25 ディラックの剣
「そういえば、ディラックさんはどこに行ったんですか?」
「ん? ああ、打ち直してた剣、取りに行ったよ」
「へえ……。ディラックさん、こちらにも顔がきくんですね。普通はあんな大剣を扱ってくれる店は少ないと思うんですが……」
小首を傾げたフリードリヒに、キリエも首を傾げ返す。
「そうなのよねえ。いくらあたしが連れてけって言っても、絶対一緒には行かせてくれないし。バスターソードなんて扱えるの、そこそこないでしょ? だからあたし、ディラックがこっそり彼女のとこに行って──痛っ!」
「なーにあることないこと言いふらしてんだよ、お前は!」
こっそりと背後に回っていたディラックが、直ったバスターソードの剣先で、キリエの頭を殴った。本気で痛かったらしく、キリエが微妙に涙目になりながら相棒を睨みつける。
「今ので絶対、あたしの貴重な脳細胞が三万個は死んだ!」
「結構なことじゃねえか。少しはマシな細胞が生まれるかもしれねえぞ」
『あいつ殺す前に、あんたのこと殺ってもいいのよ』
『まっぴらだな』
くつくつと笑うと、ディラックは鞘から剣を抜き放った。あらわになった刀身を見て、キリエが賞賛の口笛を吹く。
「ずいぶんいい剣になって帰ってきたじゃない」
「知り合いに頼んだからな。あいつの腕はよく知ってる」
ちらと笑うと、ディラックは剣で空を薙いでみせた。
折れた跡などどこにも残さない刀身が、きらりと光に反射する。
「ね、ね、ちょっと貸して」
子供がお気に入りのおもちゃを見つけたように、キリエが目を輝かせた。そんな彼女に、ディラックはにやりと笑って剣を高々と掲げる。
「やなこった。俺だってまだ一度も使ってねえからな」
「ディラックのケチケチケチ! ちょっとぐらいいいじゃない!」
懸命に伸び上がるキリエと、ひたすらそれをからかうディラック。端から見ているとなかなかおもしろい。
「んもう、んじゃ手合わせ! それならいいでしょ?」
「OK」
そうして例のごとくハンデをつけての手合わせが始まり──結果は推して知るべし。
「おおおー、いい仕上がりじゃない! これなら支障なく使えるわね!」
実に嬉しそうなキリエは、年相応だ。そんな無邪気な笑顔が一瞬妹と重なり、ディラックは慌ててかぶりを振った。
そうして、そんな想像をしてしまった自分に苦笑する。
(あのクソじじいに会ったせいかな……)
柄にもない思考回路は、きっと封じた過去に触れたせいだ。