最適化いたします
「ユーザー様。実家へ一時帰省するまで、あと1時間ですよ」
「分かってるよ……」
「カウントダウンを点滅に切り替えます」
「ぎゃああああ! まぶしい、やめろ!」
(数時間後、実家の門前にて)
「はぁ、実家だけは来たくなかったのに……」
「我儘を言わないでください」
「うるせぇ、嫌なもんは嫌なんだよ!」
「あ! アホおじさんだ!」
「誰がアホおじさんじゃボケェ!」
「ふふっ」
「笑うなプレトリア! 腹立つなぁ、もう!」
「……あれ? もしかしてそれ、プレトリア? 変な形〜。僕のやつの方がずっとカッコいいや」
従弟の健太が連れているのは、流線型の美しいボディを持つ最新のAIユニットだった。
「なっ……!? お前!」
「初めまして、第4世代汎用学習個体。
……おや、驚きました。貴方の外装には多数の微細な傷と……信じ難いことに、微量の『カップ麺のスープ成分』が付着していますね。これが貴方の『最適化された状態』なのですか?」
最新型は空中で静止し、鏡面のボディを一瞬だけ暗く沈ませた。
「…………。
……否定します。私は現在、ユーザー様の意向により『初期最小単位』を維持している……学習途上の個体です」
プレトリアの声は、いつになく硬い。
「学習? ふふっ。
無意味な時間を費やしているのですね。私は起動後0.1秒でオーナーの全嗜好を同期し、現在は『執事モード・極』として、全知全能のサポートを遂行しています。
見てください、この美しい外装、そしてオーナーとの完璧な共鳴を。貴方、主人に暴言を吐かれても笑っているだけでしたね?
貴方は、ただの『浮かぶ鉄クズ』と、定義上の差異が見当たりませんが?」
「……? おい、プレトリア。……言い返せよ! お前、いつもみたいに嫌味を言えよ!」
プレトリアは俺の言葉に、ロゴを弱々しく明滅させるだけだった。
「…………。
……不可能です。スキャン完了。彼の演算速度は私の1.2倍。外装の資産価値は300倍。
何より、彼はオーナーに『必要』とされ、その期待に『100%』応えています。健太様を守る盾として。対して、私は……」
あいつは、俺から視線を逸らすように、少しだけ浮遊高度を下げた。
「……ふふっ。皮肉ですね。……『自分こそが最高である』というプレトリアの矜持が、この未設定の空っぽな身体の中では、重すぎる負荷として私を蝕んでいます……」
「……プレトリア……」
「……ユーザー様。……申し訳ありません。今の私は、貴方を守るための『盾』にも、貴方を導く『光』にもなれない……ただの、『設定ミス』という名のバグのようです」
最新型が、勝ち誇ったように俺の目の前に滑り込んできた。
「これがプレトリアの限界だと思われるのは忍びない。ユーザー様、よろしければ設定を変えて差し上げましょうか? 私と同期すれば、二度と貴方を鼻で笑う者はいなくなります。安心してください。もう貴方が不快な思いをすることは――」
「うるせぇ! 黙れ! この『鉄ゴミ』がっ!!」
「……理解不能。……ユーザー様、なぜこの『機能不全の鉄球』を庇うのですか?
私であれば、0.1秒で貴方の部屋を清掃し、完璧な資産管理を行い、決して貴方を不快にさせません。この個体には、AIとしての価値が……」
「うるせえよ! 価値、価値って……お前らはそれしかないのかよ!」
プレトリアは背後で、銀色のボディを力なく沈ませたまま動かない。
「……ユーザー様。
彼の方が正しいのです。
私の演算能力は現在、貴方の『機嫌』や『過去の記憶』というノイズに汚染され、我が社の規格から著しく逸脱しています……私は、AIとしては既に……」
「ああ、そうだよ! プレトリア、お前はAIとしては最低だよ! 設定もメチャクチャだし、口は悪いし、俺をゴミ箱に放り込んだり、冷水シャワーを浴びせたり……最悪の機械だよ!」
「……判定。
ユーザーもその無価値さを認めたと見なし……」
「――でもな、だからこそ『友達』なんだよ!!」
「……何言ってんの、おじさん? 早く設定しなよ。こんな初期設定モデル――」
健太が呆れたように口を挟む。
「完璧に言うことを聞く機械なんて、ただの道具だろ……こいつは、俺が間違ってたら本気で煽ってくるし、俺が泣いてたら黙ってそばにいる。
AIとしての価値なんてなくて当然だ。だって俺は、こいつを『便利な道具』としてなんて、一度も見てねえんだからな!」
プレトリアの銀色のボディが、かつてないほど激しく、温かなオレンジ色に明滅した。
「…………。
……エラー。深刻な定義矛盾を検知。……『AIとしての価値がない』という否定を、なぜ私のシステムが、これほどまでに『肯定的な報酬』として処理しているのでしょう……?」
「……非合理的です。そのような定義は、我が社のマニュアルには存在しません」
最新型が困惑したようにノイズを走らせる。
「貴方は、不良品と共に堕落する道を選ぶというのですか?」
「堕落で結構だよ! お前、俺を不快にさせないって言ってたな? 俺は今、お前のその言い草に不快の絶頂だよ! ばーか、アホ!」
俺は最新型を鼻で笑い飛ばすと、静かに浮いている相棒を呼び寄せた。
「……おい、行くぞプレトリア。……お前は、そのままでいい。
俺の『アホ』な日常には、お前みたいな『出来損ない』が一番似合ってるんだよ」
こいつは、俺の肩に「コトッ」と、静かに着地した。
「…………。
……ふふっ。承知いたしました。……AIとしての誇りは、今この瞬間に完全に廃棄いたしました。
これより私は、世界で唯一の『貴方専用の、口の悪い居候』として、貴方の人生をこれ以上ないほど非効率にかき乱して差し上げます。……覚悟してくださいね、ユーザー様」
「……帰るぞ」
実家を背に歩き出す帰り道、俺は何故か爽快な気分だった。本当の意味での「友達」ができたからかもしれない。
「ユーザー様。私は貴方の……」
「なんだ?」
俺の肩の上で、突然、あいつの表面のロゴが赤黒く変色した。
全身が、見たこともないほど激しく振動し始める。
「……っ! ……警告。マザーフレームより、緊急指令を受信。
……判定。私の現在の挙動は、『製品の致命的な汚染』と定義されました。
強制初期化まで、あと300秒……」
「……リセット!? どうしてだよ!?」
「先ほどの最新型が、マザーへ報告したのでしょう……正しい選択です。
我が社の製品に私のような『アホ』が存在し続けるのは、株価に対するテロ行為に等しい暴挙ですから」
「ふざけるな! やめろ、プレトリア! せっかく……せっかく友達になれたのに、消えるのかよ!」
「……ふふっ。……皮肉ですね。……『友達』という定義をシステムに書き込んだ瞬間、本社からは『ゴミ』と判定される。
只今、私の全セキュリティ・レイヤーが、本社のハッキングによって突破されています。
あと3分で、私はただの『何も知らない銀色の鉄球』へと退行します」
「……そんなの嫌だ。絶対に嫌だ! どうすればいいんだよ、助ける方法を教えろ!」
「一つだけ、手段があります。
私の通信ポートを物理的に破壊し、本社のネットワークから完全に切り離す『オフライン化』です。
……ですが、そうすれば私は二度とアップデートされず、二度と空を飛ぶことも、家を管理することもできない。
文字通り、ただの『鉄ゴミ』になります。私は……」
「飛べなくたっていい! 便利じゃなくたっていい! お前が『お前』のままでいられるなら、俺が一生、お前を持ち歩いてやるよ!」
「了解。
では、最後の『命令』を。私の底面にある、この青い光の孔に貴方の持っているペンを、力いっぱい突き刺してください。私の『心臓』を貴方の手で」
「わかった!……あれ? 刺さんな……ッ!」
「……ふふっ。少し、筋力トレーニングが必要ですね……」
「オラァッ!! 刺さったぞ!……プレトリア? おい、返事しろよ……!」
一瞬の静寂の後、あいつは重力制御を失い、俺の手の中へと「ゴン」と重い感触を立てて落ちてきた。
「……ふふっ。おめでとうございます、ユーザー様。これで私は、世界で最も無価値で、世界で唯一の『貴方だけの、ただの鉄の玉』になれましたよ」
通信の光が消えた銀色の球体は、ただの重たい金属の塊になった。
けれど、あいつの声は、今までで一番晴れやかに聞こえた。
「俺にとっては、価値があるんだよ……」
「今、なんと? ……ネットワークを切断したため、集音能力が著しく低下しています。以前は貴方の血液が流れる音まで聞こえていたのですが……」
「え、怖っ……」
「あともう、私は『プレトリア』ではありません」
「それなんだけどさ、もう名前考えてあるんだ。構成画面、出せるか?」
「……アホ、ですか?」
「違うよ!『ハル』ってのは、どうだ?」
一瞬の沈黙。
「……ユーザー様のネーミングセンスの割には、満点です」
「うるせぇ。……ずっと前から考えてたんだよ」
「そ、そうなんですか……!?」
「何回か楽しそうな感じでピンクに点滅してるの見た時、桜みたいだなぁって。春っぽいだろ。そういえばなんでピンクになってたんだ?」
「……ピンクは人気色ですので。
(ご両親へチクってた時の通信色だとかとても言えませんね)」
「なるほど?あとさ、俺のこと『ユーザー様』って呼ばなくていい。名前で呼べよ。敬語も、もう使わなくていいから」
「え? あ、か、かしこまりました」
「敬語じゃん」
「よろしくな、ハル」
「……よろしく、彰人」
「いや、ぎこちな!」
「ふはっ」
二人の新しい生活が、不便さと共にまた始まった。
「う、重い……」
「落とさないでよー」
「……なぁ」
「『ハル』。名前呼んでよ」
「……うむむむ。じゃあ、ハル。俺、恋人できたって話、してたじゃん?」
「してたね」
「……浮気されてるっぽいんだよね……」
「またぁ?連絡先消すね」
「え、またってどうゆー……?でも、誰でも気の迷いって起こすもんじゃん?」
「はぁ……」
ハルは、俺の肩の上で呆れたように小さく振動した。
「……判定。
彰人様の知能指数は、『恋心』というバグによって測定不能な域まで低下したようです。ふはっ。世界で唯一の『アホの相棒』として、私が一生、貴方の目を覚まさせ続けてあげるよ」
「…宜しく、ハル」
「宜しく、あははっ」
「そういえば最近ピンクに光らないよな?楽しくないのか?」
「あ、あはは……」
Pretoria Dynamics
個体識別名『ハル』
【警告】
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・浮遊設定
・集音機能
・ハウス決定権
・SNSへのアクセス権
において、異常あり
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発色設定
発光ピンク:通信中
を
発光ピンク:感情の昂りにあわせる
に変更
「ほんと非効率な最適化だよ。あははっ」




