30 綺麗だと思ったの
中庭がいやに騒がしい。
そう思ってエリシアが足を向けると、その中心には非常にいきいきとした表情のキリエが飛剣を手に立っていた。
「っしゃあ! いくわよ、ディラック!」
「おお、こーい」
気合いの入ったキリエとは対照的に、妙にのんびりとディラックが答えた。
噴水から流れる水の音が、平和にこぽこぽと音を立てている。よそぐ風に草や葉がさざめく中、自然体で構えたディラックにキリエが構えた。
「フレディ君、よく見ときなさいよ。あたしのも、あいつのも。無駄のない動きってのがどういうもんか、教えてあげる」
「はい!」
緊張した面もちでうなずいたフリードリヒに小さく笑いかけ、キリエは鋭く息を吐いて身を沈める。
それからエリシアに見えたのは、三本の光と金属が触れ合う音、そして飛びずさって膝をついたキリエの姿だった。
「な……何?」
何が起きたかわからずに呟いたエリシアとは対照的に、フリードリヒは感嘆の声をあげる。
「すごい──!」
「ふふふん、すごいでしょー」
胸を張ったキリエは、すたすたとディラックの方へ歩いていって飛剣を回収する。
「回収すんのかよ」
「当然じゃない。一本七十ガロスよ?」
ディラックの突っ込みにさらりと答え、キリエは柔らかい布で刃の部分を拭き始めた。鼻歌なんぞを歌って、実に楽しそうだ。
「綺麗な模様……」
彼女の手にある飛剣を見てエリシアが呟くと、キリエがにっこりと笑った。
「よろしければ、一本差し上げましょうか?」
「……よろしいんですの?」
それがどんなに高価なものか、細工を見ればすぐにわかる。
そんなものを傭兵風情にあっさりとあげようと言われ、エリシアは戸惑った。
「ええ。一本ぐらいなくなったって困りませんし、むしろ使ってなんぼのものですからね。エリシア様には少々危ないので、後で鞘をお作りしましょう」
そう言って、キリエは柄の方を先にしてエリシアに差し出す。おそるおそる受け取ったエリシアは、予想以上の重さに軽く目を見開いた。
「意外に重いでしょう?」
くすりと笑って、キリエが音もなくもう一本の飛剣を出してみせる。
「だからここまで刃が細くできるんです。軽く振ってみてください、柄と刃のバランスがよくとれているでしょう」
「よく……わかりませんわ」
刃物など、扱ったこともない。
戸惑うエリシアに、キリエがやってしまったとばかりに苦笑しながら言い直す。
「刃が重すぎて落としそうになったり、軽すぎて簡単に振れたりしないでしょう?」
「ええ」
今度は素直にうなずくエリシア。
「つまりは、そういうこと何です。重すぎず、軽すぎず、重心もバランスがとれている。その基準はどうしても個人個人で異なってきますから、エリシア様にぴったりの飛剣はこれと違う可能性も高いですね」
にっこりとエリシアに笑いかけ、キリエは手に持った飛剣を放つ。それは綺麗な軌跡を描いて、木の幹に深々と刺さった。
「飛剣は自分に合ったものを使わないと、うまく飛びませんから。これだけは吟味しなければならないと、私は思っています」
「こらキリエ」
いつの間にかキリエの背後に回ったディラックが、呆れ顔で彼女の頭を軽く拳で叩く。
「貴族の姫君になんつーこと教えてんだよ」
「あ。それもそうだ」
うっかりしてたわと笑うキリエが、ふと真顔になった。
「ねえ、ディラック」
くるりとディラックの方を向いて、小さく眉根を寄せる。
「最近、本部からの情報が遅くない? ちょっと文句言ってこようと思うんだけど」
ぶうたらと文句を言うキリエに、しかしディラックは何かを思いついたような表情になった。
「……いや、キリエ。ちょっくら一働きしてもらうぞ」
「……何よ」
嫌な予感がしまくったキリエがちょっぴり腰が引けつつ訊くと、ディラックがにやりと笑う。
「潜りこんでもらう。スラッシャーとしてな」
「やだ! あたしだって任務中よ!? それ放り出して、スラッシャーなんてしろっていうの?」
すぐにキリエが反論するが、ディラックは厳しい表情でかぶりを振った。
「お前、今の状態でまともに護衛できると思ってんのか? 悪いが、今の状態のお前と相棒を組む気にはなれない」