36 馬鹿者達の宴
「ただいま」
「うわっ!?」
「何よ、変な声出して」
腰に手をあてて憤慨したような口調のキリエに、フリードリヒは心臓ばっくばくの胸を押さえて突っ込む。
「こんな夜中にいきなり窓から入ってこられたら、誰だってこうなるでしょう!」
おまけにキリエは、いまだに紅の長い髪と胸元の大きく開いた闇色のドレス。「アリス」のままだ。
「気配で気づきなさいよ」
「それ以前に、普通に玄関から入ってくればいいじゃないですか」
「鍵かかってたの」
ふんと鼻を鳴らして胸を反らしたキリエを半眼で見ていたフリードリヒが、突然目を見開いて椅子から立ち上がった。
がたん、と大きな音がして、キリエは軽く目を見開く。
「どうしたの、いきなり」
だが、そんなキリエには構わず、フリードリヒはずんずんと彼女に近づいた。
両肩をがっしとつかまれて視線の先に気づき、キリエは慌てて後ずさろうとした。だが、しっかりとつかまれてそれも叶わない。
「……何ですかこれは」
どろどろどろどろと効果音が聞こえてきそうな、地を這うような低い声。だらだらと汗を流しつつも、キリエはとりあえずにっこりと笑ってみた。
「いや、まあ、いろいろと事情があってね……」
「どんな事情があったんです」
「落ちつきなさいって。ね?」
「落ちつく?」
じりじりと下がりながら必死の説得を試みるキリエだったが、思わぬ地雷を踏んでしまったようだ。
ぴくりと反応したフリードリヒが、それはそれは愛らしくにっこりと笑った。
──目は全く笑っていないが。
すうと大きく息を吸って。
「落ちついていられますかっ!!」
窓ガラスがびりびりと震えた。怒りのあまりに手が外れた一瞬を逃さず、キリエはすぐさま窓から逃走する。
「どうした!?」
何事かと飛びこんできたディラックに鬼のような形相で振り向き、フリードリヒがぼそりと呟いた。
「キスマーク」
「は?」
怪訝そうなディラックに、今度はもう少し親切な言い方に直す。
「キリエさんの首筋に、キスマーク」
「──どこ行った」
ディラックも半眼になった。
「外へ」
「よし」
深くうなずいて、ディラックが吼えた。
「つかまえろ!」
「はい!」
男達の気合いの入りまくった声が響き、侯爵の屋敷から二つの影が夜の町へと飛び出していく。
そんな彼らの様子を、実は屋根の上から全て見ていたシュレイドが、半眼になって呆れたように呟いた。
「馬鹿か」