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魔法猫で生きてみて  作者: ライチベリー
第一章,『新たな猫生』
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7話,『ジュリア』




 何かが空を切り裂く唸り声。その音で意識が覚醒した。


 ゆっくりと目を開ける。


 部屋を赤くしていた筈の太陽はもう無い。そのかわり柔らかく光る朝日が、寝起きの目に眩しかった。


「ん」


 異世界転移の負担がまだ残っていたのか。

 今ベッドで寝ているという事は、俺は名前を決めた後机で寝て、そしてユリさんかロレインにベッドへ運ばれたらしい。

 

 柔らかな布団の感触が心地よい、がその誘惑に耐えて、俺は体を起こした。

 寝ぼけ眼で、辺りを見回す。黒髪が顔に掛かって鬱陶しかったので、払って横にやる。それで前が見えるようになって、そして、


「片付けてある……」


 昨日散らかしっぱなしでグッスリおやすみした筈なのに、日本語と英語で記された辞書の影すら見えない。それに、だらしなく出しっぱなしだった巻紙も綺麗に巻かれて、机の上に置いてある。

 おそらく片付けをしてくれたであろう、ロレインさんに感謝の念を送った。


 次に自分を見下ろす。


「?」


 どこかが、上手く噛み合わず、違和感を感じる。昨日と、そして今とでは、何かが違うような気がする。

 その僅かな感覚は視覚から伝わる情報からのものだけではなく、


「なんでパジャマ着てんの、俺?」


 滑らかで薄い質感。涼しげで開放的な衣服。寝るのに適したそれは紛れもない寝巻きだった。

 それは別に良い。寝巻を俺が着ている事実には何も問題がない。むしろ寝易くて安眠グッドだ。


 ただ問題なのは、何故俺がそれを着ているのか? ということで。


 寝たから若干前後があやふやだが、昨日寝る前に、パジャマに着替えた記憶が全くない。

 それどころか、ロレインかユリさんから、パジャマを受け取った記憶すらない。



 ってことは俺、どちらか二人に着替えさせられた!?

 


 イヤイヤ落ち付け俺。異世界疲れで三日間寝ていた時、どう考えても俺はあの二人に着替えさせられていた筈、そもそもロレインと出会った時に俺真っ裸だったし!! 

 しかも俺を彼女たちは女同士。だからこれはなんてことない普通の事の筈で。


 しかし、言い分けで羞恥心が抑えれるわけもなく、 


 異世界の二日目、じゃなくて寝た期間を入れると五日目の朝は、俺の羞恥の叫びから始まった。 



                        ○


 部屋に備え付けの洗面台で顔を洗い、心を落ち着けた。

 

 着替えが無かったからそのパジャマ姿のままで階下に降りて行く。

 一歩一歩階段を下に踏み出すにつれ、その風を切るような音が大きくなっていった。

 好奇心に身を動かされ、駆け足に近いペースで階段を降り切り、そして、音の発信源へと急いで歩いて行く。


 俺の足取りは軽い。スキップをするような歩調で食堂へ。そして長いテーブルの横を抜ける。

 よく寝たので体が解放感にあふれていた。この最高の体調なら、苦手だったネズミ捕りもできる気がした。


 謎の音を辿ってさらに歩く。


 そして俺は一つの扉の前にいた。

 たしかに風を切る響き。それを扉の向こうに感じる。そして猫の感知能力で、その向こうに人がいるのが分かる。


 だから、その正体を見極めるために、


「よいっ、しょ」


 分厚く、重い扉が軋みながら動いた。そして、それと同時に耳にはいる音が大きく鋭く、耳を貫く。その後、俺は扉の向こうを目にした。


 まず目に写されたのは全体の色彩だ。

 濃淡二種類の緑が基調の空間。そこに色鮮やかな花が開き、それぞれの色ごとの笑みを見る者に浴びせている。

 全てが始まった森。ロレインと出会ったそこは自然独特の躍動感とそれを覆い隠す静寂に『美』が隠されていた。

 この中庭にはそれとは違った美しさがある、俺はそう感じていた。

 それは到底言葉で表せないが、しかしあえて言うなら、自然と人工物、それらの理路整然とした美しさが見事だった。

 


 そんな中庭の中心に少女が一人在る。一本の長物を携え、静かに息を整えている。

 そして少女は、


「!?」


 舞った。

 全ての起点となる動きは滑らかに始まり、だから俺にはそれを視認する事が出来ない。

 それほどまでに自然な動作で少女は手に持つ槍を振るった。いや手だけを使うわけではない。彼女の身体全てを揺らし動かし、彼女は槍を振るい続ける。

 

 腕を振り周囲を薙ぎ払う。手に握った槍の穂先で突く。自在に槍を回転させる。体で自分の槍を乗り越える。腕を伸ばす。足を踏み出す。バランスを取る。息を吸う。前を見つめる。

 

 それらの動作が一体となり、全てが流動的に重なる。鋭い動きを、滑らかな動きが助け、緩やかな動きを鋭い動きが助ける。

 その動きに継ぎ目は見えなくなり、そして無駄が全て消えていく。


 だから、彼女自身が槍に見える。それはまさしく槍で舞っていた。

 そして、そんな動きに見惚れていると、


「おはよう御座います、ジュリア様」


 いつの間にかユリさんが、横にいた。

 目の前で汗をかいているロレインのためなのか、手にはタオルを乗せたお盆を持っている。いつも通りのメイド服に身を包み、ユリさんは今朝早くからクールだった。


 彼女の口にした『名前』は、新しい響きを持っていて、だから俺の反応が遅れる。


  『ジュリア』


 巻紙に書かれていたリストの中で、俺が選んだ名前だった。確かロレインお薦めの52番だった筈。

 俺はあれから全ての名前を確かめ、読み、自分という像に当てはめた。その響きを、雰囲気を考えてみた。

 それは、生きるという事を正面から見つめることに繋がる。普通は人に付けてもらう名前を、自分で考えるという事、それは苦痛でもあった。だけど、再び自分を見つめ直して、これからの生き方を考える事が出来た。

 結果、やはりこの名前が最も俺の精神に収まったのだ。


 ジュリア。ユリさんに呼ばれた名前を、何回も、何回も心の奥で繰り返す。自分に言い聞かせながら、胸に手を当てながら、幸せを感じながら、心を温める。必死に憶えて自分に馴染ませるために、そして、人間として生きれている喜びを噛み締めるために、静かに叫びを上げる。



 俺とユリさん。両者の視線が交錯して一瞬の沈黙が場を満たし、ロレインの槍の音が大きく聞こえた。

 そして、眩い笑顔を俺に向けてくれた。


 恥ずかしくて、ついつい頬を染めて顔を背ける。その時のユリさんは、それほどまでに綺麗で、優しくて、

 ジュリア様、と名前をその笑顔で呼ばれたら、まるで彼女と俺の距離が近付いたみたいで、心の奥が熱くなった。


 ロレインの凄まじい槍術を眺めながら、俺は尋ねた。


「これは?」

「冒険者は気を抜けない職業ですから、ロレイン様はこうするのが習慣です」


 つまり修練の為に、こうして槍を振るっていると。

 

 見ている間にもロレインの動きは続いている。ダイナミックかつ自然な挙動で汗を流している。口元には笑みを浮かべ、その笑顔は彼女の熟練度を表す。


 そんなロレインはついにこちらに気付いたようだった。


「おはよう、ジュリア」


 快活にそう言うと鋭い突きを上方に付き出す。そしてその勢いのまま周囲を薙ぎ払う。


 一陣の風と共に、輝く穂先が繰り出される。彼女を円の中心として、その円周上を槍が滑り、薙いで行く。鉄でさえも両断しそうな一撃だった。


 その槍を振り、突然彼女は動きを止めた。そして、こちらに目を遣って、


「よく見ていろ、ジュリア」


 また槍を動かす。始めは先程と同じように流動的で、しかし、


「!!」


 槍が水を纏っていた。


 流動的な動きに、蒼い透明な水が追加される。それは彼女の意のままに動いているように形を変え、槍を覆い、そして流れる。

 

 水がロレインの周囲を覆う。彼女の槍の動きと一体化して、その動きはまさしく激流になった。ロレインの動きが変わり、今までの流動的な動きから、気ままな、飛び跳ねる水のような槍になっていく。


 その動きに、俺はただただ見惚れた。ユリさんは見慣れているようで、いつも通りのクールだった。






 

 






ついに主人公の名前が決定。

そしてロレインの能力も若干紹介、したのは良いんだけど調子悪いし、筆進まないしでどうしようか悩んでいるところです。


それでも読んで下さり、お気に入り登録して下さったかたありがとうございます

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