5、まあ、アホだから仕方ないわね。
そして、なんとか権威を守ろうとした陛下が目をつけたのが、代々忠臣として知られている我が家。ジーニアス公爵家。
王城から戻ったお父様は、真っ青な顔で私に土下座しました。
「お前をアレックス殿下の婚約者にするよう王命が下った。これで王家に尽くすのは最後だ。お前が殿下に何を言おうと何をしようと私が口出しをすることはない。好きにしていい。だから、頼む。アレックス殿下の婚約者となり、殿下をお諫めしてくれ。お前が殿下のストッパーとなって殿下を良い方向へと導くのだ。それでもダメならば陛下も諦めが付くだろう。その場合はお前の経歴に傷をつけてしまうことになるが……なんとしても陛下に最高の婚約者を見つけていただくから安心しろ。もうお前が最後の砦なのだ。やるだけやってみてくれ。お前にしかできぬ」
こうして私は10歳にして、二つ年下の第一王子、アレックス殿下の婚約者となったのでした。文字通り、王家のための生贄。それが私、レティシア・ジーニアスなのです。
ですから、このアレックス様の婚約破棄は、私にとっては神の救いなのです。この婚約は王命。こちらからは破棄できませんもの。
天の祝福のラッパが私の脳裏で高らかに鳴り響きます。
できるならば太鼓を叩いて踊り狂いたい心境よ!そんなことをすればこのアホが煩いでしょうからしませんけれど。
内心の喜びを押し隠し、あくまでも淡々と。喜びを見せたせいでへそを曲げられ「やっぱり婚約解消やーめた!」などと言われてはたまりませんものね。これは待ちに待った「合法的解放」のチャンス。逃すわけにはまいりません!
私はあえて一切の色を乗せない声音で、事務的に殿下に告げました。
「ご存じの通り、この婚約は王家からのお申し入れにより結ばれたもの。婚約破棄となりますと、私に明らかな非があったという証明がなされる必要がございます。可愛げが無い、などというものはあまりにも抽象的。『明らかな非』としては認められぬかと……」
当たり前のことを言っただけなのに、アレックス様が愉悦に満ちた笑みを浮かべました。
「レティシア。王妃の座がそんなに惜しいのか?見苦しい。今さらどんなにすがろうと、私がお前を愛することなどない。諦めろ。私の心はエリーのものだ。……なあ、エリー?」
「そうですわ。私はアレックス様をお慕いしております。愛されてもいないのに、婚約者の地位にしがみつくなんて恥ずかしくないんですか?私には信じられません!!あなたには申し訳ないのですが、アレックス様の婚約者の座は諦めてください!私とアレックス様はあなたと違って真実の愛を貫きますから!」
「おお!聞いたかレティシア!エリーのなんと健気なことよ……!」
「アレックス様!」
あのー、いちいちいちゃつかないと話せないのですか?
まあ、いいですわ。もう最後ですし。
「はあ。ご心配なさらず。婚約は王命。私はジーニアスに生まれた者の勤めとしてお引き受けしただけですので」
ほんっと面倒な人たちね。
アレックスの妻になんて、何の興味もないのよ!むしろ罰ゲームでしかなかったのに!
ここまで言ったのにもかかわらず、殿下はまだ「婚約者が素直に婚約解消を受け入れた」という事実が受け入れられないみたい。「自分を愛する女を袖にする」妄想に憑りつかれているのね。
「では、なぜ大人しく婚約破棄を受け入れぬのだ。俺に未練があるのだろう?俺は尊い存在だからな、それも致し方あるまい。だが……お前とエリー、どちらが私の隣にふさわしいのかは一目瞭然。諦めて受け入れろ」
などと言い出しました。
あなた、聞いていらっしゃいました? 私はさきほど「婚約破棄を受け入れる」「もう覆らない」と言ったでしょうに。
ただ「親バカ陛下が納得するような理由を出してくださいな」と言っているだけでしょう?
最初からずっと政略婚だって言っておりますわよね?アレックスの父親が無理やりウチにねじ込んだのですよ?
それが理解できないのかしら?
まあ、アホだから仕方ないわね。だって、ジーニアスの後ろ盾を失うということがどういうことなのか、まだ気づいていないみたいなんだもの。まあその方がこちらにとっては好都合ですけれど。
そういえば、小娘の方はどうなのかしら?まさかアホックスと同じくらいの知能しかないなんてことありませんわよね?
アホックスをきちんと馭してもらわないと、困るのは私。しっかりと捕まえて、アホを御していただかないと。
チラリとオマケの方に目を向ければ、彼女は勝ち誇ったような表情でフフンと私をあざ笑った後、すかさず「健気なご令嬢」の仮面を被り、殿下の腕に胸を押し付け、こう言ったのでした。
「そうですわ!さっさと受け入れてくださいっ!ごちゃごちゃ言ってごまかそうなんて、ズルイですっ」
あ。ダメだわコレ。アホックスと同じ知能しかもっていないじゃないの。
アホックスも、選ぶのなら「したたかなアホ」ではなく「したたかで賢い悪女」にして欲しかったわ。これじゃあ、どうしようもないじゃない。




