8話,『前半、カティ』
外へと繋がる扉を見る。美しい紋様を目で追う。
そして、今朝のユリさんと、ロレインの会話を思い出した。
たしか、丈夫な衣服に身を詰め、腰の鞘に刃物を入れ、その他のさまざまな道具を付けたロレインと、今日もメイド服に身を包んだユリさんが、
「お気を付け下さい、お一人で縄張りに入らないように」
「安心しろユリ。私だって冒険者歴は長いんだ。単独ハントがどれだけ危険か分かっているさ」
なんて事を言っていた筈だ。それは玄関先での言葉で、そして、俺もロレインのお見送りの為に玄関にいたからよく聞こえた。
だからロレインが最後に付け加えた、
『しかし、もうそろそろカティが来る筈だから、今日中に調査は終わらせないとな』
という言葉もしっかり憶えている。
ロレインの口調は面倒くさそうに、しかしそれを語る彼女の表情は明らかに楽しそうだった。
彼女のその台詞と表情に対して思ったのは、いったいそのカティとはどんな人物で、そしてロレインとその謎の人は何をするつもりなのだろうか、という疑問だった。まあ、誠実なロレインの友人なら、悪い人ではないだろうけど。
そんな確信があっても、やっぱり若干気になるし、俺に色々と教えてくれない事に不平が無いわけではない。
だが、一介の居候が他人の生活に口を出す分けにはいかないし、それよりも、今、心の大部分を占めているのは、
もし付いて行っていいなら俺も行きたいなあ、という希望で。
何をするかによって、それは可能だったり不可能だったりするのだろうが、それでもロレインと一緒に『何か』して、同じ時間を楽しく過ごしてみたい。
それに、あわよくばそのカティさんと仲良くなって、俺の交友範囲を広げたいなんて事も考える。
そして、そんな思いとは別に、この朝の一幕は俺に新たな発見をもたらした。
その玄関で、
『へぇ。こんなところにあったんだ玄関』
と少女の声で言ったのは俺の小さな唇だ。
そして、納得の顔で俺の台詞を聞いていたロレインとユリさん。
玄関の位置する場所。それを今日の朝初めて知ったのだ。
ロレインにこの屋敷に運ばれて、そして部屋で目覚めたときから、俺は一回もこの屋敷の外には出てなく、だから、当然のように今までは出入り口の場所も知らなかった。
ロレインを見送ってからユリさんに詳しく屋敷の構造を聞いた。すると、彼女によれば正面玄関のバカでかい扉以外にも出入り口が、つまり裏口と呼ばれる場所があるということだ。
かつては凛々しく、そして逞しい黒猫だった身としては、今日昨日の運動不足は心配になってくる。
だからそれの解消と、暇潰しそして少しの好奇心を兼ねて、俺はその裏口に居た。
扉を腕で押し、外に足を踏み出す。
足を下ろした所は石畳となっていて、そしてそこから緑の芝生が繋がっていた。
淡い、その芝生の先に見えるのは恐らく俺の出発点ともなった森だろう。
不気味な暗さと、森独特の静かな活気を湛えて木が聳える。
そしてその森はこの屋敷の周囲を取り囲んでいるようだった。
そんな辺鄙な場所に屋敷がある、そしてそこに二人の少女が暮らしている。あらためて考えてみると、それの事実は確実におかしいのかもしれない。
よく考えても、彼女たちのことを、俺は本当に知らない。唯一分かるのは、彼女たちの職業と、そして名前だけで―――――――。
―――――――そういえば、彼女たちの姓はなんなのだろうか。ユリさんも、ロレインも俺に家名を教えてくれていなかった。
ロレインが帰ってきたら聞こうと思うが、その前に足を踏み出す。
それは速い動きではない。ゆっくりと身の重さを片足にかけ、そしてそれを繰り返す滑らかだが、決して素早くはない動作だ。
しかし、このくらいの速さが、周囲の、まだ未知のモノの観察には適していた。
遅いペースは時間こそかかるが、一つ一つを細かく冷静に捉えられる。だから、普段は通り過ぎてしまうような所にも気付くことが出来る。
猫の時代から、マイペースが人生の指標だったと言っていい。いつも自分のペースで進む。それは時に仲間や手下から笑われたり、冷やかされてりすることもあったが、やはり、俺の性分には合っているのだろう。
今もそうだ。俺の感覚器官は、ある異常を感じ取っている。
初めは違和感をもって、それに気付いた。
家の外側へ、広大に続いている筈の森。決して、人間には真の顔を見せないそれは、いつもは深い静寂で覆われている。
そこにそびえる木の影響で、内部での様子は全く分からない。厚い枝葉は、空気の流れからも森を遠ざけ、そして隔離する。
だから、不気味さを抱えた静寂で、そこにある筈なのだ。しかし今は、
微かに、木が揺れている?
俺は、熱くなった体を冷やす心地よさを感じていない。風を、全くこの身に受けていない。それは全くそよがない髪からも、洋服からも分かるのだが、しかし、それでも木々は揺れ続けている。
その変化、俺の見つめる丁度正面で起こっている。それも、手前から揺れるのではなく、もっと森の奥から、徐々に、徐々に、その揺れと、俺の距離が近付いているような気がして。
その正体を、揺れの原因を見極めるために、俺は目を凝らした。
そして、何かが掻き分けるように、一層草木が揺れ、
「やっと付いたあー!!」
明るい声と共に、一人の少女が飛び出してきた。
○
その少女は、探索用の服を身に纏っているようだった。
頑丈で、破れにくい生地。動きやすさを考えながらも、しかしその袖は長く、外的要因から彼女を守るために、腕を分厚く覆う。
しかも、それでいて、カジュアル性の失われていないそのデザイン。それは、新しいファッションの可能性を教えてくれているようだった。
下半身に履く服も同様だ。
森の中の行軍を考慮して作られたデザインは勿論スカートではなく、足首まで達した長いズボンだ。夏のように暑いこの場所でたいへんだなぁ。
いや、ロレインが、『冷却術編み込んでるから涼しいぞ』を言っていたから良いのか。それでも見ていて暑苦しい。
そしてその格好を見て思い出すのは、今朝に同じような格好をして出かけて行ったロレインの姿で、恐らく、このキュートな彼女も冒険者なのだろうと俺は思った。
ただ、たった一つロレインとこの少女には違う点が有る。それは、こうして見ていても普通に気付き、そして分かるものだった。
目の前の彼女の腰に付けられた、幾つもの装備だ。
朝、暇だったのでロレインの準備風景を眺めていたが、確かロレインはそこに短めの刃物や、それとも医薬品の類を入れていた筈だ。
しかし、目の前の少女の腰に付けられたのは、そんなものではない。ホルダーで留められたものはロレインの持つ道具よりも、もっと武骨で、そして凶暴な鉄の塊達だ。
緩くカーブした形状と長方形が組み合わさった独特の形。ヒトが握りやすいように考案されたグリップ部分に、弾丸を発射するための、黒光りするその体。
見る者を縮み上がらせる、現代の、暴力の象徴。
それはどう見ても、銃だった。
ようやく、主人公以外の第三の登場人物が出揃いました。
もうそろそろ、あと数話したら話が動き始めるのでヨロシクお願いします。いちよ予定では主人公の活躍が見れる筈。
それと、総合評価がついに100突破。読んでくれた方々、お気に入りにしてくれた心優しき皆さん、ありがとうございます。未熟な身でこれからも投稿したいと思うので、宜しくお願いします。