9 やっとまともな戦闘シーンだよ!
さざめく多くの殺気を肌に感じ、キリエは荷物を整理する手を止めて顔を上げた。ディラックも腕立てを中断し、身軽に立ち上がる。
「……来る」
「ああ」
短い会話。彼女達にはそれで充分だった。
「ディラック、あたしの剣」
「はいよ」
渡された剣を手に、キリエは庭へと飛び出す。
木々の陰から、整えられた低木の茂みから、刺客が襲いかかってきた。一人が動く度にかさりと音がするが、訓練されたそれは微かなものでしかない。
視界を妨げる彫像や植木が、命取りになりかねない。
そう判断したキリエは、わざと足音をたてながら走り出す。
足下に生い茂る低木を打ち払い、突き出た枝を容赦なくへし折った。
美しく咲き誇っていた花も、見る影もなく蹂躙されて無残に花弁を散らしている。
やや開けた場所で応戦し、次々と刺客を斬り伏せるキリエの視界に、見慣れない灰色のローブが入った。僅かな足音すらたてない身のこなしは、相手がいかに優秀かを物語っている。
まだ少年と言えそうな、小柄な体躯の男。
──いや、けして小柄ではないのだろうが、大柄な周囲の男に埋もれて小さく見えると言った方が正しいか。何故かローブを目深にかぶって顔を隠している。
だが、感じる殺気の強さは、他の男達より群を抜いていた。
「ディラック、あいつやばい。あたしが行く」
「馬鹿言え、無茶だ」
「でも、ディラックじゃきっと無理。あたしなら小回りがきくから、多分戦える」
言うが早いか、キリエはまっすぐにローブの少年めがけて走り出す。
だってもう、生き残る意味なんてないから。
どうなったって構わない。
行く手を阻む敵を問答無用で倒しつつ、上段から思いっきり剣を振るった。
威力もさることながら、速さもかなりあるその一撃を、少年はあっさりと受け止める。キリエの方が力負けしそうになり、一瞬の拮抗の後、飛びずさって慎重に間合いを取った。
キリエの額に、じわりと嫌な汗が浮かぶ。
「あんた……何者?」
思わず口を突いて出た問いに、しかし少年は一言も答えない。無表情に引き結ばれた口元からも感情を読み取れず、キリエのいらだちが増した。
激しい剣の応酬。かなり場数を踏んだ傭兵でも、時折見失うだろう速度で剣がきらめく。
キリエは二本の剣を、そして少年は一本の剣を。合計三本の剣は、時に触れ合い、時にぎりぎりのところをすり抜けながら、鋭いきらめきを放った。
少年は淡々と、しかし的確にキリエの急所を狙ってくる。キリエも少年の急所を狙うが、ローブをかすめるだけでなかなか当たらない。
精神的な疲労といらだちで、キリエの動きはいつもよりも鈍っていたが、本人はそんなことには気づいていなかった。
「くっ……!!」
額の傷から目に流れてくる血が邪魔だ。視界が歪んで、相手の太刀筋を読み切れない。
なんとか野生の勘で補ってはいるが、どうしても後手後手に回らざるをえない。
それがまたいらだちを生む。
悪循環だ。
そんなキリエの弱点を、彼は見逃さなかった。
「──っ!?」
少年が地を蹴り、素早くキリエの背後をとる。瞬時に反応して振り返ろうとしたが、キリエよりも彼の方が一瞬早かった。
深く切り裂かれた背中。灼熱がキリエを襲う。その発端は以前の襲撃でたった一度負った深手、矢尻の跡を正確にとらえていた。
ようやく治りかけていた傷跡をえぐられ、キリエの顔が苦痛に歪む。
(内蔵……やられ、た?)
呼吸をする度に、肺が痛む。ひゅうひゅうと音を立てながら呼吸をするキリエを、少年はやはり無表情で見ていた。
きしむ身体を無視して、その心臓めがけて剣を突き出す。
「ちく……しょっ!!」
まだまだ諦めていない目で、ぎらりと睨みつけるキリエに、少年が初めて口元をつりあげた。
「──なるほど」
高くも低くもない声。
たった一言だけ呟くと、次の瞬間にはもうその姿が消えていた。後には深手のキリエだけが残される。
極限まで張り詰めていた緊張の糸が切れたキリエは、膝から崩れ落ちるように倒れた。
「キリエ!?」
ディラックが叫ぶ声がする。けれど、その声もどこか遠い。
意識が暗転する間際、懐かしい匂いに包まれた気がした。
──どうして ?