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8 途絶えた手紙

 目を開けたキリエがぼんやりとしていると、枕元の椅子に座ったディラックがそれに気づいて顔をあげた。



「結構寝てたな」

「そう? 疲れがたまってたみたい」

「だな。お前、無理しすぎなんだよ」



 くしゃりと彼女の髪をかきまぜて、ディラックが苦笑する。薬と包帯を取り替えられ、キリエは再びゆるやかな眠りについた。


 しばらくの睡眠をとると、身体のだるさはすっかりとれていた。ディラックの許可を得て、毎月恒例の支部への顔出しへと向かう。

 露店や客引きの声が賑やかな中、ひっそりとたたずむ支部へと入った。



「やっほー、今月の仕送りよ。いつも通り、ドナンの支部までよろしくね」

「おう、キリエか。まかせとけ、きっちり送ってやんよ」



 威勢のいい支部員の言葉に笑いながら、カウンターにもたれかかる。



「で? いつもの手紙は?」



 幼馴染は、いつも短い手紙を返してくる。それはきちんと送金をしたという証であり、彼がキリエの「手数料」できちんとした教育を受けられたという、感謝の現われでもあった。

 律儀なあいつのことだから、今回も不器用な字で綴られた近況報告が来るのだろうと信じていた。だが、支部員の口から、思いがけない言葉が返ってくる。



「手紙? 今回はそんなもん、来てないぞ」

「……え?」

「そういやお前、毎回手紙受け取ってたもんな。うちの奴らに限って、預かりものをなくすなんてことはないだろうし……」



 首をひねる支部員の声など、もはや聞こえていなかった。


 ない? 手紙が?


 あいつに限って、無精をするということはない。ありえない。だってあいつは、小さい頃から頑固で真面目な奴だった。

 そんなあいつから手紙が来ていないということは──。


 あいつが死んだか、弟達が死んだか。



 ……あいつが死んだら、親から連絡が来ることになっている。

 ならば。



「……あたし、帰る」

「キリエ、お前顔色悪いぞ。大丈夫か?」

「平気。じゃね」



 頭の中を、最悪の事態がぐるぐると回り続ける。


 死んだ? あの子達が? どうして?

 確かに豊かな土地ではないけれど、あんな立派なお屋敷だったら、大丈夫だと思っていたのに!


 どうやって侯爵邸にたどり着いたのか、自分でもわからなかった。顔を合わせた途端、ディラックがものすごい勢いでキリエをベッドに押し込む。その表情は真剣そのものだ。



「何があった」



 どうした、とは訊かないあたりが、なんとも彼らしい。



「……あいつから、返事が来なかった」



 ぽつりと呟いた言葉は、乾いて感情がこもっていなかった。それに構うほど、キリエに余裕はなかった。



「キリエ、寝とけ。いいな? 絶対にベッドから離れるなよ」



 キリエの言葉に、彼も何があったかを悟ったようだ。念を押して出て行ったディラックは、ほどなくして帰ってきた。

 その表情は硬い。



「……ドナン地方が、隣国の侵略に遭っている。エムスにも傭兵派遣の要請が来たらしい」

「──っ!!」



 飛び起きようとしたキリエを力任せに押さえつけ、ディラックが厳しい表情でかぶりを振った。



「ディラック! 行かせて!!」

「キリエ」



 ディラックの表情は、怖いほど真剣だ。



「お前は、何だ?」

「傭兵よ。あたしだって、戦力になれる!」

「エムスの傭兵の信条は何だ?」

「それが何よ! あの子達が危険かもしれないのに、助けるだけの力があるのに! どいてディラック、何と言われようとあたしは行く!!」



 乱暴に押し退けようとして、強く頬を叩かれた。破裂音が部屋中に響く。



「頭を冷やせ。エムスの掟は絶対だ、それはわかってるな?」



 淡々としたディラックの声。


 エムスの掟。

 それを破ることはすなわち、追放を意味する。


 言われて、気づく。自分が何をしようとしていたかを。

 今までの自分を全否定しようとしていた、その事実を。



「もう一度訊く。──エムスの傭兵の、信条は何だ?」



 問われた言葉に、世界が真っ赤に染まった気がした。


 今まで自分を支えてきた輝かしい掟が、まさかこんな形で跳ね返ってくるなんて。

 それでもなお、くっきりと姿を見せるそれは、きっと自分の中で絶対のものになっているのだろう。





「……任務の、遂行……っ!」





「そうだ。だから、お前が行くことはできない。任務中のお前は」



 絞り出した声が低い。ディラックの静かな声に、ぎりりと唇を噛む。

 鉄臭い味がしたが、そんなことには構わない。



 あの子達が死んだ。いや、死んだ可能性が高い。

 ならばあたしに、生きている意味なんてあるの?



 ディラックに強制的に睡眠薬を飲まされながら、キリエはそんなことを考えていた。

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