29 お買い物日和
「ディラック、あたしちょっと出かけてくるね」
「迷子になるなよ」
「んなわけないでしょ」
珍しく大金をもって出かけたキリエは、ぶらぶらと王都の散策をする。
にぎやかな通りを避けるようにして、少し人通りの少ない道を選んでいくのは、目的地が路地の奥深くにあるため。
ややしてキリエがたどり着いたのは、彼女の顔なじみが経営している武器屋。
埃っぽく薄暗い店内は、無造作に転がされた武器であふれかえっていた。
そんな店内のどっしりとしたカウンターにもたれかかり、キリエは奥に向かって声を張り上げる。
「ゼトー、ゼト? ちょっと、いないの?」
「いるよ。ちょっと待てって」
奥の方から怒鳴り声がして、どんがらがっしゃんと騒々しい音をたてながら男が出てきた。
やや大柄で無駄なく筋肉のついた男だ。肩を少し越してしまったぼさぼさの髪を耳の後ろで無造作にくくり、こきこきと首を鳴らしながらキリエを見下ろす。
「売りか? 買いか? 引き受けてるのはないよな、確か」
「ないわよ、今日は買い。飛剣を見せてくれる? あちこち探したんだけど、なかなかいいものがなくてね」
「お前、またバリエーション増やすのか? よくやるな」
「お黙り。いい客じゃないの」
呆れたような声を上げたゼトの額をべしっとはたき、キリエはにいと笑う。
「何かあるでしょ?」
「まあ……あるけどな」
苦笑したゼトが一旦奥に引っ込み、五・六種類の飛剣を持って戻ってきた。
「とりあえず、これだけ試してみてくれ。駄目なら心当たりがまだいくつかある」
ざっとそれらを眺めて、キリエは満足そうににんまりと笑う。
「だからあんたって大好きよ。試し打ちしていい?」
「勝手にやっとけ」
ゼトの許しを得て全てまとめて鷲掴みにし、そのまま地下の訓練場へと下りていく。
「んー……」
ぱしゅぱしゅとしばらく試し打ちをしていたキリエが、首を傾げつつ背後のゼトを振り向く。
「ねえ、もうちょっと柄が重いのない? それか、刃が長いやつ」
「ああ、微妙だとは思ってたが、やっぱ合わなかったか。ちょっと待ってろ」
そうして再び選び出された八種類で試し打ちをしていたキリエは、ややして肉厚気味で細身の飛剣を選んだ。
ためつすがめつしていた彼女は、嬉しそうに目を細める。
「これに決めた。柄の模様も可愛いし、握りやすいしよく飛ぶし。いい事づくしじゃない」
いくら?と問うキリエに、ゼトはあっさりと答えた。
「五十本一組で七十ソネー」
「高っ! 一本七十ガロスなんてありえないっ!」
「それがありえるんだな。そいつは刃にウラディール産の銀鉄石を使ってるんだよ」
思わず叫んだキリエに、ゼトが肩をすくめる。
銀鉄石は他の鉱石と比べて軽くて硬度も高く、その上美しく見栄えがいい事で珍重される有名な鉱石だ。
産出量が少ない上、ウラディール産のものは特に質がいいので、非常に高価となっている。
飛剣の相場が一本二十ガロスということからも、いかに高価かがうかがえた。
「あー……それじゃ、むしろ安いわね。道理でやけに打ちやすいと思ったわよ」
諦めたように息を吐いて、キリエはカウンターの上に金の詰まった袋をどどんと置いた。その中からざらざらと金を出す。
「一組もらうわ。箱のままちょうだい」
「重いぞ?」
「誰に向かって言ってんの」
あっさりと笑って言い放ったキリエにうなずいて、ゼトは奥から木箱を担いできた。
蓋の部分と側面に、それぞれゼトの焼印が押してある。
「ありがと。じゃね」
「無駄遣いすんなよ。回収できるもんは回収して、ちゃんと手入れしろ。銀鉄石はかなりデリケートだぞ」
「わかってるって」
笑って箱を持ち上げたキリエは、軽々とそれを肩に担ぎ上げた。
「んじゃ、またね。足りなくなったらまた来るわ」
「おう。今回はどこにいるんだ?」
「侯爵の屋敷」
さらりと答えたキリエの言葉に、ゼトがこれでもかとばかりに目を見開く。
「はあっ!? お前そんなところにいるのかよ!」
「うん。よろしくねー」
驚いているゼトを放って店を出たキリエは、意気揚々と屋敷に戻った。
「ただいまぁ」
「おう。ずいぶんと高い買い物したな」
「たまにはバンとね」
ディラックにぐっと親指をたててみせると、キリエはいそいそと箱を開ける。
「じゃーん。いいでしょ」
「ほお、確かにすげえな」
「うふふふふ」
自慢げに胸を反らした彼女は、大事そうに箱の蓋を閉じた。いつ練習をしようかと考えながら。