第9章:忍び寄る国家の危機
私たちが『豊穣の谷』で実りの秋を謳歌している頃、私が捨てた王国は、静かに、しかし確実に、破滅への道を突き進んでいた。
原因は、未曾有の大干ばつ。
何ヶ月も雨が降らず、大地はひび割れ、川は干上がり、王国の農地は壊滅的な被害を受けていた。聖女ユミがいくら祈りを捧げても、天候は回復しない。それどころか、彼女が祈れば祈るほど、土地がさらに疲弊していくようにさえ見えた。
そう、王都の学者たちが薄々感づき始めていた通り、ユミの『聖なる力』の正体は、周囲の土地や生命そのものから活力を吸い上げ、一時的な奇跡として見せるだけの、いわば生命力の前借りだったのだ。長年の「前借り」のせいで、王国の土壌はもはや自力で回復できないほどに生命力を失っていた。
各地で飢饉が発生し、民衆の不満は日に日に高まっていった。貴族たちは自分の領地の備蓄を守るのに必死で、国としての協調性は失われている。
食料価格は天井知らずに高騰し、王都ですら餓死者が出始める始末。治安は悪化し、暴動寸前の不穏な空気が国中を覆っていた。
王城では、連日連夜、対策会議が開かれていたが、有効な手立ては何一つ見つからない。
「どうすればいいのだ……このままでは、我が国は滅びる……」
玉座に座る国王は頭を抱え、カイル王子は青い顔で唇を噛むばかり。
そんな絶望的な状況の中、一人の大臣がおそるおそる口を開いた。
「陛下……一つだけ、まだ希望がございます」
「何だ、申してみよ!」
「……辺境の『豊穣の谷』です。かの地だけは、この干ばつの影響を受けず、今もなお有り余るほどの食料を生産し続けている、と」
その言葉に、会議室がしんと静まり返った。
『豊穣の谷』。そして、その地を治める『豊穣の姫』。
それは、数年前にカイル王子自らが断罪し、追放した一人の令嬢、リナ・アーシェットが作り上げた奇跡の土地だった。
カイルの顔が、屈辱と焦りで赤く染まる。
自分が愚かにも捨てた女。その女が、今や王国全体の命運を左右するほどの力を持っている。その事実が、彼のプライドをズタズタに引き裂いた。
しかし、背に腹は代えられない。国を救うには、民を飢えから救うには、もはや彼女に頼る以外に道はなかった。
「……使者を送れ」
カイルは、絞り出すような声で命令した。
「リナ・アーシェットに、王国へ食糧を献上するよう、伝えよ」
その言葉には、謝罪や懇願の色は微塵もなかった。まるで、まだ自分が彼女の上に立つ支配者であるかのような、傲慢な響きだけがあった。
国の存亡をかけた要請は、こうして、最悪の形で『豊穣の谷』へと送られることになったのだ。




