34 いやらしい情報料の払い方
翌日。
男達に仕事を振り分けているアリスに、小さいがよく通る声がかかった。
「アリス」
昨日聞いたばかりのその声に、アリスは内心うんざりとしながら笑顔を返す。
どんな時でも接客は笑顔で。笑顔という名の仮面を被って、誰にも真実が見えないように。
「あら、シュレイド。こんにちは──いえ、こんばんはね」
ちらりと時計を見て言い直したアリスの髪を一房とって、シュレイドはにやりと口の端だけで笑う。
「情報を」
「いくらあんたでも、タダじゃ駄目ね。見返りをちょうだい?」
「では、あちらの部屋でどうだ?」
一見、シュレイドがアリスに情報を求めている会話。
その実、アリスの方がシュレイドから情報を求めていたりするのだが。
意地の悪い言葉で誘うシュレイドの頭をはたき倒したい衝動にかられつつ、それでもアリスは笑顔でその手を取る。
「喜んで」
「さすがだな」
どんなにプライドを傷つけられても、シュレイドからの情報はほしい。その根性を賞賛されたと気づいたアリスは、それでも笑顔を保ってみせた。
いくら自分の面子がつぶれようとも、搾り取れる情報はとことん搾り取ってみせる。
「ごめんなさいね、ちょっとヤボ用を済ませてくるわ。すぐに戻るから、それまでゲームで楽しんでて?」
だから、くるりと背を向けた瞬間に、片頬を引きつらせたことぐらい大目に見てほしい。他の男達にひらりと手を振ってそう言うまでは、完璧な笑顔だったのだから。
気を取り直してシュレイドに向かって妖艶に微笑み、あだっぽく髪をかき上げてみせる。
周囲の男達の視線が集中するのを意識しつつシュレイドを見ると、軽く賞賛の色を瞳に浮かべていた。
どんなもんだと目で言い返すと、同じく視線だけで「それぐらいできて当然だ」と返される。
何ともむかつく男だ。
だが、その情報の正確さと素早さは、昨日の時点で充分理解している。あの後ディラックに鳩を飛ばしたが、返信は「調べてみたらその通りだった」との裏付けだった。
昨日と同じ部屋に入った途端、『アリス』から『キリエ』に戻る。
「で? 今日はどんな情報をくれるわけ?」
「ドミニゴ内部で分裂が起きているようだ。短気な奴らが勝手な行動を起こすかもしれん」
「……それ、本当?」
思わず息をのんだキリエに、シュレイドはあっさりと肩をすくめた。
「嘘を言って何の得になる?」
「少なくとも、あたし達の行動を混乱させるには充分ね」
「そうか。信じるも信じないも、お前の自由だ」
勝手にしろとこれまたあっさりとしたシュレイドを、キリエは少しの間目をすがめてみる。
──この男は、何が目的で動いている?
しかし、キリエの視線を受けても、シュレイドは全く動揺する様子がなかった。相手の考えの裏の裏まで読んでみたが、今までの言動と併せて考えると、どうしても彼が嘘をつくという結論にたどりつかない。
シュレイドはきっと、自分の興味のままに行動する人間だ。
「……わかった、信じる。分裂したのはどの程度?」
「はっきりとはわからんが、多くて百人程度か」
「そんなにいるの……」
予想以上のその数に、キリエが小さく唇を噛む。
そのまま歯をたてようとしたところで、シュレイドの指がキリエの唇に触れた。
意外なほどやんわりと口を開かせ、そのまま噛みつくようなキスをする。
「ん……ふぅっ……!」
まさか二日連続でキスをされるとは思ってもみなかったため、思わず一瞬抵抗を忘れるキリエ。そんな彼女の隙を逃さず、シュレイドは吐息も奪うように深める。
我に返ったキリエが隠しナイフをひらめかせたのは昨日と同じだったが、息があがっているせいで、昨日ほどの切れ味はなかった。
「な……に、すん、のよ!」
「情報料だ」
「意味わかんないし!」
再びナイフをひらめかせたキリエの手首をしっかりとつかみ、シュレイドは昨日と同じように首筋に華を散らせる。
ここまでくるともはや諦めの境地で、キリエはげんなりとしつつもおとなしく洗礼を受けた。