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3 ちょいとしんみりしたお話でも

 貴族特有の頭の固さに苦い思いをしつつ、キリエは用意された部屋に入る。隣の部屋を示されたディラックも後に続いて入り、執事に丁寧に礼を言って静かに扉を閉める。

 と同時に。



「すっごーい! まるで上客に対する扱いじゃない! たかが傭兵ごときに!」

「お前なあ……」



 やけくそ気味にばふんと勢いをつけてベッドに倒れこんだキリエに、ディラックが呆れたように息をつく。



「いいじゃないの。どうせ一週間後にはまたいつも通りなんだもの、今くらい」

「まあ、否定はしないが……まいったな、今回の任務」

「そうねー。できればここにいてほしいんだけど」



 ごろごろとベッドを転がりながらうなっていたキリエが、不意に真剣な目になった。



「ディラック。あのご子息、怪しくない?」

「ああ……エムスを知っていた事か。やっぱり、お前も引っかかったか?」

「もちろん。温室育ちのただの坊ちゃんが、あの年でエムスなんて知るわけないでしょ」



 声を顰めて二人が会話を交わしていると、ノックと共に柔らかい声が聞こえた。



「部屋の使い心地はいかがですか? 足りないものがあれば、取り寄せますが……」

「フリードリヒ様」



 伯爵の息子が直々にやってくるとは想定外だ。驚くキリエの側でディラックが扉を開けると、優雅に礼をしたフリードリヒが彼を見て破顔した。



「ディラックさん、こちらにいらしたんですか。扉をノックしてもいらっしゃらないようなので、こちらへ来てしまいました。──女性の部屋に失礼とは思ったのですが」



 頬を染めたフリードリヒに微笑んで、ディラックはさらりとキリエの神経を逆なでする言葉を吐く。



「お気になさらず。彼女は並の男よりも神経が図太いので」

『後で殺す』

『できるもんならやってみな』



 こっそり堂々と不穏な会話を交わした後、そんなことはおくびにも出さずにキリエが柔らかくフリードリヒに笑いかけた。



「彼の発言はともかく、気になさらないでください、フリードリヒ様。職業柄、男と雑魚寝という事もありますから。それに、こんなに素晴らしいお部屋をありがとうございます」

「フレディで結構ですよ。お気に召したようで何よりです」



 にこにこと笑うフリードリヒに、ついでに楽に話してくださいと頼まれる。ちらりとディラックと視線を交わし、ゴーサインを出されたキリエがさっそく常の口調に戻った。



「それより、フレディ君。どうしてあたし達を指名したの?」



 とてもうまく、かつ気になる疑問を使った話のそらし方に、ディラックの目が弓なりに細まる。



「以前から気になっていたんですよ。旅芸人からよく、キリエとディラックという傭兵の話を聞いていましたから。しかも、キリエさんの方は僕と二つしか年が違わないんですからね」



 一度会ってみたいって思ったんです。


 照れたように笑うその様子に嘘はない──ように見られたが。ディラックが微かに眉を顰めた。

 彼の勘は異常によく当たる。それは相棒 (パートナー)であるキリエも認めているものだ。その勘が、何かを訴えているようだ。それをキリエも感じ取り、ディラックと一瞬視線を交わした。



「へえ……」



 相手に気取られないよう、とりあえず無難にうなずいておく。そんなキリエには気づかずに、フリードリヒが不安そうに瞳を揺らした。



「指名をした僕自身が言える立場ではないのですが……どうか父上に、今回の王都行きは断念するよう、説得していただけないでしょうか?」

「あーうん、そうしたいのはやまやまなんだけどね。君も聞いたでしょ? お父上はどうしても王都に行くつもりみたい」



 ドミニゴ相手だから、本当はやりたくなかったのよねえ。でも仕送りもあるしー。

 そうぼやくキリエに、フリードリヒが訝しげに眉を顰めた。



「……本当にキリエさんって強いんですか?」

「あ。すっごい露骨に疑ってるでしょ」



 苦笑すると、キリエはすっと立ち上がる。ディラック、と声をかけ、剣を手に中庭を示した。そのまま中庭に出ると、彼女はフリードリヒに向き直った。


「見せてあげる。あたしがどうして、十六(この歳) 金の腕輪 ( ・・・・)をしてるのかね」



 にぃ、と口の端をつり上げると、すたすたと無造作に歩いていき、ディラックと向かい合った。刀礼を切りながらちらりと笑う。



「ディラック、ハンデいる?」

「ったく、むかつく奴だよなお前って。──片方」

「OK。行くよ」



 ふっと片目を瞑ると、キリエが動いた。一瞬でディラックの胸元に飛びこんで剣を振るう。

 危ういところでそれを受け止めたディラックが、全力でそれを押し返す。ぎりぎりといやな摩擦音が、その力の強さを物語っていた。

 だが、キリエの方が優位なのは見て取れる。


 ようやく弾いたディラックは、素早く飛び退いて間合いをとった。余裕のキリエに対して、ディラックは微かに焦っているようだ。



「お前……また強くなってないか?」

「そう? あんたの腕がなまったんじゃない?」



 不敵な笑みを崩さずに答えると、キリエは続けざまに三回剣を振るった。全てを防いだディラックがわき腹を狙って突き出すが、キリエはそれを高く跳躍してかわしてしまう。

 そのまま上段から降り下ろしたキリエの剣を、ディラックが片手を添えて己の剣で受け止めた。互いに飛び退いて距離をとった二人は、一瞬の後に激しい攻防を繰り広げる。


 息をつく間もない応酬。


 キリエが崩れたバランスを立て直そうとしたその一瞬の隙をついて、ディラックが素早く彼女の背後に回って上段から剣を降り下ろした。

 だが、キリエは左手を剣の腹に添え、右手首をひねって肩の後ろに回し、見事に背後で受け止める。それを弾き返すと同時にくるりと半身を返し、ディラックに向かって剣を叩きつけた。


 攻撃の重さはディラックに勝てないが、そんなものはスピードと技術でカバーできる。剣を振るうようになってからの年月だけ見れば、キリエの方が長いのだから。



 もっと、もっと、もっと強く。

 師匠に勝てるほど強く。

 まだ足りない、こんなんじゃ師匠に勝てない。認めてもらえない。



 ただその一心だけで、無心に剣を振るう。腕をかすめた攻撃に舌打ちをして、正確な一撃を返してやる。

 対するディラックは軽く受け流し、今度は下からはね上げるように空を切る。柄ぎりぎりのところで受け止めたキリエが、左手を添えて弾き返した。



「すごい……」



 呆然と呟くフリードリヒの前で、なおも勝負は続く。やがて澄んだ音と共にディラックの剣が宙に舞い、地面に重い音をたてて転がった。



「……九十四戦九十二勝、かしら?」



 にやりと笑ってキリエが言うと、ディラックは額ににじんだ汗を拭いながらぼそりと呟く。



「……むかつく奴だよな、本気(マジ)で。お前の師匠って誰なんだよ?」

「会ったらびっくりするわよー、ただの人のいい親父なんだから」



 けらけらと笑った後、キリエはおもむろにフリードリヒに振り返った。



「これが理由よ」



 圧倒的なまでの強さ。



「言っとくけど、ディラックが弱いんじゃないのよ? エムスでは、相棒(パートナー)は基本的に能力値のつりあう者同士でしか組ませないし。あたしが異常なのよ」



 水瓶から水をすくい上げて手を洗い、フリードリヒの横に腰かける。



「あたしはね、エムスの師匠に拾われたの。餓死しそうで、これはもういよいよ裏の(ボス)ん所に行かなきゃやばいかもって時に。で、傭兵に必要なこと全て叩き込まれたわ。──だから今、あたしは胸張って仕送りができるってわけ」



 その結果が金の腕輪(これ)


 すいと袖口から腕輪をのぞかせ、キリエは薄く笑った。



「知ってる? これはね、レベルAの傭兵にしか与えられないのよ」


 エムスの腕輪には金・銀・銅の三種がある。レベルAが金、B~Dが銀、それ以下が銅。金にのみ、個々人それぞれの文様が施される。



「これは証。師匠があたしに、生きろって言ってくれた証。だからあたしは、これをとても誇りに思ってるわ」



 大切そうに腕輪をさするキリエの目は、とても柔らかい。同時に、誇りに満ちていた。



「時にキリエ、お前の師匠は?」

「ん? ああ、確か銀だったと思うわ。小さかったからよく覚えてないけど、十中八九銀」



 あっさりと答えるキリエに、ディラックの大声があびせられた。



「何で師匠より強くなってんだよ、お前は!!」

「馬鹿言わないでよ、師匠の方が化け物みたいに強いって。ま、どうせのらりくらり昇格を断ってたんでしょうけど」

 肩をすくめて、まだ師匠に勝ったことないのよねえと悔


しそうに呟く。それを聞いたディラックが突っ込みたそうな顔をしたが、とりあえず口に出すのはやめたらしい。


 彼女の師匠は、そりゃあもう鬼のように強かった。銀であることが嘘だと言いたくなるほど強かった。「俺に認めてほしいなら、まずは俺を負かしてみろ」と言われたあの頃から、『打倒師匠』がキリエの密かな目標だったりする。


 密かに(どこかにいるはずの師匠にむかって)闘志を燃やすキリエの横で、ディラックが足を投げ出して座った。



「ギブロスに教えを受けられればなあ……。お前にも楽勝で勝てるようになるかも」

「はいはい、英雄はそこら辺には転がってませんー」

「お前なあ……夢ぐらい見たっていいだろ」



 ギブロス。

 それが、〈英雄〉と称される彼の名前。


 かつて世界大戦で数々の武勲をたて、かのドミニゴともたった一人で渡り合ったこともあるという。剣、槍、ナイフなど全ての武器に精通する、正に傭兵のエキスパート。しかも信じられないことに、彼はまだ生きているのだ。

 ギブロスから技術を習いたいと渇望している傭兵は、それこそ腐るほどいる。

 実現不可能な事をぼやくディラックに、キリエが呆れた息を吐いた。



「んなこと言ってる暇があったら、せめてあたしを倒せるぐらいになりなさいよ」



 誰がどう聞いても、現実的でもっともなコメントだった。

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