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22 悪夢の舞踏会(※ただし傭兵達に限る)

 王宮に向かう馬車の中、ようやく二人きりになれたキリエとディラックは、揃って深いため息をついた。



「……死ぬかと思った……」



 首の傾げ方からグラスやカップの持ち方、果てはダンスまで徹底的に叩きこまれたのだ。エリシアは結構スパルタだった。



「何で傭兵のあたし達が、こんな格好で優雅に社交界に出なきゃいけないわけ?」

「俺の方こそ訊きたい」



 ぼそぼそと言い合って、またため息をつく。とりあえず他の面々とは別の馬車なのだが、これからのことを考えるとますます気が滅入った。



「──ええと、あたし達はグロービア男爵の玄孫(やしゃご)で? 兄妹なのよね」

「親が──死んだんだっけか」

「うん、半月前に」

「んでもって、それを知らせて、ついでにグロービア男爵の書いた兄貴宛の手紙が見つかったから届けにきた、と」

「え? そうだっけ? 貧乏すぎてどうしようもないから助けを求めたのかと思ってた」

「そうなんだよ。ちょうど社交シーズン真っ盛りだからって、バスーキン伯の厚意で王宮に行くんだろうが」



 しばしの沈黙。

 お互いが同じことを考えているだろうことは、相手の表情を見ればよくわかった。



「何ていうか……」

「よくもまあ、こんなまどろっこしい設定をひねり出せるもんだな……」



 ゴシップと噂話ぐらいしか貴族の暇つぶしはないのだから、まあ当然といえば当然かもしれない。逆に言うと、これくらいまどろっこしくて曖昧な設定でないと、周囲をごまかしきれないのだろう。





            ****





 王宮に着いて馬車を一歩出た途端、二人は営業用とはまた違った皮をかぶる。深窓の令嬢と穏やかな貴公子だ。


 金塗りの像。

 重厚な柱。

 きらびやかなシャンデリア。


 けして品を失わない、それでいて豪華な内装に、しかし二人はひるみもしない。



 バスーキン親子と連れだって大広間に入ると、彼らに気づいた人々がざわめきをあげた。


 初めて社交界に姿を現した謎の令嬢は、色白の肌を藤色のドレスで包んでいる。淡いラベンダーのようなその色は、彼女の髪の色と相成って、肌の白さをより一層引き立てていた。

 けぶるような長い睫は伏し目がちで、まるで初々しさを表しているようだ。小さく引き結ばれた唇はつややかで形がよく、ほんのりと桃色の紅がよく似合う。


 もう一人、引き締まった身体を正装で飾った貴公子も、令嬢に負けず劣らず顔立ちが整っていた。柔らかに細められた瞳は澄みきって、臆さず穏やかに周囲の視線を受けている。

 珍しく長い金の髪は一本一本が絹のように光を反射し、その美貌を一層引き立てていた。令嬢をエスコートする姿は物語の王子のようで、広間のあちこちから吐息がもれる。


 そんな外見とは正反対に、本人達はひっそりこっそり会話をしていたのだが。



『ディラック……あたし、即行帰りたい』

『心配するな、俺もだ。任務じゃなきゃ、こんな狸の巣窟に来たくねえよ……』



 一瞬にして室内の空気を感じ取った二人が、柔らかな笑みを浮かべながら密かに汗をたらしてぼそぼそと言い合う。ゆっくりと歩いてウェイターから受け取ったワインを飲んでいると、大きく胸元の開いたドレスを着た貴婦人が近づいてきた。



「ごきげんよう。今夜は初めてお会いする方がたくさんいらっしゃいますのね」

「ごきげんよう、今夜もいい月ですな。──これは私の息子、フリードリヒ。そしてこちらは遠縁のディラックとキリエです」

「初めまして」

「ごきげんよう、マダム」



 バスーキンの紹介に合わせて三人が礼をとる。キリエもディラックも、付け焼き刃とは思えないほどばっちりだ。



 そうこうしているうちに人垣ができて、すっかり周囲を囲まれてしまった。

 バスーキンが(でっちあげた)二人の経歴を話している間に状況を把握し、好奇心に満ちた目を向けてくる人々に微笑んで小首を傾げてみせる。

 ディラックがバスーキンに、キリエがフリードリヒに(さりげなく)ついて別れると、さっそく紳士淑女がそれぞれを取り囲んだ。



「初めまして、レディー」

「ごきげんよう」



 はにかんだ笑みを演出するキリエに、一人が優雅に膝を折った。



「レディー、私と踊っていただけませんか?」



 それを皮切りに、次々とダンスの申し込みが殺到する。

 思わずキリエの頬がひきつりそうになった。



(……マジ?)

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