閑話3
「何故だ、何故だ何故だ何故だ! どうしてあの子が死ななければならなかった!?」
〈彼〉の血縁にして仕える相手──ガッドイールの頭を占めるのは、その思いしかないようだ。
毎日繰り返し浴びせられる罵倒。呪いのように紡がれる言葉。
最愛の妻を亡くした上に、たった一人の忘れ形見だった息子を亡くしたガッドイールは、すっかり耄碌してしまった。
ゆらゆらと壁の蝋燭が揺らめく漆黒の空間の中、〈彼〉は冷めた眼差しでガッドイールを眺める。
彼には合わせて三人の妻と子がいたが、愛していたのは若くして儚くなった妻──最初に娶った彼女だけだった。病の床で、彼女は「息子を頼む」と言い残して儚くなったらしい。
残された次男は力が強いばかりで頭の出来は悪かったが、ガッドイールにとってはそれを含めて愛しい我が子。次男ばかりを目にかけ、他の子供には見向きもしなかった。
「あの子が死んで、どうして貴様が生きている!? 貴様が死ねばよかったのに、何故あの子が!!」
そう罵倒されても、あの日その場にいなかった〈彼〉には、どうやっても次男の身代わりになることなどできない。もはやその事にすら気づけないほど、ガッドイールの精神は病みきっていた。
「お前などいらない! いらないのに何故! お前が生きている!!」
ガッドイールが口角から泡を飛ばしながら叫ぶ。
ぎらぎらと野獣のようにぎらめく主の視線をローブ越しに受け止めながら、〈彼〉は見えない目元だけで侮蔑を露わにした。
──もう、この男は終わりだ。
かつての冷酷さとずば抜けた頭の回転の速さを兼ね備えた、ドミニゴのトップとしての面影は、微塵もない。
「あの男を消せ! 邪魔する者は皆殺しにしろ!! 血族も全て滅ぼせ!!」
「──御意」
ターゲット以外には手を出さない。
そんな基本理念すら忘れてしまった、愚かな老人。
ローブの奥から一言発し、〈彼〉は静かに立ち上がった。踵を返した背中にまだあの視線が突き刺さっているのはわかっていたが、それには構わず部屋を出る。
……本当に、なんというくだらない茶番。
部屋を出た瞬間、いつものように様々な視線が向けられる。恨み、妬み、不安、恐怖、畏怖。それら全てをローブで遮り、〈彼〉は無言で歩き続ける。
かつりかつりと、黒曜石でできた床に規則正しい足音が響いた。
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相も変わらず憎たらしい。あれさえいなければ、元より次期後継者はあの子だと、誰も文句は言わなかったのに。
わざと危険な任務ばかりを任せてきたが、そのことごとくを鮮やかに片付けてみせる。おかげで、あれを後継者にと言い出す者まで出始めていた。
能力ばかり突出して、全くもって迷惑だ。
そもそも、あの子の死はあれが仕掛けたものではないだろうか。自分が後継者となるために。あれの能力をもってすれば、それぐらいはたやすい事だろう。
──そうだ、そうに違いない。あの子を殺したのはあれだ。ならば、あれを生かしておくわけにはいかない。ドミニゴの報復は、徹底的に行わなければ。
側に控えていた側近──という名の駒──を手招き、ありったけの憎悪と共に告げる。名は知らない。使える駒というだけで充分だ。
「あれを始末しろ。隠密に」
「御意」
余計なことなど一切詮索せずに、あの忌々しい存在と同じローブを身に纏った駒は、深々と頭を下げて部屋を後にした。それでこそ、有能な駒だ。
「もうすぐ消える……。目障りなあれが消える……」
くは、と喉から笑いがもれた。それは次第に大きくなって、誰もいなくなった室内に響く。その反響が心地良い。
待っていろ。必ずその息の根、止めてみせる。