24 不審者は挙動不審
有名なマダムのお茶会に招かれた。
薔薇の咲き誇るアーチや、色とりどりの花が咲き乱れる王宮の中庭を借りて行うそれは、本来は淑女だけのものだ。
しかし、病弱設定のキリエは特別にディラックも同席することが許されていた。
心配性の兄(仮)を持つキリエは、始めこそ淑女達に囲まれたものの、やんわりと距離を置いて違うテーブルに移動している。
田舎者だからと嘲ることなく、マダムは引っ込み思案(という設定)の彼女のために、専用のテーブルを設けてくれた。
慣れてきたらこちらにいらしてね、との笑顔つきだ。
楽しげに会話を交わす淑女達を遠巻きに見つつ、キリエはのんびりと紅茶を飲む。
「平和ねえ……」
「平和だなあ……」
「豪華よねー、貴族って。いっつもこんなことして、つまらなくならないのかしら」
「さあ? ま、暇だからこうして茶会をしてんだろ。クッキー食うか?」
「あ、このお菓子おいしい」
などと呑気に呟いていたが、次の瞬間。
「「──っ!!」」
傭兵二人の目つきが変わった。周囲に気づかれないように会話を交わす。
『気づいた?』
『ああ』
『どこかで誰かが、あたし達を見てる!』
『何者だ? どこにいる?』
『わからない。相当の手練ね』
(キリエ)
(OK)
ディラックの視線に目でうなずき、キリエはさりげなく手で口元を押さえる。あたかもそれに気づいたかのように、ディラックが抱き込むように彼女の肩に手を置いた。
「キリエ? またか?」
「大……丈夫、です。少し休めば──」
いかにも無理をしていますといった風にキリエが答えると、ディラックが少し語気を荒げた。
「何を言っているんだ! 無理はいけないと、あれほど言われていただろうが!」
そして有無を言わせぬ様子でマダムに向き直り、優雅に一礼する。
「申し訳ありませんが、本日は失礼したく存じます」
「どう……なさったの?」
「妹は元々身体が弱くて……。王都に連れてくる事もずいぶんと迷ったのですが、このところはそんな素振りを全く見せなかったので……油断していました」
心配そうなマダムに己を責めるようにうなだれると、ディラックは彼女の返事を待たずに踏を返した。
心配そうな淑女達の前からそそくさと退散すると、二人は場内の誰もが絶対に来ない場所まで移動した。
植えられた木々がうまく重なり合い、彼らの姿を隠してくれる。
キリエは短刀を、ディラックは腰に佩いていた剣を抜き放った。
「出てこい。いるのはわかっている」
ディラックの厳しい声に、一瞬の間の後木立が大きく揺れる。二人の目の前に、ローブを目深にかぶった少年──シュレイドが現れた。
身構える二人に、彼は薄く笑う。
「驚いたな。お前達が貴族のふりをして王宮に潜りこんでいるとは」
「黙りなさい。どうやってここまで侵入したか──なんて事は訊かないわ。何が目的?」
隠し持っていた短剣を抜き放つキリエに対し、シュレイドはすいと目を細め、流れるような動きでキリエに肉薄した。
(速い……!)
とっさのことに動けないキリエを見て薄く笑うと、シュレイドは彼女の髪を一房手に取った。
「ウィッグか。そうしていると美しい令嬢に見えるが、やはりその分スピードは落ちるようだな」
「そういうセリフはドレス着てみてから吐きなさい」
不本意そうな声で答えたキリエにくつくつと笑うと、彼は見せつけがましくゆっくりと手に取った髪に口づける。
ぴくりと反応したキリエの様子をおもしろそうに見やり、今にも射殺しそうな視線を向ける彼女からすいと離れた。
「お断りだな。──それに俺は、その格好のお前よりも、先日のお前の方が好みだ」
「誰があんたの好みを訊いてるっつーのよ! 一遍死ね!」
短剣を抜き放ちながら青筋立てて怒鳴るキリエに向けて、シュレイドは制するように片手をあげた。
「剣をしまえ、今ここでお前達とやり合うつもりはさらさらない。俺が興味があるのは、お前達だ」
思いがけない言葉を聞いて、二人は思わず我が耳を疑った。
先程までの緊迫感もどこへやら、互いに顔を見合わせて空耳ではない事を確認すると、見事に同時に間抜けな声をあげた。
「「──はぁ!?」」
「何を驚く」
心底不思議そうなシュレイドに、いまだ衝撃冷めやらぬキリエがびしりと指を突きつける。
「だってあんた、普通ドミニゴがエムスの、しかも仕事の邪魔する奴に興味持ったからって、偵察も何も抜きにして見に来る!? しかもこんなところまで!」
だが、シュレイドはそんな事かと息を吐いた。ローブをばさりと取り払い、赤い瞳が三人をとらえる。
「俺はドミニゴの中でも異分子らしいからな。気にするな」
軽く肩をすくめ、シュレイドはそれ以上何を言うでもなく姿を消した。後に残された二人は、何とも言えない表情で顔を見合わせる。
「……結局、何だったわけ?」
「……さあ?」
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「おい、じじい。打ち終わったか?」
いつもの目立たない格好をしたディラックが、一件の鍛冶屋に入るなり声をかけた。カウンターにいた老人が、その声に破顔する。
「おお、やっと来たか。とっくにできとるぞ」
一旦奥に引っ込んだ老人が持ってきたのは、シュレイドに折られたバスターソード。
刀身を鞘から抜き放ってしげしげと見つめ、ディラックは満足げにうなずいた。
「さすがだな。元通りじゃねえか」
「馬鹿野郎、儂を誰だと思ってやがる。んなのは当然だろうが」
呵々と笑った老人は、しかしすぐに真顔に戻ると剣を検分するディラックを見つめる。
「……なあ、ディラック」
「何だ?」
「お前、まだ踏ん切りつかねえのか?」
その瞬間、ディラックの動きがぴたりと止まった。息苦しいほどの沈黙の後、ようやく彼の口が動く。
「……つくわけねえだろ」
「あれはお前のせいじゃねえ。早く自分を許してやれ」
「できねえな。──代金だ」
きっちりと満額入った袋をカウンターに置き、ディラックは無言で店を出ていった。