞬呆気にとられたような無防備な表情をしたシュレイドは(この時にあ、可愛いなどとキリエが思ったことは秘密だ)、眉根を寄せながらもばさりとローブを脱ぎ捨てた。



「わお。なんだ、あんたその下はまともな格好してんのね。隠者みたいな格好してるから、下まで変なもの着てんのかと思ってたわよ」

「つくづく失礼な奴だな」



 心底驚いたように目を丸くしたキリエに、不機嫌そうに目を細めながらもどこかおもしろがっているようなシュレイド。



「勘違いされるあんたが悪い」



 すぱっと言い切り、キリエはすたすたと歩き始めた。

 行き先を聞かない勝手っぷりに小さく息を吐いて、シュレイドもそれに続く。



「で? 何の用なの? 言っとくけど、預かってる(モノ)なら今は持ってないわよ」

「──こちらも本格的に動き出した。追撃も今までとは比べものにならなくなるだろう」



 前を向いたまま低く告げたシュレイドを、キリエが弾かれたように見た。



「もっと腕を磨け。もっと強くなれ。跡目を失ったドミニゴは、おまえ達に容赦はしない」

「……そっちが動き出したのは知ってたけど……あんた、何で情報流すなんて危ない真似すんのよ」

「さてな」



 呆然と呟いたキリエに、シュレイドは肩をすくめる。

 人の流れの中でただ二人立ち止まっている彼らはかなり邪魔なのだが、本人達は全く気にしていない。



「ばれたら消されるわよ」

「大丈夫だろう」



 何故かかなりあっさりそう言ったシュレイドにさらにキリエが言いつのろうとしたが、アイスクリームの屋台を見つけてぱっと目を輝かせる。

 小走りに駆けていってダブルのコーンを二つ頼むと、その一つをシュレイドに渡した。



「ここのアイスクリーム、すっごくおいしいんだ」



 反射的に受け取ったシュレイドは、戸惑ったように目を瞬かせる。

 その様子にキリエが不安になり、小さな声で尋ねた。



「もしかして、アイス嫌いなの?」

「……そういえば、こういうものを食べるのは初めてだ」



 思いがけず信じられない言葉を聞いて、キリエはまじまじと彼を見た。



「嘘でしょ? こんなの、誰だって一回は食べてるわよ」

「ない」



 至極あっさりと肩をすくめて一口食べ、うまいとシュレイドが呟く。

 どことなく驚いたような表情と口の端についたアイスが可愛くて、ドミニゴの手練がそんな事をしているというミスマッチがおかしくて、キリエはそっと小さく笑った。



「ねえ。あんた、ドミニゴの新しい後継者──三男ってどんな奴か知ってる?」

「ああ」

「どんな奴?」

「さてな」



 あっさりとかわされてしまい、意気込んで尋ねたキリエは頬をふくらませる。



「……じゃあもう一つ。あんた、ドミニゴ抜けなさい」



 いきなり命令口調になったキリエに、シュレイドが不快そうに目を細めた。



「無理だ」

「あんな表情(かお)で人殺しといて、何で今までドミニゴにいるのよ」



 月明かりで逆光になったシュレイドの顔。泣くのをこらえて辛そうに見えた。

 無意識にそんな表情をしていたのだとしたら、なおさらだ。



「俺は所詮、あそこでしか生きていけない」

「そんなことない、だってあんたは現にこうやって、あたしとアイス食べてるじゃない! ここにちゃんといるじゃない!」



「──ドミニゴは、存続し続けなければならない」



 シュレイドの言葉の意味はわからなかったが、そんなことは彼女の知ったことではなかった。



「あんたにドミニゴは合ってない。そんなもんやめちゃいなさい」



 びしりと指を突きつけてブローチを一つ押しつけ、キリエはすたすたと歩き始める。



「情報ありがと。あんたも消されないように気をつけなさいよ」



 後ろを振り向かずに手をあげると、彼女はそのまま屋敷へと戻っていった。

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