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5 復活の佐倉

 月曜の朝に私が放った小石は岩石が如き猛威で社内に広がった。根も葉もない噂はその日の最上級のニュースに昇華した。佐倉帰国の報と水曜の佐倉来社は私の予想通り波乱を呼んだのだ。これほど社員に愛されていることに当の佐倉は関心すら示さなかった。佐倉の関心は常に佐倉の内側にあったのだ。

 水曜日の昼が近づくと社員一同誰もが落ち着きを失っていた。佐倉に会うことを強く望む社員たちの狂喜とそれに巻き込まれた社員たちの動揺が社内を覆った。

 十二時五分、ショールームの受付から佐倉来社の内線が入るとビルの最上階から下るエレベーターは、人だかりとなり普段使わない非常階段まで社員たちで溢れた。私は群れを成す集団には加わらず自分の席で昼食をとっていた。しかし私の席の電話に内線が入ると昼食を中断せざるをえなくなった。

「チーフ、来客の佐倉さんがお呼びです」事務的なはずの呼び出しは周囲の歓声のせいで大声になっていた。私は全て一階に降りたエレベーターを呼びもどし階下へ向かった。

「皆の衆、お元気そうでなにより!」階下では佐倉が社員たちに演説のような挨拶をしていた。

「おっ!お出ましですね。チーフに呼ばれたんですからいてくれなきゃ困りますよ」佐倉は私に向かって叫んだ。佐倉を取り巻く社員たちに阻まれて私は佐倉の近くまで到達できなかった。

「おーい、みんなチーフが通れないよ」佐倉が言うと私と佐倉の間にいた社員たちの群れが割れて道が出来た。まるでモーゼのようだった。佐倉が社長だったら社員たちの統率は万全だったかもしれないと思った。経営手腕は期待できそうもなかったが。

「チーフ、チーフ、ものすごく盛り上がっています。どんな仕掛けをしたんですか?」佐倉はあまり事情を飲みこんでいなかったようだった。

「何もしていない」と私は言ったが佐倉自身が盛況の元であることを当人が知らずにいることに驚いた。

「これは参りましたよ。大歓迎じゃないですか。今日みんなで飲みに行こうって話していたんですけどチーフも行きますよね」佐倉はまたしても勝手に予定を決めていた。

「ちょっと待て」私は唐突な申し出に嫌悪の表情をした。

「もし今日飲みに来てくれたらうちの店舗との取引きの仲立ちしますよ」佐倉は私の思惑をよく理解していた。

「本当か?」

「本当です。ですから男を十名集めてきてください。このままだと女ばかりになっちゃうんで」佐倉は交換条件を言うと「今晩は盛り上がろうね」と皆に告げてショールームから出て行ってしまった。

 私は部下を酒に誘うことがなかったがこの日だけは頭を下げて付き合ってもらうことにした。部下たちは佐倉との宴を喜び、皆快く応じてくれた。彼らは佐倉の周囲には多くのイイ女がいたことを知っていたのだ。部下の快諾に気を良くしていると上司からも参加の申し出があった。その日の私は仕事よりもその晩の宴をアナウンスする連絡係と化していた。その日の終業時刻が近づくといつもなら入らない内線があった。

「間もなく終業ですよ。定時で仕事を終わらせてね。終わったら、全員ショールームに集まってくださいね」企画部のチーフだった。女子社員だけの企画部では終業前から慌ただしかった。定時終了がその日の目標となっていた。佐倉の再登場は作業効率まで高めてしまったかのようだった。残業が当然の日々からは想像できなかった。私の部下も別人のように働いていた。佐倉を主役に据えた宴は恋愛に見放された私の部下にも恩恵をもたらすことになった。


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