23 巡回がてら特訓の成果を披露してやんよ!
ダンスはとりあえず踊れないこともないが、できれば踊りたくない。相手と身体が密着することは苦手なのだ。
どうすればうまく断れるかと考えた末、彼女は頬を赤らめてみせた。
熱っぽい視線が集まるのを充分意識しながら、軽く微笑む。
「皆様のお言葉、大変光栄なのですが……田舎者なので、人様にお見せできるほど上手くありませんの。それに、このように華やかな場所は初めてで、少しのぼせてしまいました。外の空気を吸って、気持ちを落ちつかせてきますわ」
優雅に礼をしてフリードリヒと共にベランダに出て、キリエはようやく大きく息をついた。
そんな彼女を、フリードリヒがおかしそうに見やる。
「キリエさん、役者ですね」
「冗談じゃないわよ……。これだけ猫かぶるのに、昨日どんなに苦労したか君知らないでしょ? 今だってコルセットでぎりぎり締めつけられて超痛いんだから」
早く館に帰りたいとぼやくキリエに、フリードリヒがくすりと笑った。
「残念ながら、あと四時間は帰れませんよ。それまでは我慢してくださいね」
「……最っ悪……」
げっそりと呟いたキリエは、ふと気づいてフリードリヒを見やった。
「フレディ君、王宮の小姓って、普通お互いの顔を把握し切れてないよね?」
「え? ええ、そうだとは思いますが……」
「わかった。ありがと」
軽く手を振ると、淑女達に囲まれているディラックの背後から、その裾を軽く引く。
「お兄様、ちょっとよろしいですか?」
「どうした?」
兄を慕う可愛い妹と優しい兄を見事に演じ、二人は彼女達から少し離れたところに行く。
『ここは誰でも簡単に潜りこめるみたい。そこら辺をうろついてる小姓から服をひっぺがして着ちゃえば怪しまれないし』
『今のところはいないが……こりゃ大変だな』
『定期的に見て回る必要がありそうね』
顔を見合わせて肩をすくめて再び人並みの中に戻ると、あっという間に二人とも異性に囲まれた。あれこれと会話をしつつ、時間を見て(見回り代わりに)ダンスの申し込みも受けて踊ったりもする。
「レディー、私と踊ってはいただけませんか?」
「まあ……! 田舎娘の私などでよろしければ、喜んで(あーめんどくさい。でも見回らないわけには行かないし)」
「では、あちらへ。お手をどうぞ、レディー?」
うふふあははと華麗に踊りながらも、しっかりと城内をチェック。
「レディー、次は私と──」
「申し訳ありません……。せっかくのお誘いですが、少々疲れてしまいました。少し休んでまいりますわ(そうそう何回も踊りたくないっつーの)」
踊りに踊ってくだらないおしゃべりにもつきあって、二人が半切れ状態になったところで、ようやくお開きとなった。
優しく体重を受け止めてくれる、座り心地のいい馬車の中、二人ともむっつりと不機嫌に黙りこむ。
乱暴に胸元をくつろげるディラックを睨むキリエの視線は、不機嫌を通り越して殺気にあふれていた。
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「っだああああああっっ!! 疲れたあああっっ!」
部屋に戻ってようやくコルセットから解放されたキリエ。部屋着用にと用意された、コルセットを必要としない白いローブ──ここまでくると、もはやフリードリヒの陰謀としか考えられない──に着替えてベッドに倒れこんだ。
結ってあった髪をほどいてウィッグをむしり取ろうとして、ふとそれをやめる。その足でディラックの部屋に行くと、ノックと同時に扉を開けた。
「ねえディラック──あ、その剣」
綺麗に折れたバスターソードを手に、ディラックが何やら考えこんでいる。入ってきたキリエに気づき、彼はよぉと片手をあげた。
「どうすんのそれ。また直す?」
「ああ、そのつもりだ。明日にでも預けてくるから、留守を頼む」
「オッケー。なるべく早く直しなさいよ、それないと不安だから」
「わかってるって」
軽く手を振ったディラックに小さく息を吐き、キリエは今度こそウィッグを引っぺがした。