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追放令嬢のスローライフ。辺境で美食レストランを開いたら、元婚約者が「戻ってきてくれ」と泣きついてきましたが、寡黙な騎士様と幸せなのでお断りします  作者: 緋村ルナ


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第8章:豊穣の谷の誕生

 数ヶ月に及んだ水路建設は、ついに完成の時を迎えた。

 小川の上流に作られた取水口の門が、レオンの合図でゆっくりと開かれる。堰き止められていた水が、ゴウ、という音と共に、私たちが掘った水路へと流れ込み始めた。

 村人全員が固唾をのんで見守る中、水はまっすぐに、そして穏やかに、新しく作られた水路を流れていく。エルフのシルが助言してくれた通りに配置された植物たちが、水の勢いを優しく受け止め、水は淀むことなく、谷の隅々にまで広がっていく。

 そして、水路の終点、新しく開拓された広大な段々畑に水が到達した瞬間、わあっ、という大歓声が谷中に響き渡った。皆が抱き合い、涙を流して喜んだ。


 命の水を得た大地は、私たちの期待を遥かに超える恵みをもたらしてくれた。

 水路沿いに作られた段々畑には、黄金色の麦の穂が波打ち、太陽の光を浴びて真っ赤に熟したトマトが鈴なりになった。シルの薬草畑からは、心安らぐ香りが風に乗って運ばれてくる。

 かつて「忘れられた谷」と呼ばれた荒涼とした場所は、今や見渡す限りの緑に覆われた、大陸有数の穀倉地帯へと生まれ変わっていた。


 この奇跡の噂は、あっという間に大陸中に広まった。

 痩せた土地、飢饉、重税に苦しんでいた近隣の領地の民たちが、希望を求めて私たちの谷へ移住してくるようになったのだ。私たちは彼らを快く受け入れ、住居と仕事を与えた。谷の人口は増え、レストラン『恵みの皿』を中心とした小さな村は、活気あふれる一つの都市へと発展を遂げた。

 人々は、この谷を敬愛の念を込めて、こう呼ぶようになった。

『豊穣の谷』と。


 そして、この谷をゼロから作り上げた私は、いつしか領民たちから「豊穣の姫」と呼ばれるようになっていた。正式な領主ではないけれど、誰もが私を指導者として認め、心から慕ってくれている。

「姫様、今年の小麦も最高の出来です!」

「姫様のおかげで、子供たちに腹いっぱい飯を食わせてやれます!」

 領民たちの屈託のない笑顔と感謝の言葉が、何よりの宝物だった。


 ある日の夕暮れ、私は新しくできた小麦畑を見渡せる丘の上に立っていた。黄金色の海が、夕日に照らされてキラキラと輝いている。

「……見事な景色だな」

 いつの間にか隣に立っていたレオンが、静かに言った。

「ええ。夢みたいだわ」

「夢じゃない。お前が、お前の手で作り上げた現実だ」

 レオンの言葉は、いつも不器用だけど、とても温かい。

「俺は……」

 彼が何かを言いかけた時、丘の下から「姫様ー!」と私を呼ぶ子供たちの声がした。

「はーい、今行くわ!」

 私は子供たちに手を振って、丘を駆け下りようとした。その時、レオンに強く腕を掴まれた。

「リナ」

 真剣な声で名前を呼ばれ、ドキリとして振り返る。夕日を背にした彼の琥珀色の瞳が、熱を帯びて私をまっすぐに見つめていた。

「俺は、お前がどんな存在になろうと、ずっとそばにいる。何があっても、お前を守る」

 それは、誓いだった。騎士の誓いであり、そして、一人の男としての、覚悟の言葉だった。

 彼の力強い眼差しに、私の心臓が大きく高鳴る。

「……ありがとう、レオン」

 そう言うのが、精一杯だった。

 豊穣の谷の誕生。それは、追放された悪役令嬢が、愛すべき民と、そしてかけがえのないパートナーを得た、幸福の始まりの証だった。

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